第3話 ローストビーフ

文字数 1,156文字

 ついにその日がやって来た。
 対決に際し用意した料理は「失敗なし!湯煎で作るローストビーフ」
 縁起も担いだ。

 このローストビーフという料理は、思いつきで作れるような代物ではない。
良い塊肉は、お隣のスーパーではそういつでも手に入らないし、冷蔵保存してある牛肉というのは、調理の2時間ほど前に冷蔵庫から出して室温に戻すのが基本だ。
 焼いた後、冷ます時間も要る。アルミホイルでくるんで置く方法も試してみたが、早く食べたいがために時間を省くと、真っ赤な血がだらだらと滴る肉片を美味しそうに頬ばるホラーな女、という好ましくない印象を家族に残すことになる。
 ジップロックで湯煎する方法だと、そんな心配はない。簡単、かつパーフェクトな火の通り具合だ。

 透けるほど薄く切ったオニオンスライスを山のように添えた大皿に、ローストビーフを切り分ける。柔らかい仕上がりに満足した彼女は、ゆっくりとスクリュープルを手に取った。その実力は、他のワインボトルで既に証明済だ。
 細身ながらも流麗な螺旋を描くスクリューの、鋭い切っ先を見よ。
 今宵、コルクの騎士を仕留め、祝杯をあげるのだ。

 スクリュープルは確かにコルクに突き刺さった。だが若干、パワーが足りない。
 回りながらミシ、ミシ、と小さな悲鳴をあげ前進を止めた。
 ここで無理をして、折れてしまっては元も子もない。前回の悲惨な結果が頭をよぎり、彼女は一旦後退することにした。
 逆回しでそっと引き抜き、T字スクリューに持ち替えて、コルクにあいた穴を奥へと突いて進路を確保した。これで前進出来るだろう。
 再度スクリュープルで挑む。
 今度はスクリューは回った。回り続けた。

 何かが、砂のような何かが少しずつテーブルにこぼれている。これは…なんだろう。
それにしても、コルクは上昇する気配も手応えもない。

 変だ。
 気づくまで、ややしばらくの時間を要した。
 彼女はこぼれ落ちる正体不明のくずが、スクリューの刺さったコルクから湧き出ていることを理解し、愕然となった。
 スクリュープルは、コルク本体ではなくコルクのくずを懸命に掘り起こしていたのだった。
 敗北だ…

 この優れ物のワインオープナーは、ワイン好きの石油発掘技術者よって開発されたという。掘り進み汲み上げる、なるほど。と思うが、くずを汲み上げてどうするのよ、とも言いたい。
 古酒ワインの抜栓にT字スクリューはNG、というのは後で知った。

 彼女は、こんなこともあろうかとコンビニで購入しておいたスクリューキャップの赤ワインを取り出した。
「ローストビーフには赤、よね」
 負け惜しみを口にし、キャップをひねるとパキッと軽快な音がした。
 スクリューキャップにはゴム入りのイージーパンツみたいな気楽さが有る、としみじみ思いながら、彼女はワインをグラスに注いだ。

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