その御頭、美少年に付き(1)
文字数 3,422文字
村々を治める大庄屋さん。そのお屋敷がなんで「
濃い緑の杉や松で囲まれたその御鷹屋敷に、わたしは叔父さまに頼まれて届け物をしにきたのである。
お屋敷は今日もワサワサ、ザワザワしていた。広い敷地内に郡役所の出先もあって、大庄屋家の
さらに各村で収穫したお米は、まずはここのお蔵に納められるので、今の季節はにぎやかしいことこの上なかった。
「おはようございます。豊作村善兵衛の代理の者でございます」
川除堤の
叔父さま、先日、なんとなんと豊作村の庄屋さんになったのである。ちなみに善兵衛っていうのが、叔父さまの名前。
一狭間の村には、「庄屋、総代、
大庄屋家手代の熊吉さんが、書類の綴りをじっと検分する。四角い顔のおじさんで、もうすっかり顔なじみだ。
背後でひそひそ、わたしを指さしてささやく声が聞こえる。
「なんだよ、あのお遍路さんは?なんで街道でもないのにいるんだっちゃ?」
「あれが腹黒家老の娘だと」
はいはい、こういうの、もう慣れましたよ。
帰ろうと通用門から外に出ようとしたところ、大庄屋さんの屋敷のほうで小さな子どもたちの泣き声が聞こえてきた。
「うわ~ん」とか、「きゃー」とか、なんだろう?
奥に進んでみると小さな子どもたちが五人、秋空を見上げてわあわあ騒いでいる。大庄屋さんの家の子どもたちだ。そのうち年長の女の子は、たしか子守で雇われている子で、顔見知りだった。
「どうしたっちゃ?」
わたしはわざと、一狭間の訛りを交えて聞いた。
「タカちゃん。凧が飛ばされたっちゃ。どうしよう、叱られる」
見上げると、庭の木立に鐘馗さまが描かれた凧がひっかかっている。わたしは木によじのぼって、金剛杖で凧をつつき下に落としてあげた。
いやいや、それにしても立派なお屋敷だ。高いところからしみじみわたしは、御鷹屋敷を見渡した。
でっかくて立派な門が「どーん!」とある。だけど固く閉じられて、誰も通らない門。これがお殿様だけが使える
屋敷の外に目を移すと、見渡す限り野原が広がっている。これが殿さまのお鷹場。
群生する野の緑のざわめきで風の行方が見えるようだ。あちこちにある池に、無数の鳥が羽を休めている。
目を上げると、空に大小さまざまな鳥たちが群れ飛んでいた。冬になると、大きな白鳥もやってくる。
ここで、歴代のお殿様たちが鷹狩りをなさっていた……って、鷹狩りって、じっさいにどんなことをするのか、わたしはよく知らないんだよね。
「鷹を狩るのかなあ。でも鷹なんて捕まえてどうするんだろう」
食べたり、飼ったりするのだろうか。
ふと見ると、屋敷内に引き込まれたミドロが池をはさんだ向こうに建物があり、板壁のかなり高い部分に、ぽつんと穿たれた引き窓が開いていた。
そこから誰かわたしを見てる。落ち着いた感じの、白っぽい着物の女性。
大庄屋家の人だろう。うわあ、恥ずかしい。わたしはぺこっと一礼して、慌てて木から降りた。子供たちがぴょんぴょん飛びついてくる。
「タカちゃん、ありがとう」
「あんなに高く登れるなんて、タカちゃん、怖くなかった?」
「平気平気。それより聞いて。わたし、今から叔母さまにお許しをもらって初めて一人で町に買い物に行くんだよ」
「へえーよかったね!一人でお使いに行けるようになったんだっちゃ、タカちゃん」
みんなに見送られて、わたしは城下町へ向けて歩き出した。
城下町への道は二つある。けど、今日は御鷹往来とみんなが呼ぶ道を通った。お鷹狩りの時使われる道で、城下町につながってるのだ。雨が多いと道が水没しちゃうところもある細い道けど、近道だし、お鷹狩りの時以外は誰でも往来自由なのだ。
わたしが一人で城下町へ行くのは、叔母さまに長らく禁止されていた。十くらいの子たちでさえお使いに出されるというのに。叔母さまはわたしが十五になるまで、ぜったいのぜったいにダメだってきかなった。
「叔母さま、ほんとに心配性なんだから」
城下町の入り口には小川がある。みんなそこで汚れた手足を洗ったり、小川のほとりのお地蔵さんの前で休憩して身づくろいする。お団子やお茶を売る店もあった。
町の入り口の木戸を通ると、ワクワクしてしまう。だって、いろんなお店がある。人もたくさん歩いてる。それに旅の人が多い。
「ああ、ほっとするなあ」
だってわたしと同じ、白衣のお遍路姿の人も多いから。城下町に入ると、わたしは目立たなくなる。ただの旅の娘になるから。
ずっと行くと、四辻の広場に出る。お城の濠がここまで引き込まれて、柳がたくさん植えられている。ここからお城の立派な石垣と、高い櫓がどーんと見える。柳の緑が映えて、ほれぼれするくらいかっこいいお城だ。
広場には、「北ユルイ湊、南ウソノ山」と、石の道しるべがある。宿屋がたくさん集まって看板をかかげ、茶店、料理屋、仕出し屋、甘味屋など、飲食できる店が集まっていた。一狭間は飛地領が多くて、これという特産の産物が無いんだって。だから他領からいろいろなものを買うんだそうだ。そのため商人が多く来る。それに毎月「九」のつく日に「
しかし。
「タカは絶対に御仕事市に行ってはいけない」
叔母さまが厳しくそういうので、とてもにぎやかだというそれを、わたしはまだ見たことがない。
この広場から北へ向かう道を行くと海。湊がある。また「官道」とみんなが呼ぶ街道にもつながっていて、東に向かうと越後の国々や、奥州の方へ行けるんだって。西のほうに行けば、加賀や越前へ行けるんだそうだ。
逆に南へ向かうと、山の方に行く。一狭間の城付御領の有名な湯治場、
湯治場からさらに山に向かって行くと、
「御仕事市」の無い時は、城下町はのんびりしている。わりあい静かな広場を過ぎ、糸や布を買うために横丁へ入ろうとすると、今来た道の向こう、ざわざわと騒がしい。茶店や露店の人たち、通行人たちも「なんだ?」と伸びあがった。
「あっ!あの娘です!!」
大声が聞こえ、向こうから足軽ぽいおじさんたちが五、六人、怖い顔で走ってくるのが見えた。
「なにかあった?こっちに向かってくるみたい」
顔見知りの茶店の若おかみが、思わずと言った様子でわたしに話しかけてきた。
そして二人で「あれっ?」「なになに?」とか言ってるうちに――取り囲まれてるんだけど?
「娘、この盗人め!捕まえろ」
「盗人?わ、わたし?」
足軽さんたちがつかみかかってきたので、思わず避けてしまう。茶店の人たちが巻き込まれそうになったので、とっさに足軽二人の喉元に掌底を撃ち、金剛杖で脛を突いてしまった。
しかし。
逃げ回りつつ空気を読むかぎり、私が逃げ回ってるのはあまりよろしくなさそうで。
仕方なくわたしは、捕まることにした。
そして、なぜかさきほど書類を届けた御鷹屋敷に連れもどされた。いったいなにがどうなっているのか分かんないうちに、薄暗い座敷に押し込められてしまったんですけど?
どういうこと?