第1話 鱈のムニエル
文字数 1,089文字
いつものように冷えたビールをグラスに注ぎキッチンに立つ。
今日のメインは鱈のハーブムニエル。もちろん冷蔵庫には辛口の白ワインがスタンバイしている。シニアソムリエ厳選ボルドー激旨辛口白ワイン5本セットの一本、シャトーグラヴァイヤスブランだ。
彼女はまな板にキッチンペーパーを敷き、包丁の背で鱈の皮を丁寧にしごいた。
「この黒い色が残ってると不味い」料理雑誌で読んだ家庭料理の重鎮の指南を、彼女は犬のように忠実に守っていた。
カウンターに置いたブルートゥーススピーカーからは軽快なピアノの音が流れる。
オスカー・ピーターソンの名演「コルコヴァード」
包丁を動かしながら、軽くハミング。
気分は上々だ。
下拵えが終われば、あとは容易い。塩を振って身を締める間に、付け合わせのじゃが芋とブロッコリーを茹で、水気を拭いた鱈にポリ袋の中で微塵切りのハーブと小麦粉をなじませる。小麦粉は断然「こんな小麦粉欲しかった」がお勧めだ。さらさらとして使いやすいことこの上ない。
小麦粉を炭酸水で溶いて、たっぷり絡めて揚げるとイギリス風。これはビールにピッタリだが、今日はあくまでもムニエル仕立てだ。
彼女はフライパンで程よく焼き付けた鱈と野菜を、頂きもののウイリアムズソノマの皿に盛り付ける。
さあ、白ワインの出番だ。
気ぜわしくT字スクリューの先でシールをカットし、ふと彼女は軽い違和感を覚えた。
コルクが微かに光って見えたのだ。何故か、笑っているように思えた。
そしてスクリューをコルクに突き刺したとき、その違和感は現実のものとなった。
硬い。
スクリューは、全くコルクに沈み込む気配は無かった。咄嗟に彼女はT字スクリューを放り投げた。
引き出しからウイング式のワインオープナーを取り出し、今度は慎重に、力を込めてゆっくりとスクリューを捩じ込んでいった。
すると、信じられないことが起きた。
折れたのだ。
スクリューが、根元からポッキリと折れた。
ウイング式オープナーは、その優雅な翼を広げることなく、あっけなく息絶えたのだった。
まったく、ただの木の皮の塊とは思えないコルクだった。それは、鋼鉄の鎧で身を固めた騎士さながらに瓶を守り、きらきらと魅惑的に輝く冷えたワインを一滴たりとも味あわせようとしない。
途方に暮れ、彼女はため息をついた。
仕方なく、激旨の箱から別の一本(冷えていない)を取り出し、のろのろとテーブルにつく。
ぬるい白ワインを飲み、鱈のムニエルをフォークでつつきながら彼女はつぶやいた。
「新しいワイン抜きが要るわ。折れないやつ…」
彼女とコルクの騎士との戦いは、こうして始まった。
今日のメインは鱈のハーブムニエル。もちろん冷蔵庫には辛口の白ワインがスタンバイしている。シニアソムリエ厳選ボルドー激旨辛口白ワイン5本セットの一本、シャトーグラヴァイヤスブランだ。
彼女はまな板にキッチンペーパーを敷き、包丁の背で鱈の皮を丁寧にしごいた。
「この黒い色が残ってると不味い」料理雑誌で読んだ家庭料理の重鎮の指南を、彼女は犬のように忠実に守っていた。
カウンターに置いたブルートゥーススピーカーからは軽快なピアノの音が流れる。
オスカー・ピーターソンの名演「コルコヴァード」
包丁を動かしながら、軽くハミング。
気分は上々だ。
下拵えが終われば、あとは容易い。塩を振って身を締める間に、付け合わせのじゃが芋とブロッコリーを茹で、水気を拭いた鱈にポリ袋の中で微塵切りのハーブと小麦粉をなじませる。小麦粉は断然「こんな小麦粉欲しかった」がお勧めだ。さらさらとして使いやすいことこの上ない。
小麦粉を炭酸水で溶いて、たっぷり絡めて揚げるとイギリス風。これはビールにピッタリだが、今日はあくまでもムニエル仕立てだ。
彼女はフライパンで程よく焼き付けた鱈と野菜を、頂きもののウイリアムズソノマの皿に盛り付ける。
さあ、白ワインの出番だ。
気ぜわしくT字スクリューの先でシールをカットし、ふと彼女は軽い違和感を覚えた。
コルクが微かに光って見えたのだ。何故か、笑っているように思えた。
そしてスクリューをコルクに突き刺したとき、その違和感は現実のものとなった。
硬い。
スクリューは、全くコルクに沈み込む気配は無かった。咄嗟に彼女はT字スクリューを放り投げた。
引き出しからウイング式のワインオープナーを取り出し、今度は慎重に、力を込めてゆっくりとスクリューを捩じ込んでいった。
すると、信じられないことが起きた。
折れたのだ。
スクリューが、根元からポッキリと折れた。
ウイング式オープナーは、その優雅な翼を広げることなく、あっけなく息絶えたのだった。
まったく、ただの木の皮の塊とは思えないコルクだった。それは、鋼鉄の鎧で身を固めた騎士さながらに瓶を守り、きらきらと魅惑的に輝く冷えたワインを一滴たりとも味あわせようとしない。
途方に暮れ、彼女はため息をついた。
仕方なく、激旨の箱から別の一本(冷えていない)を取り出し、のろのろとテーブルにつく。
ぬるい白ワインを飲み、鱈のムニエルをフォークでつつきながら彼女はつぶやいた。
「新しいワイン抜きが要るわ。折れないやつ…」
彼女とコルクの騎士との戦いは、こうして始まった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
(ログインが必要です)