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文字数 8,390文字

 翌日。シエ・スーミンは誰よりも早く起きて訓練施設で体を動かしていた。棚に置いてある武器を一通り触り、一番しっくりするものを探していた。一番はやはり剣なのだが、先日は棒を使ってみてこれも中々だと思えたので、今回も違う武器を開拓してもいいのではと思ったのだ。
「……むぅ……槍、斧、弓、短剣、棍棒……たくさんあるな……」
 最初に取ったのは槍で、棒を振り回した要領で使ってみると大差がないことに気付く。
「ふむ……悪くない。次は斧か……むっ」
 先端に重量がある分、少し扱いは難しいかもしれないがその重さに任せて相手を叩くことができるのならいいのではないか。両手でしっかりと柄を握り、軽く振ってみた。空を切る音がこの斧の重さを物語っているよう。今は誰もいないから良いが、これが誰かに当たってしまったら大変なことになってしまう。それから数回振ってみたが、これはいまいちだったのか首を傾げながら棚に戻した。続いて弓を手に取り、射撃場へ。射撃ポイント
の前に立ち、矢を構える。ぎりぎりと矢を引き絞りふっと息を吐きながら矢を離す。矢が的に当たるとシエ・スーミンは少し嬉しそうに笑う。矢筒から矢を取り、構える。
「……っ」
 矢を離す時、左手がぶれてしまい的を射ることはできなかった。悔しかったのか、再び矢筒から矢を取り出し、構える。気持ちを落ち着かせ的を睨む。気持ちと射撃の準備ができると、優しく弓から指を離す。
「やった」
 初めに射た矢よりも真ん中に近い場所に当たり、小さく拳を握る。結果に満足したシエ・スーミンは矢と弓を戻し、次の武器へと手を伸ばす。
「短剣か……一つだと軽いな……」
 軽く素振りをしてみても、普段使っている剣よりも遥かに軽量で、何か物足りなさを感じた。試しにもう一つ持ってみると意外にもしっくりくることがわかった。
「これなら戦えそうだな」
 両手に短剣を握ると、まるで踊るかのような剣捌きをみせる。元々剣の扱いに慣れているせいもあってか、コツがわかるとそれこそ剣舞を見ているかのような錯覚を覚える。一人での踊りを堪能したシエ・スーミンは少し休憩を挟みながら棍棒に手を伸ばす。斧程ではないが、先端に重量がありその重さで相手の鎧を打ち砕くといった戦い方だと予想する。
 そういえば、グエリアスとの戦いの時に、この棍棒の数十倍の大きさを軽々と持ち上げるドラゴニュートがいたはず。名を確か……ラウラといったか。あの娘も棍棒で鎧を砕いていたのを覚えている。彼女はあの戦いの後、どこへ行ってしまったのか誰も知らない。ニクスに尋ねてみても「さぁ」の一言で終わらされ、結局分からず終い。龍麗に聞いてみると、彼女は飛び入り参加をしただけで別にうちの城にいるというわけではないそうだ。
飛び入り参加でも、あの時はとても助かったと一言いいたかったのだが……少し残念な思いが横切ると、いつの間にか訓練施設にはたくさんの兵士が集まっていた。その多さに一瞬ぎょっとするシエ・スーミンだがそれに負けないくらいの大きな声で挨拶が飛んできた。
「おはようございます。スーミン様」
「お……おはよう」
 数に圧倒されながらも挨拶を返し、胸のドキドキが治まるのを待たず訓練施設を後にした。腕で額の汗を拭い、息を漏らすと後ろから声が聞こえてきた。
「あ、スーミン様。おはようございます。もう訓練はおしまいですか?」
「龍麗か。おはよう。私の今日の訓練は終わりだ。龍麗はこれからか?」
「はい。午後に体術の試験がありますので、その前に体を動かしておこうかと思
 いまして」
「そうか。頑張れよ」
「はい! 行ってきます」
 満面の笑顔で挨拶をし、訓練施設に走っていく龍麗。その後ろ姿を見るシエ・スーミンはどことなく保護者のような面持ちだった。
「汗をかいたまま何処へ行きますか? スーミン様」
 柱の陰から聞こえたのはニヤニヤした顔をしたニクスだった。言われて気が付いたのは、額だけでなく背中からも汗が流れていたこと。
