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文字数 5,336文字

 皇帝と竜騎士がその場から去ろうとした時。静かな部屋で聞こえた小さな呻き声。それは皇帝たちの後ろから聞こえた。そんなはずはないと振り返り、確認をする。そこには倒れてぴくりともしないシエ・スーミンが横たわっていた。竜騎士三人ももう動いていないことは確認済みだ。それなのになぜ……。
「お前達。確認したのだな」
 竜騎士の三人は揃って頷く。うちの一人がシエ・スーミンの容体を再度確認する。その時、シエ・スーミンの体が起き上がり近寄った竜騎士を裏拳で吹き飛ばした。
「……戻ってきたのか」
「お……お前っ! 死んだはずでは」
 明らかに狼狽えている皇帝にシエ・スーミンは首を傾げた。
「なぜ私が死んだと……? ならば今、こうして生きている私は何者だ?」
 皮肉混じりに返すと、皇帝の顔は真っ赤に燃え上がり竜騎士を押しのけて迫ってきた。
「今度はその減らず口を叩けなくしてやる」
「今度は……か。中々面白い事を言う」
 愛用の剣の柄をぎゅっと握る。まるで剣が胎動しているかのような音が聞こえてくると、シエ・スーミンは迫りくる皇帝に剣を向けた。
「ここまでだ。一刀牙天!」
 一点集中。剣先に力が入るように意識をし狙うは皇帝の心臓部。迷いなき一撃は、皇帝の心臓部に深々と刺さり、鮮血が迸る。その鮮血を浴びながらも微動だにしないシエ・スーミン。そして、小さく別れを告げた。
「さようなら……お父様」
 それは皇帝の耳に入っているのは定かではないが、倒れる時に一瞬シエ・スーミンと目が合った……ような気がした。自身の鮮血に溺れながら皇帝は息絶えた。
「これでよかろう。竜騎士共」
 ぎろりと睨むシエ・スーミンに怖気づいた竜騎士たちは何度も頷き、さっさとその場から逃げ出してしまった。なんとも呆気ない結末ではあったが……これでよかったのだ。
(ほっほっほ。お主に力を分けて正解だったわい)
「お前……」
(いやあ、なんともあっぱれ。今日はめでたいの)
「……お前の力でやり遂げることができた。感謝する」
(いやいや。これは儂の力だけではないぞ。半分……いや、半分以上はお主の力
 じゃ。さっき、自分で言った事覚えているかえ? みんなを守りたい、みんな
 に幸せになってもらいたいと……その信念こそがお主の力になったのじゃ)
「……思いは力になるというのは本当だったのだな」
(思いというのはとても大きな力になり得る。いい方向にも悪い方向にも……
 な。大体は悪い方向へ傾いてしまうのだが、お主は違った。みんなを思う力が
 更に加わって一回り大きくなり、貫くことができたんじゃ。それはお主にしか
 できないことじゃ)
「……なるほど。……うっ……」
(おやおや。力を解放しすぎたのかもしれんな……。あとは救護班に任せて、ゆ
 っくり休め……べっぴんさん)
「う……うるさ……」
 足の力が抜けると、シエ・スーミンはそのまま体が倒れ、気絶した。そして、シエ・スーミンが意識を取り戻すまでの間、城内は騒然とした。

「ん……んん……」
「あ……スーミン様。やっと気が付きましたか」
「こ……ここは……」
「ちょっと待っててください。すいませーん。誰かいませんかー」
 ぼやける視界に入ったのは、小さな戦士龍麗だった。そして、なぜ天井を仰いでいるのかの答えを得るまでに数分要した。
(ああ、そうか。私はあの時……)
 確か皇帝に一撃を与えた時、足元の力が抜けて……。記憶が正しければこの流れなのだが……。確認をしようと体を起こそうとするも、まともに力が入らずベッドに倒れ込んでしまう。カーテンが開き、龍麗に続いてやってきた救護師が安堵した顔を浮かべた。少し疑問に思って龍麗に事情を尋ねると一週間程目が覚めなかったとか。そんなに長い間目覚めなかったのかと自分でも驚き、体に力が入らない理由がはっきりとわかった。
「すまない……」
「いいんですよ。スーミン様が無事だったら、僕は嬉しいです」
「……そういえば、皇帝は……」
 抱き着く龍麗を優しく引きはがし、皇帝の現状を確認した。龍麗は少し困った顔をしたが、皇帝は亡くなった事を告げた。
「やはり……私が……」
「はい……。でも、これで、今の皇帝はスーミン様ということになりますよね」
