12

文字数 5,345文字

 二週間の正月休みを終えて東京に戻った私は、その日から宮路家へと通い詰めることになった。土日もなく毎晩優君と顔を突き合わせる。この時期に二週間も私がいなくなるのはどうかとも思ったが、それは結果的には良い方向に作用したようだった。根を詰めることに慣れていない優君にはそれは丁度良い息抜きの時間となった。あのまま突っ走っていたらゴール前で息切れして途中棄権となっていただろう。ということで改めてのラストスパートだ。それはそれとして受験する高校を決めなければならない。私はおやっさんに中学での三者面談で学校側がどこを勧めたかを聞いた。おやっさんは「学校側はもう匙を投げており、そちらで勝手にどうぞということだった」と半ば怒りを露わにして答えた。そして私に一枚の紙を見せた。そこには学校側がリストアップした高校名が三校ほど書かれていた。

 私はそれがどんな学校なのか全く想像もつかない。私は高田馬場の芳林堂書店で都内の私立高校の入試ガイドブックを買い、リストにあった高校の概要と入試の傾向を詳しく調べた。学校側の言い分もわからないではなかった。ガイドブックに記載された内容はそんなに甘いものではなかった。私は優君の性格や通学の負担等も考えて三校ほどに候補を絞り込んだ。それは近場でもある豊島区の豊西高校と城北高校、北区赤羽にある成邦高校だった。いずれもランクの低い私立高校ではあったが、それでも今の彼の学力ではハードルは高い。公立高校は入試科目が五教科であり最初から対象外にする他は無かった。

 私はおやっさん、おかみさんと相談し、この三校を受験する方向で同意を得た。優君本人にはそれぞれの高校の特徴を説明し本人の希望を聞いたが、どこを選べば良いのか自分では判らないと言う。私としては城北高校はおそらく無理、豊西高校と成邦高校にはうまくすれば滑り込めるかもしれないと読んでいた。校風等を考えると、近場の豊西高校よりも成邦高校が彼には合っているような気がした。こうして第一志望を成邦高校、第二志望を豊西高校、城北高校は滑り止めならぬラッキーパンチ狙いで受験するという方針が固まった。

 これまでの国語の特訓で優君の文章への抵抗はかなり減じ、そこそこの長文も読み切ることができるようになってきた。しかし簡単な問題を解かせてみてもなかなか正答できない。こればかりはもうどうしようもない。しかし半年前問題を読むことさえ拒んだ彼がここまでになったのだ。私は何とか合格させてやりたいと本気で思っていた。三校とも受験科目は国語・英語・数学の三教科だった。数学をこれからどうこうしようとしても手遅れだ。私は英語で少しだけでも点数が取れるよう、簡単な単語を正確に書くことをもう一つの課題として取り組んだ。彼も日常会話の中で簡単な英語を当然のように使っているわけで、その意味は何となくわかっている。あとはその単語一つ一つを正しく書けるようにするだけだ。国語の音読と英単語の書き取り、この二つを私は入試直前まで続けた。


 そして運命の二月、いよいよ受験の本番がスタートした。私は「これはお前が一人で立ち向かわなければならない試練なんだ。試験会場では誰もお前を助けてやることはできない。自分の力で最後まで粘りに粘って問題と戦ってこい」と送り出した。優君はかなりのストレスを抱えていたに違いないが、頑張って三校の入試を無事に終えた。そして合格発表がやって来た。結果は悲惨なものだった。全て不合格。その報せを聞いて私は間髪を入れずおやっさんと相談した。

 「おやっさん、このままでは優君はまた自暴自棄になって何をしでかすかわからない。何とかカネの力で高校に入れてやってもらえないでしょうか。」

 「うん、カネで何とかできるんならそうする。でもどうしたらいいんだ?」

 「私も良くわからないんですが、相手は私立。直接談判すれば条件を向こうから出してくるんじゃないでしょうか。」

 「うん、そうだよな。で、具体的にはどうすれば?」

 「明日まず校長に直接電話してみたらどうでしょうか。校長がダメなら教頭とか入試の責任者。そこで腹を割ってお願いする。あとは向こうの返答次第でしょうけど。」

 「よし。わかった。それでどこの高校に掛け合うのがいいかな。」

 「私はやっぱり成邦高校が一番優君に合ってるように思うんです。おおらかな校風で、優君がその気になれば野球部もあるし。なので先ず成邦高校に掛け合ってみてダメなら次は城北高校になるのかな。あそこは清美ちゃんも通ってることもあるし、話はしやすいかもしれない。」