「ニクスか。悪い。これから着替えてくる」
「へいへい。あ、今日の作戦指令室には何もなかったですよ」
「もう確認したのか」
「はい。その方が何かと動きやすいかと思いましてね」
 ニクスから特に目立った作戦がなかったという報告を受けたシエ・スーミンは自室に戻り、汗を流すことにした。
 新しいドレスに着替えながらふと思ったことがある。それはやはり皇帝との決闘の事。なるべく考えないようにしてはいるものの、ふと頭に空白ができると考えてしまう。
「……どうしても避けられない……か」
 今朝、早起きして色々な武器に手をつけていたのは皇帝との決闘も加味していたのだが、大半は体を動かしたいという単純な理由だった。そうしていれば余計な事は考えなくて済むのだから。

ゴォン ゴォン

 城から響く鐘の音。滅多に鳴り響かないことで有名なのだが、今日は鳴り響いたということは……。
「そうか……お母さん、今日出発するんだ……行かなきゃ」
 王位クラスの出棺を知らせる鐘の音が、シエ・スーミンの足を足早に動かす。最後にお母さんに挨拶をしていきたいとう思いがシエ・スーミンの気持ちを更に加速させる。
 城の入り口には既に大勢の兵士で埋め尽くされていた。目を潤ませている者や、既に号泣している者等様々で、棺の周りには救護班六人が控えていた。棺の下には棒状のものが敷かれており、それを救護班が肩に担ぐという方法で運ぶらしい。
「スーミン様。……最後にお顔をご覧になりますか?」
「できるか?」
「もちろんです。少々お待ちを」
 一人が棺の一部を持ち上げると、今にも起きだしそうな程安らかな顔をしている皇妃がそこにいた。
「お母さん。私、もう大丈夫……そして……ありがとう……」
 頬にそっと触れ、別れの挨拶を済ませると、棺から離れる。棺を閉じ一人がチリンチリンとベルを鳴らす。その音を聞いた全員の背筋がぴんと伸び、視線の先は棺一点に絞られた。
「これより、第三皇妃出棺の儀を執り行う」
 救護班全員が棺の周りを囲み、それぞれが違う印を結び、詠唱を始めた。まるで何かの歌のようにも聞こえる詠唱に聞き入っていると、後ろからニクスの声がした。
「……いよいよですね」
「……ああ」
「もうこっちは大丈夫で?」
 ニクスが胸辺りをとんと叩くと、シエ・スーミンはどうだろうという顔をした。頭では分かっているが気持ちがそれに追いついていないという状況だろうか。
「今はとても悲しい。だが、いつまでも悲しんでいてはいけないからな」
「……強いっすね。スーミン様」
「いや、私はまだまだ弱い。弱いと思える部分が沢山あるからな……」
「それは……その……みんなで解決していきましょう」
「……ああ」
 ひそひそ話しているうちに、出棺の儀は終わり救護班の六人は棺をゆっくりと持ち上げた。持ち上がると同時に兵士から悲鳴が起こり、最後の別れを惜しんだ。
「皇妃様ー!」
「今までありがとうございましたー」
 皇妃の別れを惜しむ声は、棺が見えなくなるまで止まなかった。救護班達は歴代の王位クラスの眠る墓地に運んだ後、再度儀式を終えてから埋葬をする。
「あれ……そういえば」
「どうかしたか」
 ニクスが急に辺りをキョロキョロし始めた。何かを探しているのだろうか。
「……皇帝が見えないんですよ。連絡はいっているはずなのに……」
「……そういえば。私が行こう」
「俺も行きますよ」
 二人は皇帝の所在を確認するため、王の間へと向かった。

 その頃、皇帝は普段通り玉座に佇んでいる。お茶の準備をしていた侍女が静かに口を開く。
「鐘が鳴っておりますが……行かなくてよろしいのですか」
「……」
「最後の顔合わせになると思いますが」
「……」
「……」
 無言で返事をする皇帝に侍女も最後は無言で返す。皇帝は最後の見送りには行っていないのだ。行くと涙が出るという理由でなくただ「行かない」のだ。そこに感情移入をしてしまっては皇帝として恥じだと考えている。
「お茶の準備ができました」
「……下がってよいぞ」
「はい」