「ああ……そのことなのだが……」
 話そうか迷っていると、またカーテンが開けられ中からニクスがタイミングよく現れた。
「スーミン様。ようやくお目覚めで」
「……ニクス」
「今はゆっくり休んでください。休んだ後はちょっとばかし大変かもしれません
 けど」
 ニクスはいつもとなんら変わりない口調で語りかける。なぜだろう。その口調が今はとても嬉しく思えるのは。
「なぁ、ニクス。龍麗。少し聞いてもらいたいことがあるのだが……」
「はい。なんでしょう」
「なんでもどうぞ」
 二人揃って聞く体制に入ると、シエ・スーミンは今思っている不安を話した。
「私が……皇帝になったわけなのだが……その、もしかしたら色々と迷惑をかけ
 るかもしれないのが……その……」
「何言ってるんですか? そんなの支えるに決まってるじゃないですか」
「そりゃ何もしないわけないじゃないですか」
 二人の答えはまるで決まっていたかのよう、シエ・スーミンの言葉を遮って協力するという返答を得た。
「わ……私はまだ途中までしか言っていないのが……」
「言わなくてもわかりますって。スーミン様のことだから……もちろん。僕たち
 は全力で支えます」
「それに、俺はスーミン様についていくって決めてますから」
「お前たち……」
 シエ・スーミンは改めて自分は馬鹿だと実感していた。私には信じられる部下がいる。それも、とてつもなく頼もしい。きっと彼らを頼らないとこの先は難しいのかもしれない……そう思っている。
「だから、もう一人でうじうじ悩まないで。俺らになんでも話してください」
「う……うじうじなど……」
「まぁまぁ。そういうことです。ぼくらがいつでも相談にのります」
「……ああ。助かる」
「では、スーミン様。城の中はまだばたばたしていますが、どうぞごゆっくり」
 そうして二人は救護室を後にした。確かに城内がざわついているのが気になるが……今はしっかりと体を休めることが先決とし、再び瞼を閉じた。眠りにつくまでにそう時間はかからなかった。

 
 気が付くと、暗闇の中に一人立っているのが見えた。間違いない。あれは……。
(あら。スーミン。ごきげんよう)
(お……お母さん……?)
 亡くなったはずの皇妃だった。なぜここにいるのかまでの思考は巡らず、今は嬉しさが勝っていた。
(うふふ。元気そうでよかったわ)
(お母さん……)
(それと、おめでとう。あら? おめでとうって言い方は少しおかしいかしら)
(……私……できたよ。私にもできたよ……)
(うんうん。辛かったわよね……でも、よく乗り越えたわね。はなまるをあげま
 しょ)
 皇妃はシエ・スーミンの頭を優しく撫でた。頭から伝わる手の温もりにシエ・スーミンは涙を流す。
(あらあら。びっくりさせちゃったかしら)
(ううん……。違う……違うの……)
(そっか。それならいいけど。スーミン、あなたはとっても強い子よ。きっと素
 敵な皇帝になれるわ。お母さん、信じてるから)
(私にできる……かな)
(できるわ。それも誰もが羨むような……ね。周りのみんなを守ってあげてね)
(うん……)
(よしよし。それじゃ、お母さん。そろそろ行かないと)
(お母さん……まだ行かないで……)
(ううん。いつまでも甘えてちゃだめよ、スーミン。大丈夫。あなたなら、きっ
 と……)
(お母さんっ……私、頑張る。きっと、いい国にしてみせますから……)
(遠くからだけど、応援しているわ。あなたは一人じゃないわ……)
 必死に手を伸ばすも、どんどん遠くへ行ってしまう皇妃に、シエ・スーミンの声は大きくなっていく。
(お母さん……)


「お母さんっ!」
 自分から発した声で目が覚めたシエ・スーミン。全身汗でびっしょりになり、呼吸も少し乱れていた。
「スーミン様。大丈夫ですか」
 救護師がすぐにやってきた。額から流れ出ている汗を見るや否や、看護師は急いでタオルを持ってきて、シエ・スーミンに差し出す。
「ああ……すまない」
「悪い夢でもみていたのですか……」
「いや……そうではないのだが」
「それならいいのですけど……もう少ししたらバイタルチェックを行いますね」
 悪い夢ではないことは確かなのだが、なぜこんなにも汗をかいているのだろう……。渡されたタオルで汗を拭い、理由を考えるも検討もつかなかった。
