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文字数 3,693文字

「しっかしまぁ、よくこの数でやろうなんて思いましたね」
 頭上脇に雷を準備している魔術師が言った。名はニクス。薄紫色をした髪色、すらりとした体躯。黒いローブに身を包み、頭から黒曜石にも似た角を生やしている。ニクスは物理が苦手だが、雷を操り敵を倒すことを得意としている。一発の威力は凄まじいが、再度放つには時間を要するのは難点。
「私はできると思っただけだ」
 真っすぐな意見がすぐに返ってくる。その頃には敵兵を一気になぎ倒していた。剣についた血液を振り払い、新たに現れる敵兵目掛けて薙ぐ。
「そこも危ないですよっと!」
 ニクスが放つ雷がシエ・スーミンの足元にさく裂する。そこには地中に潜っていた敵兵が待ち伏せていたようだ。しかし、今となっては雷の餌食になっている。強烈な臭いを放ち絶命している。
「……すまない」
「それより、またやってきてますよ。ここは俺に任せてくださいよ」
 ニクスが集中し、なにやらぶつぶつと言い出した。雷を操るための詠唱を始めたのだ。
「我、招雷を欲する者。きたりて我の剣となれ!」

バチ バチバチ パァン!

 全身に響く轟雷と共に白い剣は現れた。目の前が一瞬真っ白になったかと思えば、すぐに真っ赤に燃え盛る炎となり、目の前の敵兵はもちろん、この先一定の範囲をも巻き込んだ。
「これでしばらくは気にしないで進めますよ」
 シエ・スーミンが目を開けると、さっきまで高くそびえていた山はどこへいってしまったのか。きれいさっぱりとなくなってしまっていて、とても通りやすくなっていた。シエ・スーミンは一瞬驚くも、歩を直ぐに進めた。
「助かった。先を急ごう」
「了解っと」
 詠唱後の硬直も解けたニクスがシエ・スーミンの後に続く。魔力も十分に残っていると判断したのか、雷を出すのをやめて辺りの警戒に専念した。ニクスの目的は、シエ・スーミンを無事に敵将の元まで護衛をすること。攻撃はもちろんだが、回復の心得もあると本人は言っていた。いずれ疲弊することが考えられるので、ニクスをサポート役に抜擢した。
「ニクス。魔力はあるのか」
「ええ。まだ余力は充分ですよ」
「そうか。苦しくなったら無理はするな」
「心配してくれてるんですか?」
「肝心な時に魔術が使えなくなったら困るからな」
「へいへい。素直じゃないんですから」
 冗談とわかっていても、やはり心配されているんだとニクスは口にはしないが感じていた。それはお互いを信頼しているということなのだろうか。
「一応、念のためですが……よっと」
 ニクスがなにやら印を結ぶと、シエ・スーミンの周りに薄い膜のようなものが張られた。
「これは……防御壁か?」
「ええ。しかし、ただの防御壁じゃありませんぜ」
 耳を澄ませば聞こえるくらいなのだが、この防御壁にはニクスが操る雷の力が付与されているようだ。不用意に近づく者があればこれが守ってくれるだろう。
「……なるほど。これは便利だな」
「一回しか防げないのが申し訳ないですが……」
「十分だ」
 念には念を入れるニクスに感謝を述べ、さらに進んでいく。予想ではそろそろ敵将と遭遇するはずなのだが。
「危なっ!」
 咄嗟にニクスがシエ・スーミンを庇う。そのままであれば、シエ・スーミンの胴体が真横にスライスされているところだった。地面に倒れた時に聞こえたのは空を切る轟音で、その時の力は相当なものだと音だけでもわかる。
「……誰だ」
「ほう……この攻撃を避けるとは。愚民にしては中々やるではないか」
 目の左側に眼帯をし、黒く大きな翼をはためかせながら、ふんと顎を上げる。その後ろには更に黒い物体がぐるると唸っているのが見えた。唸っている物体は紛れもなく竜だ。
「俺様の名はグエリアス。史上最高にして最高の王とは俺様のことだ」
 口ぶりはどうかと思ったのが、どうやら実力はそれ相応のものだった。溢れる覇気と自信、そして他人を蹴落とすためにある一つの眼。左手に握られている細長い剣は突き刺すことに特化したもの。だが、使いようによっては斬ることなどは容易いだろう。さっき、斬られそうになったのはその剣に覇気を込めて放った一撃なのだ。シエ・スーミンの背筋が一瞬ぞわりとした。いくらか戦闘の心得も持ち合わせているのが、幾分実践経験が浅いため、すぐに戦闘態勢に入ることができなかった。ニクスから危険の報せを受けたのが、その証拠だ。
「貴様が敵軍の大将か」
「口の利き方に気をつけろ愚民。誰が口を開いていいと言った」
 剣を突きつけ、慎むよう促す。ニクスの方は黒い竜からばっちり睨まれている。下手に動くことはできない状態だ。
「口を利いていいと言うまで喋るな愚民。この俺様が直々にやってきたことにま
 ずは感謝をするべきだと思うがな」
「……」
 剣先を下げても殺気だけでその場に押し黙らせてしまう程の力……さすがだとは思うが、やはり人を見下す発言が許せなかった。
「……言いたげだな。よし、特別に許可しよう。口を開け愚民」
「誰が貴様に感謝をするものか」
「……ずいぶんな挨拶だな。それが遺言になるかもしれないというのに」
 グエリアスは覇気を込めた一撃を放つ。準備態勢もないまま攻撃に、対応できず剣で防御をとる。