 「そうだな。さあて、ここからは俺の出番てことだな。お兄ちゃん。」

 「はい。おやっさん、よろしくお願いします。」

 そして翌日おやっさんは早速行動を起こした。その夜私が尋ねると、

 「おお、お兄ちゃん、今日成邦高校に電話した。そしたら明日教頭と直接面談できることになった。」

 「やったあ。おやっさん。これで何とかなるかもしれないですね。」

 私は大きく安堵の息を吐いた。

 そして翌日、高校の教頭と面談を済ませたおやっさんから報告があった。

 「それでな。形としては入学辞退者が出て優が補欠から繰り上がって合格という段取りになった。あとは一週間後くらいに学校からその連絡が来るのを待つだけだ。当然だけど優には何も話してないんで、お兄ちゃん、そこだけは十分気を付けてくれ。いやあ、俺も背広着て畏まって行ってきた甲斐があったってもんだ。ははは。」

 そう言うとおやっさんは満面の笑みを浮かべて頭を掻いた。私は黙って右手を差し出した。おやっさんは照れながらも私の手をガッチリと握った。私はカネの話はあえて聞かなかった。いくら家族同然に接してもらっているとはいえ、それは私の関与するところではない。それが嗜みというものだろう。

 そして一週間後、学校から合格を報せる連絡が入った。これで春から優君も高校生だ。本当に良かった。一度は不合格となり落胆していた彼だが、補欠合格の通知を素直に喜んでいた。おやっさんと同じように少し照れながらも、その表情は達成感に溢れていた。そこにおやっさんとおかみさんが二人して現れた。

 「この度は合格おめでとうございます。」

 私は深々と頭を下げた。

 「お兄ちゃん、色々と骨を折ってくれて本当にありがとうな。俺もホッとしたよ。優も喜んでこれからの高校生活を楽しみにしてるみたいだ。荒くれでどうしようもなかったアイツをここまで面倒みてくれて、お兄ちゃんには本当に感謝してるんだ。それでこれからの事なんだけどさ、高校に入ったからといっても、やっぱり手放しってわけにもいかないと思うんだ。それでさ、お兄ちゃんが大学卒業するまであいつのお目付け役をお願いできないもんだろうか。清美も高校卒業できるかギリギリだし、弟の敏坊も少し勉強を見てもらいたいみたいなことを言ってるんで、そっちもお願いできるとありがたいんだけど。」

 おやっさんの申し出は私にとって夢のような話だった。これで大学を卒業するまであと二年間、アルバイト先の心配をしなくて済む。それはこの先の生活の心配をせずに済むということだけではなく、この東京で気の置けない新しい家族ができたということでもあった。私は二つ返事で引き受けると告げ深々と頭を下げた。


        ♪


 優君の高校受験という大仕事が一段落すると季節はもう三月目前。私は進藤君から依頼されていた映画音楽の録音作業に取り掛かった。彼は自らががシネマ研究会で制作している8ミリ映画の音楽にジャズを使いたいと言い出し、それを私に丸投げの形で要請してきた。勿論タダ働きだ。それどころかスタジオ代や機材のレンタル代も私持ち。結構な持ち出しとなるが、それでも私の音楽を使いたいと言ってもらえたことは嬉しく、私は喜んで引き受けた。私はメインテーマとなるバラードを一曲作曲し、それをダンモのコンボで何度か練習してきた。そしていよいよその録音を行う段階に辿り着いたというわけだ。私はダンモ仲間に教えてもらった総武線の平井駅前にある楽器店のスタジオを借り、録音作業に取り掛かった。メンバーはトランペットの山垣君、ベースの外山君、ドラムの神北君、それに私のピアノ。今回は助っ人として同じくC年のギターの須藤智明君にも参加してもらった。