 一礼をしてから侍女は王の間から退室する。淹れたての紅茶を一口含む。仄かな甘みが口の中に広がり、それでありほんの僅かだが残った渋みがまた心地よい。小さく唸りながらカップを置くと、扉からノック音が聞こえた。
「失礼します。シエ・スーミンでございます」
「ニクスでございます」
 あの二人か……最近、ことあるごとにこの二人はよくやってくるなと心の中で思っていた。何か案件を持ってきたのか……それとも。とにかく断る理由もないので「どうぞ」と答える。
「皇帝……もうご存じかもしれませんが、たった今、皇妃をのせた棺が城を出ま
 した。追いかければまだ間に合います」
「……何を言っている」
 皇帝から帰ってきた一言は二人の予想に反していた。皇帝は何か用事があって見に来なかったと思っていたのだが、そうではなかった。
「で……ですから、挨拶ならまだ間に合……」
「戯言を……もう終わった話だ。それとも、終わった事についてグチグチ話さな
 いといけないのか」
 皇帝の威圧を受けながら必死に食らいつく二人だが、今にも振り落としそうな言葉の数々にただただ戸惑うだけだった。
「下らん。そんな下らない感情に流されていては……。この国を任すには相応し
 くないな」
 身内が旅立ってしまった……ましてや自分にとっての母親、皇帝にとっては妻だというのに、それを「下らない」の一言で片づけてしまう皇帝にいささか腹が立った。
「……皇帝。お言葉ではありますが……いくら身内でもその言い方はないと思い
 ます」
「……ほう。言うようになったな。では、聞こうか。お前はそんな感情に流され
 てこの先生きていけるのか」
「質問を質問で返す事をお許しください。逆にいつまでも自分の感情を素直に出
 さずにこの先も生きていくおつもりですか?」
この一言にニクスの背筋はぞわりとした。言葉での臨戦態勢をとった二人は互いに一歩も譲らなかった。それほどまでに二人の言葉に含まれた覇気というのは凄まじかった。
「……私から答えよう。人前で感情を出すということは実に愚かしい。皇帝であ
 る以上、情に流されることはない。今も。そしてこれからもな」
「皇妃は言っていました。感情を素直に出すことは素晴らしいことだと。楽しい
 ことがあれば笑い、悲しい時は涙を流す。それは人間も我々も同じこと」
「ほう……あいつがそんなことを言っていたのか……」
 皇帝の眉がぴくりと動く。この言葉に何か意味があるのかは分からないが、気にしているというのは事実。
「何か思い当たる節でも」
 シエ・スーミンはすかさず問う。それには答えず、冷めかけた紅茶を含む。小さく息を吐き足を組み替え、皇帝は言う。
「この言葉に感化されたのなら……貴様は騎士として失格だ。今すぐ荷物をまと
 めて国から出ろ。貴様と剣を交わすことも時間が惜しい。さぁ、出ていけ」
 二人の腹部に重く響く声。威圧・畏怖・殺気が含まれたたった一言が、二人の背後に死神を呼び寄せ、今にもその鎌で首を掻き切ろうと嘲笑う声が聞こえてきそうだ。シエ・スーミンはそんな死神の笑い声を振り払うかのように頭を横に動かす。
「皇帝。私は今まで疑問に思っていました。なぜ、この国は力こそが全てなので
 しょうか。皆と協力し、時に交渉して和解をするのも戦略の一つです。なにも
 全てを破壊することだけがその国の力だとは思えません。私は……そんな国に
 はしたくありません。私は、この城にいる皆と平和的な国をつくりたいと思っ
 ています」
 勢いに任せて今まで思っていたことを皇帝に吐き出す。力だけでは解決ができないこともあること、時には戦いではなく交渉といった形で相手を説得することだってできること。そして、何よりも皇帝に伝えたかったこと。それは、この国に蔓延る運命の断絶。シエ・スーミンで最後にするということを皇帝にぶつけた。
 思いの全てをぶつけ終わり、しばらくは静寂が王の間を包んだ。静寂を先に打ち破ったのは皇帝の低く響く笑い声だった。
「くくくっ……ははははははっ……実に面白い。こんなに笑ったのはどれくらい
 ぶりか」
