第2話 スクリュープル

文字数 1,047文字

 長期戦になるかも知れない。

 覚悟は出来ていた。
 シャトーグラヴァイヤスブランは9年ものだった。ぺらぺらのA4にプリントされた商品説明には「古酒」と、もっともらしく紹介されていたが、だからこんなにもコルクが硬いのだろうか。
 古典、古楽、古文、古墳、古美術。「古」という表現がふさわしいほど古い訳でもないだろうに。
 単なる言い訳じゃないの?
 味わうことの出来ないジレンマは、彼女の気持ちをやさぐれたものにしていた。

 コロナ禍の今、家飲みは格段とその地位が向上した。
 彼女はもともとダイニングバーでピアノを弾いていた。ピアノで小遣いを稼ぎ、店でワインと美味しい料理をいただく、そんな愉しみは消えた。
 来る日も来る日もウイルスに怯えて家に籠もり、家族のためにひたすら料理を作る毎日。自己犠牲はよくない、楽しんで取り組むのが継続の秘訣よね、という理屈で、料理と家飲みはセットになっている。

「愛は食卓にある」
 彼女は某マヨネーズ会社のキャッチコピーを座右の銘としていた。
 作家の辻仁成氏だって「パリのムスコメシ」にこう書いている。
 “元気を出すために、今日も美味しいものを作りましょう”
 良い言葉だ。
 それなのに、心尽くしの食卓をシャトーグラヴァイヤスブラン、いやグラヴァイヤスブランのコルクは、台無しにしたのだ。
許すわけにはいかない。

 長いこと瓶を立たせたままにしておくと、コルクは固くなるらしい。そんなことが実際に激旨5本セットの倉庫で行われているとは思いたくないが、とりあえず彼女は瓶を寝かせて待つ作戦をとった。

 その間に、ワインオープナーのリサーチを行うことにした。
 そこには、彼女の知らない世界が広がっていた。まさしく目から鱗、である。
 ソムリエナイフに始まり電動式、エアポンプ式、スクリュープル、これは友人のアナウンサーの家にあった洒落たワインオープナーだ、回すだけでコルクが抜けるという魔法のような…それにしても貝印やル・クルーゼ以外にも素敵なキッチングッズのメーカーが沢山あるのね、などと目うつりして中々決められない。価格は抑えたいが、なんと言ってもあの鋼鉄の鎧のようなコルクと対峙するのだ。半端なものでは太刀打ち出来ない。
 思案の末、彼女はアナウンサーの夫が選んだというスクリュープルを選択した。彼は元M電器の役職付きだ。彼のチョイスは信頼できるだろう。(スクリュープルは電器製品ではない)

 スマートフォンでショッピングを済ませ、彼女はウキウキした気持ちでスクリュープルの到着を待った。



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