 私はオープンリールのテープレコーダーとミキサー、マイクを借り、仲間にも手伝ってもらいながらセッティングを行った。今回録音する曲目は、オリジナルのバラード、そのメロディを使った4ビートのジャズ、ブルースを一曲、そしてアフロ・キューバンのリズムと4ビートの切り替えが印象的なスタンダード「キャラバン」の四曲だった。それぞれ通しのリハーサルを一回行い、その後録音本番だ。スタジオの利用時間は三時間。このやり方で四曲分を録音すると残り時間はほとんど無かった。演奏内容は必ずしも満足できるものとは言えなかったが、今の実力ではこれで精一杯だった。私はそのテープを進藤君に渡した。彼は大喜びでそれを受け取ったが、最後にこう付け加えた。「これから先編集作業に入るんだけど、その段階でイメージが合わなかったらボツにする。せっかくやってもらったのに申し訳ないがその点だけは了解して欲しい」 それが8ミリであれ商業映画であれ、映画監督というやつは絶対権力者、何とも我儘なものだ。


        ♪


 この時期ダンモは翌年度に向けての世代交代が行われる。幹部メンバーの間で翌年度の幹事長とマネージャーの候補が上げられ本人への打診が行われる。それで了承されれば正式決定だ。こうして翌年度の幹事長にはE年のドラムの熊野幸宏さんが就任した。アルト・サックスの渡瀬剛三さんがレギュラーグループの実質上のリーダーとなる演奏責任者に就き、マネージャーはE年のギターの長峰和彦さんに決まった。そして渡瀬さんを中心にレギュラーメンバーの選定に入る。その人間関係や音楽性の点から渡瀬さんが選んだのは、同じくF年のベースの品川博和さん、欠かせない相棒ともいうべきE年のギターの田島光義さん、E年のピアノの瀬尾彰一郎さん、そして幹事長のドラムの熊野幸宏さんだった。ドラムの熊野さんは二年連続でレギュラーというこれまでの慣例を覆す人選となった。渡瀬さんが目指したのはアルトの巨星フィル・ウッズのセクステットだったようだ。ジャズに限らずポップスの名曲をジャズにアレンジして演奏するというバンドの方向性がこの時点で明確に示されていた。

 新レギュラーメンバーの顔ぶれについてはすぐに私の耳にも入ってきた。渡瀬さんの人柄を思えば、今年の江田島さんが率いた求道者のような雰囲気とは一転、明るくポップなカラーのバンドになるのは間違いなかった。同時にダンモ全体の雰囲気もよりカジュアルなものになっていくことが予感された。ちょうどその頃私は練習室で新レギュラーに内定したピアノの瀬尾さんに声を掛けられた。どうやら私に何か話がある様子だ。二人は騒音を避けるように音楽長屋を離れ体育局の通路に出た。瀬尾さんの話はストレートだった。「レギュラーのピアノ、お前がやるほうがいいんじゃないか」 私は面喰らった。実力的にも練習環境的にも瀬尾さんのほうがはるかに相応しい。瀬尾さんは私に気を遣ってくれたのだろうか。しかし正直私には荷の重い話だった。私は将来ジャズの道に進むつもりはなかった。私の能力ではそれは到底無理だということは自分で良く判っていた。卒業後は実業界に就職し高給取りのサラリーマンになることしか考えていなかった。そのためにはある程度学業で良い成績を残す必要があった。それにアルバイトのこともある。学生時代だけのことと割り切ってもそこまで徹底的にジャズ漬けになることは出来ない相談だった。私はその事情を正直に話した。すると瀬尾さんは「そういうことか。じゃあ俺がやるしかないな」と呟いて去っていった。

 私が練習室に戻るとしばらくして新マネージャーとなった長峰さんが現れ、またしても私の袖を引っ張って外に連れ出した。

 「瀬尾ちゃんからレギュラーにはなれないって聞いたんだけど、それでいいんだね?」

 「はいもちろん。どう考えたって瀬尾さんが一番適任なのは間違いないですから。」

 私がそう答えると

 「そうか。じゃあ俺から頼みがあるんだ。俺の補佐をやってくれないか?」

 「えっ?補佐ですか?」

 「そう。肩書的にはサブ・マネージャーってことかな。お前さんがアルバイトや何やらで時間を取られるってことは瀬尾ちゃんから聞いた。だから出来る範囲でいい。来年のダンモの運営の手伝いをして欲しいんだ。」

 「わかりました。私の出来る範囲でいいんなら喜んでお手伝いさせてもらいます。ただアルバイトの関係もあって、夏休み期間中のビータへの同行とかはできませんけど、それでもいいということなら使ってください。」

 「よっしゃ。これで決まり。お、何とか来年の形がみえてきたな。」

 そう言うと長峰さんは私を溜まり場の喫茶店ロッキーに誘った。三月の暖かい陽光を浴びながら私たちは南門通りをのんびりと下っていった。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み