「こ……皇帝?」
 皇帝の笑い声は王の間を通り抜け、廊下まで響き渡り何事かと思った兵士がこっそりと王の間の扉を開く。そこには腹を抱えて笑っている皇帝の姿がたあった。
「はぁ……シエ・スーミンよ。お前は今、破壊だけが力ではないと言ったな」
「はい」
「平和的な国をつくりたいとも言ったな」
「はい」
「その言葉に偽りはないか」
「はい」
 シエ・スーミンから二回返答を確認した後、皇帝はまた大声で笑いだした。そこまで皇帝を笑わせるものは一体何なのか、二人はさっぱりわからずにいた。
「あ……あの……皇帝?」
「ああ……すまない。なぜこんなにも笑っているか理由を知りたいのか?」
「……差支えなければ教えていただけますか」
 困惑した表情のままシエ・スーミンが皇帝に回答を求める。すると、皇帝はさっきまでの嬉々とした表情から一変、見る者によっては生気だけでなく魂まで持っていかれてしまいそうな不気味な顔になった。
「笑った理由……それは実に愚かしいと思ったからだ。平和的な国をつくりた
 い? なに間の抜けた事を言っているのかと思ってな。聞いた瞬間、笑いを堪
 えるのが大変だった」
「なっ……」
「破壊をしない戦以外に戦と呼べるものはあるのか……? 私には理解できん。
 これまで幾千幾万の戦を経験したが、どれも根本にあるのは破壊のみだ。それ
 をせずして戦とは言わん。そもそも……お前にはそれまでの力が伴っていな
 い。伴っていないくせに口から出るのは夢物語も甚だしい。貴様に建国などで
 きるわけがない」
「それは……やってみないとわかりません」
「ほう……それをやってみようというのか。ならば、私と剣を交わす覚悟ができ
 ているということなのだな?」
「ぐっ……そ、それは……」
「それができないのならば建国など夢物語を語るな。貴様にはこの国にいること
 すら恥だ」
「……」
 再度力不足を指摘され、何も返すことができないシエ・スーミン。グエリアスの時も、前回の邪竜の時もそう。途中で皆の足を引っ張ってしまうことばかり起こしてしまっていることについては認める。しかし……その後、討伐や封印には成功を収めているのもまた事実。その事実において皇帝は認めてくれていない。結果は残しているのだが、途中の出来事について皇帝の指摘は鋭い。
「お……お言葉ですが皇帝。失礼してもいいでしょうか」
 耐えきれなくなったニクスが口を開いた。ニクスもなにか皇帝に言いたいことがあるようだ。皇帝を見る視線がいつもよりも研ぎ澄まされている。
「……ニクスか。なんだ」
「先程から力不足という言葉が出てきていますが……それは何を指しているので
 しょうか」
「簡単なことだ。普通なら数分で済む討伐依頼を数十分かけてこなしていること
 や、前回の邪竜の再封印に日数がかかっていたりと指摘するとこは自ずと出て
 くると思うが」
「ではお聞きします。その討伐依頼は失敗していますか? 邪竜はまたこの世に
 解き放たれて猛威を奮っていますか?どこかの城や街が壊滅したという報告は
 あがっていますか?」
 ニクスは依頼された作戦は全て成功をしている事を前提に、皇帝へ投げかけた。もちろん時間や日数はかかっていても問題はない。同じような依頼がなかったことも確認しているニクスは皇帝の返事を待った。
「……確かにこれまでの依頼はこなしてくれているようだ。討伐は成功している
 し、邪竜についても再封印している。その後の経過も悪くない。むしろ良好
 だ」
「でしたら……なぜ、そこまで力不足と発言をされるのかわかりません」
 ニクスの顔に怒気が漲る。一緒に戦ってきたからわかることも沢山ある。シエ・スーミンのおかげで詠唱を行うことができたし、邪竜の再封印の時だって、動けたのはシエ・スーミンだけだった。あそこでシエ・スーミンがいなければ確実に返り討ちにあっていた。
「ふむ……どうやらお前は勘違いをしているようだ」
「勘違い……ですか」
 皇帝は玉座から立ち上がり、ニクスの前で止まった。ニクスは迫りくる殺気に足が震えるのを堪えながら、真っすぐ皇帝を見据えた。
