第4話 最終手段

文字数 1,053文字

 彼女にも夫がいた。

 唐突だが、この夫の存在が膠着状態の続く戦いに転機をもたらすことになる。
 彼は、バイオリン職人だった。

 もはや最終手段に出るしかない。彼女は決心した。コルクを砕いて瓶の中に蹴落とし、もとの木の皮のくずと化した騎士のむくろを、ワインもろともコーヒーフィルタで濾してしまうのだ。

 彼女が調べたところ、「古酒」と言われるワインにおける注意点は、おもに次の二点だった。
 おりが溜まっていることがあるので、飲む前に一週間、最低でも30分は瓶を立てておくこと。だとすると寝かせたワインを、さらに立てた状態にして暫くおくことになる。
 そして、ここが問題だ。コルクが脆くなっていて崩れやすいので、抜栓の際割れないよう気をつけるように、とのこと。
 脆い?あいつのどこが?
 そもそも「古酒」とは10年から30年ほど経過したビンテージワインを指す言葉らしい。シャトーナンチャラブランの9年、というのは微妙だし、だいたい激旨5本セットの価格からして「ビンテージ」とは考えられない。

 シャトーナンチャラブランは冷蔵庫の中でキャベツにもたれて眠っている。
 スクリュープルとの戦いで、コルクの騎士も少なからずダメージを負った筈だ。
 だってスクリューは貫通したんだから。
 にも関わらず、騎士はひとしずくのワインもこぼすことなく瓶を守り続けている。
健気なやつ。でもここまでよ。
 彼女は冷酷な笑みを浮かべ計画を練った。
 因みに、ワインセラーと言うセレブな備品は、質素堅実を旨とする職人の家には無い。
 コルクを落下させるには力が要る。男手が必要だ。決行は夫の休日にしよう。

 夫は普段の夕食時、不在だ。仕事に行くと1日の殆どの時間を仕事場で過ごし、夜遅くに帰宅して一人で食事をする。
 洒落たスクリュープルで夕食のワインを夫に開けてもらえるアナウンサーがちょっぴり羨ましくもあったが、案外と夫婦仲は良かった。
 頑固職人と上手くやっていくのは忍耐を要する。彼女の努力の賜物だ。

 彼女の同業者であるラウンジプレイヤー友人、の夫は公務員だが、彼女の夫と少し似ている。
ともに4歳年上の、A型の夫。思考回路は似たようなものらしい。
 何かと指図したがる、持ち上げておくと機嫌は良い。宴会は嫌いで煙草は吸わない、お酒に弱い、そんなところまで似ていた。
 夫は自分でワインを開けて飲むことは、まず無い。
 されど職人たるもの、モノや道具には強い。とりわけ木工に関しては。
 きっと、戦力になってくれるに違いない。
(ワインボトルは全然、木工製ではない)


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み