 一通りチェックを行ったが、どこも異常はなし。あとは、本人のタイミングで救護室を出るだけとなった。長期間お世話になってしまっているので、衣服を整えて早々に出たのだが、その瞬間、猛スピードで廊下を走る兵士とぶつかりそうになり、シエ・スーミンは驚きつい大きな声で注意をする。
「こら。廊下を走るんじゃない」
「はーい。すいませーん」
 反省の色が見えない謝罪をされたのが頭にきたのか、シエ・スーミンはその兵士が走っていった道を歩き出した。
「間近で注意しないといけないようだな」
 怒りに任せて歩を進めていくと、辿り着いたのはなんと王の間だった。ここで何かしているのか……場所がわかれば後は容易い。大きな声で叫べばさっきの兵士はすぐに見つかるはずだ。扉が開き切るタイミングに合わせて大きく息を吸い込み、怒鳴る準備をする。
「おいっ! さっき廊下を走った……」
「あれ。スーミン様。なんでここに……うわぁっ!」
 最初に気付いたのは龍麗だった。そして、壁に何か飾り付けをしていた様子だったのだがシエ・スーミンが入ってきたことにより、動揺をしバランスを崩し落下してしまった。龍麗が落ちる音と梯子が落ちる音はほぼ同時で、周りにいた兵士達は一斉に注目した。
「……何をしているのだ」
「いったたたぁ……これですか。もちろん、スーミン様のお祝いの為です」
「お祝い……だと?」
「はい。スーミン様が新しい皇帝になられたので、そのお祝いを……って、なん
 でここがわかったのですか?」
「む……それはさっき、廊下を物凄い速さで走っていった者がいてな。そいつに
 注意をしようと来たのだが……」
「もしかして……もう。あれ程気を付けてって言ったじゃないか」
 龍麗が口を尖らせて対象の兵士に注意をする。その時もその兵士は特に悪びれた様子もなくへこへこと頭を下げて忙しそうに持ち場へと戻っていった。
「まぁ……もう気にはしないが……これを企画したのは誰だ?」
「えーっと、それは……」
「俺ですけど」
 背後から聞こえた調子のよい声。確認せずともシエ・スーミンには声の主はわかっている。ため息をつきながらその人物の名前を呼ぶ。
「ニクス」
「ご名答」
 念のため振り向いて確認をすると、手に沢山の装飾品を抱えたニクスが立っていた。その装飾品の多さにシエ・スーミンはまた大きなため息をついた。
「お前……何をしているのだ」
「いやぁ、さっき救護室覗いたらスーミン様がいなくてこっちは大慌てで準備し
 てるんすよ」
「それはさっき出たばかりだからな。もしかして、前に城内が騒然としてるって
 いうのは」
「ええ。スーミン様へのお祝いの準備をしていたからです」
 シエ・スーミンが体を休める為に目を閉じる前、城内が異常に騒がしいことがあったのを思い出した。その時にはもう準備が進められていたということらしい。
「まったく……お前達ときたら……」
「へへっ。そこは勘弁して下さい。俺らはとにかく祝いたくて仕方なかったんで
 すから」
「そうです。大好きな人が新しい皇帝だなんて、とっても素敵じゃないですか」
 皇帝。その響きが忌々しかったのだが、今は心地よい重圧となって心に沁み渡る。これからは自身で方針を決め、指揮を執っていかないといけない立場となる。その責任は重たくなることはわかっている。しかし、達成感は今まで以上になることも予想している。なにも悪いことばかりではない。一人で考えるのはない。これからはみんなで力を併せていけばいいのだ。そう考えられるようになっただけでも少しは成長できただろうか。
(その考えは大事じゃ。これからも忘れんようにな)
 忘れていた。後ろの竜は喋るのだ。それもシエ・スーミンにしか聞こえない声で。とっさに浮かんだ事を言おうとしたら、声を発する前に声が響いた。
(ああ。お主の思っている事はわかっておる。だから、喋らなくても平気じゃ。
 特に人前だと尚更じゃ。独り言を言っているのだと誤解されてしまうからな)
 ぐっと言いたい事を堪え、その場をやり過ごす。龍麗とニクスは王の間の飾り付けで忙しそうなので、手すきの兵士に自室にいると言伝してから出た。あの様子だと当分終わりそうにない気がしたので、自室に行く前にあの場所へと向かった。夕日が綺麗に見えるあの場所へ。
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