バァン

 炸裂音と共にシエ・スーミンを包んでいた防御壁が砕けた。砕け散った欠片がまるで意志があるかのように防御壁を破った者に対して飛んで行った。一つ一つの欠片はそう大したものではないのだが、細かく砕けているうえに先端はアイスピックのように鋭く尖っている。
「ぬぅっ! 小賢しい」
 体制が崩れた隙を二人は見逃さなかった。シエ・スーミン、ニクスは一旦距離をとり、武器を手に取る。ニクスはシエ・スーミンより少し後ろにて待機し詠唱を行っている。
「かけておいて正解でしたね」
 再度シエ・スーミンの周りに防御壁がかけられる。それと同時にニクスの周りにも雷の球を出現させ、いつでも発射できるよう準備をした。
 まず一つ目の球をグエリアスの足元に目掛け飛ばした。勢いよく爆ぜた雷球は目くらましにも攻撃にもなった。足元をとられたグエリアスの目の前にシエ・スーミンの斬撃が入る。
「一刀に伏す!」
 放たれた斬撃は惜しくも受け止められが、体重を乗せた重い一撃は完全には防げなかった。防ぎもれた個所から血飛沫が舞う。
「……浅かったか」
「……愚民が。許されると思うなよ」
「誰が貴様に許しを請うか」
 ニクスが膨れさせた雷球を放つ。グエリアスはそれを剣で弾いた。耳障りな電磁音を発しながら打ちあがる雷球は次第に大きさを増し、その場に留まった。
「まだだぜ! お偉いさんっ!」
 ニクスが右手を上げると足元から光る縄が現れ、グエリアスを縛り付ける。そして、そのまま雷球の中へと放り込んだ。
「ぬがあぁあっ!」
 肉と髪が焼ける臭いが充満し、二人は鼻を塞いだ。焦げたグエリアスが落下し、地響きが鳴った。
「あんなんでやれる奴じゃないっすよ。用心してください」
 シエ・スーミンが静かに歩み寄る。ピクリとも動かないそれは、絶命に近い状態ではあったのだが、その後ろ……黒い竜はまだ息をしていた。
「破っ!」
 シエ・スーミンが斬撃を放つ。通常ならば急所にあたる場所を狙ったのだが、黒い竜の堅い鱗に阻まれてしまった。

ガアアアアアッ

 黒い竜が吼えると全身がびりびりと痺れるような感覚になったが、それに怯む時間は全くなく、シエ・スーミンは剣を構え、迎え撃つ。
「そいつの炎、触れちゃいけないんで!」
 ニクスが注意を促してすぐ、真っ赤に燃え盛る火炎を吐いた。シエ・スーミンの前に薄い壁が現れ、熱風を遮る。遮っているとはいっても、その熱量はすさまじくその壁を通しても肌を焼くような熱には違いない。これは細心の注意を払わなくては……。
 火炎が途切れた時を見計らい、斬撃を繰り出すが、やはり堅い鱗が剣を弾いてしまう。
「へへ、お待たせしてすんません。これを準備してまして」
 ニクスが場違いに笑っている。その笑いが一瞬不謹慎だと思ったが、その思いはいい意味で裏切られた。ニクスの周りになにかが集まっているのが感じられるからだ。
「我結ぶは紫音の鎖。汝を縛りて討ち砕かん」
 黒竜の足元に魔法陣が現れ、四肢を縛る鎖は一度掴んだら二度と離すまいという意思を持っているかのように、がっちりと掴んでいた。最初は無色の鎖だったが、徐々に色味を帯びてきた。無色から白、青、最後は不気味な紫色となり、色が変わる都度黒竜の咆哮が大きくなる。
「紫電の旋律奏でたるは無慈悲なる三重奏。行先決めるは冥界の指揮者(コンダ
 クター)」
 二重詠唱にて黒竜の動きを完全に封じた状態のまま、上空には紫色をした雷が現れ、今から仕留める相手をじっくりと焦らす。やがて雷側が飽きたとばかりに突然紫色の雷を落とした。黒竜は悲鳴を上げるも、雷の笑い声にかき消され聞こえない。聞こえるのは「無」という騒がしい音だけだった。
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