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文字数 2,878文字

 シエ・スーミンは昨日に引き続き、書類の整理をこなしていった。要領が掴めてきたのか、まずは種類毎にまとめてから処理をすることで効率を上げ、昨日よりスムーズに動けていた。お茶の準備をしようとしていた侍女が何かを感じたらしく、はっと顔をあげた。
「……スーミン様。お気を付けください。何者かが侵入してきました」
「……なんだと?」
 ペンを置き、耳を澄ませると、侍女の言う通り何者かがこちらへと向かってくる気配を感じた。それも凄まじい闘気だった。
(……お主。用心するんじゃ。気を抜いたらやられるぞ)
 小さく頷き、近付いてくる何かに対し意識を最大限に尖らせる。ピリピリした雰囲気の中、王の間の扉が乱暴に開かれた。シエ・スーミンは立ち上がり招かれざる来客を睨みつける。
「ここか。皇帝がいるという部屋は」
 太い声。刃物のように鋭い目つき。シエ・スーミンと同じドラゴロイドと呼ばれる種族の男。異国情緒のある鎧を身に纏っている。シエ・スーミンはその鎧に見覚えがあり、記憶を手繰ると前皇帝の記憶の中で見た男と酷似していた。
「お前は……前皇帝の……」
「ほう……我が友を知っているというのか。ということは、貴様はその娘だな」
「ああ。申し遅れた。私はシエ・スーミン。現皇帝だ」
「俺はジェンイー。貴様の父親とは長い付き合いだ」
 軽く挨拶をしたところで、ジェンイーと名乗る男は首を傾げた。まさかとは思いながら、シエ・スーミンに問いかけた。
「貴様……今、現皇帝と言ったか」
「ああ。そうだ。私が今の皇帝だ。それがどうした」
 シエ・スーミンは聞かれた質問に対して偽りなく答えた。、その答えに対し、ジェンイーはとても驚いた様子だった。
「ま……まさか。あの友が……破れただと……。この小娘に……」
「お前はさっきから何を言っている」
 するとジェンイーは肩を震わせ、大声で笑い始めた。シエ・スーミンと侍女の警戒心は最大まで跳ね上がり、侍女はいつでも反撃ができるよう武器を忍ばせている。
「はぁ……。こんな小娘に敗れるとは……友も落ちぶれたな」
「貴様……父上を侮辱するとはいい度胸だ」
 我慢ができなくなったシエ・スーミンは剣を抜き、ジェンイーに向けて構えた。ジェンイーはそれには応じず、ただシエ・スーミンを睨み続けていた。やがて、ふんと鼻を鳴らし、シエ・スーミンに背を向ける。
「……話にならん。その力量で俺に敵うと思っているのか小娘」
「……なんだと」
「こんな力量不足の小娘に何ができる。ここへ来たのは時間の無駄だったか」
 今すぐにでも斬りかかりたいのだが、それをぐっと堪えシエ・スーミンは一つ提案をした。
「ジェンイーよ。お前の力を貸してくれないか。もちろん、そちらの条件も飲も
 う」
(お、お主正気か? こんな奴がここにいるとなると、とんでもないことになる
 ぞ)
「俺は力ある皇帝についていく。力ある皇帝即ち王。その王なき今、俺はこの国
 にいる理由はない」
「確かに私は未熟だ。それは自分でもわかっている。私は力だけでこれから先、
 物事を解決していくような国にはしたくはない。もちろん、戦いは避けらない
 こともある。その時、お前の力を民の為に貸してはくれないだろうか」
「……我が刃は亡き王のため。力なき者に用はない。さらばだ」
 それだけを言い、ジェンイーは王の間を後にした。さっきまで感じていた凄まじい闘気も次第に薄れていくのがわかった。
「……スーミン様。もう大丈夫のようです」
 警戒を解いた侍女はシエ・スーミンに危機は去ったことを告げる。二人は武器を収め、再びやってきた静けさにほっとした。
「……何者なのですか。あのジェンイーという人物は」
「私も父上の記憶の中でしか見たことはないのだが……。力主義だった父上に賛
 同し、あちこちで戦果を挙げた者だ。父上を心から敬愛していたそうだ」
「そうですか。ありがとうございます」
 侍女は几帳面にお礼をし、途中だったお茶の準備を進めた。シエ・スーミンもまだ警戒心を完全に解いてはいないまま再び書類にペンを走らせた。
 すべての書類の処理が終わり、ペンを置き一息ついた時、またもや王の間の扉が乱暴に開かれた。またかと思い、シエ・スーミンと侍女は咄嗟に身構えるが、そこに現れたのはぜえぜえと呼吸が乱れたニクスだった。
「……ニクスか。驚かすな」
「心配できてみたのですが……遅かったみたいですね。何者かがここへ来たって
 聞いて」
 シエ・スーミンはさっきの出来事をかいつまんで話した。するとニクスは、そんな奴は放っておけばいいと切り捨てた。協力をしてもらえるととても心強い存在だと付け加えるも、ニクスの考えは変わらなかった。
「力こそ全てと思っている輩にそんな話をしても無駄っすよ。いつ裏切られるか
 わかったもんじゃないですし」
(ほほう。ニクスの方がわかっているようだな)
 シエ・スーミンは竜に軽く拳をぶつけると、とても複雑な表情に変わった。
「何かまずいことでもあったんで?」
「いや……交渉に失敗してしまったと思ってな……」
 段々と本気で心配になってきているシエ・スーミンに、ニクスはもうそんなことはどうでもいいと大声を張った。びっくりしているシエ・スーミンと侍女に構わず、ニクスは再び大声を張る。
「俺らがいるじゃないっすか。ましてや考えが相反しているのに、無理に交渉を
 しなくてもいいんですよ。俺らは俺らの国を作っていきましょう。スーミン
 様」
ニクスの真っ直ぐな思いをぶつけられたシエ・スーミンはふっと笑い、気持ちを切り替えた。どうもニクスにはこれからも世話になりそうだと小さく呟き、差し出された頼れる部下の手を取った。
「そうだな。その為には小さなことから積み重ねないとな……」
「俺たちがいればできます。スーミン様の思い描いている理想を、手伝わせてく
 ださい」
 ああと力強く返事をしたシエ・スーミンは、何かを思いつき大きな声で侍女を呼んだ。
「すまない侍女。今日の夜、王の間で食事会をする。急なことなのだが……でき
 るか?」
 侍女は顔色一つ変えずに首を縦に動かした。
「畏まりました。それでは、いますぐに手配を開始いたします」
 いつものように一礼をし、王の間を出ていく侍女。それをぽかんとした表情で見送るニクス。対してうふふと笑うシエ・スーミン。
「さぁ、今日は存分に食べてくれ。みんなが頑張ってくれている褒美だ」
「スーミン様。昨日もそうでしたが……」
「気にするな。それともニクスはいらないのか? なら、すぐに侍女に連絡をし
 ないと」
「ちょ、なんでそうなんですか。食べますよ。俺も」
 悪戯っぽく笑うシエ・スーミンは、そのまま伝達室に向かい弾んだ声でこう言った。
「シエ・スーミンだ。今日はみんなに褒美を用意した。あとで王の間に集まって
 くれ。腹を減らしてから来るんだぞ」
 しばらくして、城内から兵士達の歓喜の声が聞こえたのは言うまでもない。
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