「私が言っているのは、時間をかけずに依頼をこなすということだ。お前たちが
 こなした依頼はどれも目的は果たしてはいる。しかし、時間がかかりすぎてい
 るという事が力不足と指しているのだよ。短い時間で依頼を達成できていなけ
 れば、それは失敗。即ち力不足ということだ。時を意識しない戦いなど無意味
 だ」
 皇帝から返ってきた答えはひどく冷めきったものだった。依頼は成功しても遅すぎては失敗というあまりにも残酷なものだった。その答えを目の前で聞いたニクスは、膝から崩れ落ちた。それでは、今までシエ・スーミンが頑張っていたことは全て認められないということになってしまう……。皆で頑張って依頼をこなしたことが無意味になってしまう……。
「これでわかったか。どれだけ力不足だったかを……特に邪竜の再封印から戻っ
 てきた時の顔は腹立だしくて忘れることができないくらいだった……何を呑気
 に帰ってきたと思ったほどだ……それが私の娘であり次期王位継承者だと思う
 と実に情けない」
 皇帝の発言全てがシエ・スーミンの心を深く傷をつける。傷をつけられた個所に更に傷を負わされ、傷口がどんどんと開いていく。必死になって戦っていても、それを認めてくれないことに加え、実の父親である皇帝から心ない言葉を浴びせ続けられ……シエ・スーミンの瞳にうっすらと涙が滲んだ。
「……もういい。ニクス」
「スーミン様。しかし……」
「いいのだ……もう……」
 涙を拭い、きっと皇帝を見据えたシエ・スーミンは深く一礼をして王の間を出た。それを見て慌てたニクスも、最初は迷っていたが軽く皇帝に頭を下げてシエ・スーミンの後を追った。皇帝だけになった王の間に静かさが戻り、玉座に腰を下ろした皇帝に侍女が囁く。
「……あんな物言い、本当にいいのでしょうか」
「侍女が私に口出しをするのか……?」
「そうではありません。これは独り言です。独り言なので気にしないでくださ
 い」
 侍女は何度も独り言と言うも、これは皇帝に言いたいことがあると言っているようなものだ。つまらなそうな顔で侍女の独り言に耳を傾ける。
「皇帝はお分かりでしょうか。最初の任務の時、山から大きな音が聞こえた事。
 あれはニクス様が放った魔術であることには間違いありません。あれほどの大
 きな魔術を展開するには時間が必要です。魔術というのは詠唱が中断してしま
 ったら、最初から詠唱を始めなければいけません。それができたのはなぜでし
 ょう。それはスーミン様が時間を稼いでニクス様の詠唱を助けたからです。討
 伐したのはニクス様かもしれません。しかし、その討伐を可能にしたのは、紛
 れもなく時間を稼いだスーミン様ではないでしょうか」
「……」
「これも独り言です。それと私の予測も入っています。次に行った邪竜の再封
 印。あれは皇帝自らがオルロ様に依頼をされたものですね。それにスーミン様
 やニクス様、龍麗様、はたまた見慣れない方までも引き連れて邪竜を封印しよ
 うと決起したわけです。見慣れない方と連携が最初からできるなんてとても素
 晴らしいことだと思います。そして、そのチームワークで見事に封印に成功し
 ます。その後、皆さんはふらふらのまま城に帰還しようとしましたが、疲れた
 顔のままでは皇帝に申し訳ないと思ったのでしょう。しっかり体を休めて戻っ
 てきたと思います。それを、呑気と片付けてしまうのはどうでしょうか……独り
 言です」
「……」
「紅茶のおかわりはご用意できております」
「……下がっていいぞ」
「畏まりました。では失礼します」
 湯気の立つティーカップを口につける。含むとさっきよりも渋みが強く感じられた。もう一口含むと、持っていたティーカップを床に叩きつける。ぱんと乾いた音が響き、茶色の液体は赤い敷物にじわじわと広がっていった。その後、皇帝は玉座から立ち上がる事なく、怒りの表情を露わにしながらしばらく佇んでいた。
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