第11話(4)誘き出す

文字数 1,956文字

「……リンの動きが鈍くなってきたわね」

 フォーが腕を組んで呟く。

「スラちゃんのお陰かしらね?」

 ななみが尋ねる。

「ペースを乱されたのはそうでしょうね……」

「やったわね」

「ええ、これでいくらかボールを保持しやすくなったわ。そうなると次の問題が……」

「次の問題?」

「あいつよ……」

 フォーがピッチに向けて顎をしゃくる。

「ああ……」

 ななみが頷く。

「おらあっ! ふん、その程度の攻撃、何度だってわたしが跳ね返してやるよ!」

 船橋の攻撃の前にヒルダが立ちはだかる。

「あいつをなんとかしないとね……」

 フォーが顎をさすりながら呟く。ななみが問う。

「ルトちゃんに何か役割を与えていなかったっけ?」

「ええ、まあ……」

「そんなに上手くいくかしらね……」

「やってみる価値はあるわ……ルト!」

「え⁉」

 ライン際を歩いていたルトが、いきなりフォーから声をかけられたので驚く。

「え⁉じゃないわよ、そろそろ仕掛けなさい!」

「わ、分かったっす!」

 ルトが頷く。

「……今度はなんだ?」

 リンが首を傾げる。

「おい、デカ女!」

 ルトがヒルダに向かって声をかける。

「あん?」

 ヒルダがルトに視線を向ける。

「お前さんの穴だらけの守備なんて、オレが破ってやるっす!」

「なんだと?」

「ヘイ! ボール!」

 左サイドの良い位置にポジションを取るルトにボールが渡る。ななみが声を上げる。

「いい所でもらった!」

「へへっ!」

「……」

「あ、あら?」

 ルトに対し、ヒルダは中央からほぼ動かず、様子見の姿勢を取る。

「ふん……」

「そんな……」

「てい!」

「うおっ⁉」

 リンの鋭いタックルによって、ボールがサイドラインを割る。ヒルダが笑う。

「はははっ! わたしがそんな安っぽい挑発に乗るかい!」

「む……」

「ヒルダをサイドに釣り出して、奴が苦手なスピード勝負を仕掛けようということか……狙いは悪くないが、挑発はあからさま過ぎだな……」

「くっ……」

 リンの言葉にルトが顔をしかめる。

「どうした? 打つ手なしか?」

「まだっすよ……」

 ルトがベンチの方に目をやる。フォーが指示を出す。リンが首を傾げる。

「?」

 その直後、船橋のフォーメーションに変更が施される。ルトがトッケとポジションを代わり、サイドから中央に移ってきたのである。ルトが笑う。

「ふふん!」

「なんだあ……?」

「ヘイ! ボールカモン!」

 ルトに向かってボールが送られる。

「そうはいくか!」

「どわっ!」

 ヒルダがルトを吹き飛ばして、ボールを跳ね返す。

「へっ、アンタにボールは触らせないよ!」

「ちっ……まだだ!」

 その後もルトへ向けてボールが何度か供給されるが、ヒルダがその都度跳ね返す。

「……どう思う?」

 リンがローに話しかける。

「君から話しかけてきてくれて嬉しいよ」

「ふざけるな」

「ごめんごめん……ヒルダを徐々にサイドへ誘導しようとしているのかな?」

「! 空いた中央のスペースを使うつもりか?」

「恐らくね……ケアを頼むよ」

「分かった」

「……ヘイ! ボール!」

「いい加減しつこいね!」

「待て、ヒルダ! 深追いし過ぎだ!」

「!」

 リンの言葉にヒルダはハッとなる。ルトへのボールを警戒するあまり、徐々にサイドへと釣り出されてしまっていたからである。逆サイドのゴブから精度の欠いたボールがルトへと送られる。ルトが苦笑する。

「随分とアバウトなボールっすね!」

「くっ! 触らせん!」

 ヒルダがジャンプして、ボールをヘディングする。彼女の大きな体をもってしても、やや高いボールだったため、頭に触れはしたが、中途半端なクリアになる。

「ぬおっ⁉ でも狙い通りっす!」

「くっ! 中央が!」

「大丈夫だ! 空いたスペースは私が埋めた! 落ち着いて戻れ!」

「す、すまない、リン!」

(あのケットシーにそこまで精度の高いボールは蹴れん! ……何⁉)

 リンが驚く。左サイドでこぼれ球を拾ったのはトッケではなく、スラだったからである。

「スラ! 放り込みなさい!」

 フォーが声を上げる。リンが内心舌打ちする。

(キック精度のあるスライムがあの位置に! 誘き出されたのはヒルダではなく私か⁉)

「スラちゃん!」

 ななみの声援を受けて、スラがボールを蹴る。

「⁉」

 越谷のメンバーが驚く。スラが蹴ったボールはいわゆるハイボールではなく、低く速い、アーリークロスだったからである。しかも想定よりも手前の所にボールが放り込まれた。越谷のメンバーの反応が一瞬遅れたところにルトが飛び込む。

「もらったっす!」

「そうはさせん!」

 ルトの斜め後ろからヒルダが懸命に足を伸ばす。ルトが笑う。

「な~んちゃって♪」

「なっ⁉」

 ルトがボールをスルーした。ヒルダは足を元に戻せず、ボールはヒルダの脚を経由して、越谷のゴールネットに吸い込まれていく。オウンゴール。現在、スコアは6対7である。
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