第20話凄腕

文字数 15,558文字

 品の良い空間だった。エルバの町長を務めるベンソン氏の邸宅の広間。たまに町の紳士淑女を招いて、ダンスパーティーを開いたりする、大きなホテルのダンスホールのような派手さはないが、それなりに金のかかった、上品な内装である。しかし今、中央に置かれた長テーブルの両端に席を取って向かい合う男たちには、浮ついた雰囲気など微塵もない。
 向かい合うのは、クリオ砦とジェリコ砦の両隊長。長テーブルの両端に陣取り、左右に副官を置く。更に双方とも背後には護衛の一団を待機させているが、こちらはいよいよもって物騒な手合だ。ジェリコ砦のベイロード隊長の後ろには完全武装の十数人控えていて、中には軍人とは思えぬ凶悪な面構えの三つ四つあったが、グルザム一味から借りた手練れかもしれない。クリオ砦のライゼン隊長の後ろにも同様の数が詰めていて、スキンヘッドの屈強の槍使いが中心となり、他にもチームからは、ファズとダオ、レオンが加わっていた。
「どうか、暴力沙汰は無しに願います」
 場所を提供したベンソン氏が遠慮がちに言った。
「あなたの屋敷を、血で汚すつもりはない」
 ライゼン隊長が答えた。
「本来ならハリドがやるべきことをだが、ハリドがああなっては、君ぐらいしか仲立ちとなる者はおらぬからな」
 自分が殺しておいて、ベイロードは、まるでハリドが事故にでも遭ったようなもの言いである。
「では、私はこれで」
 退室しようとするベンソン氏を、
「まあ、待て」
 ベイロードが止めた。
「ハリドと共に甘い汁を吸ってきた、君とて部外者ではないのだ。そこにかけて付き合えよ」
 ベイロードの言葉に困惑のベンソン氏は、うかがうようにライゼン隊長を見た。
「まさか、君の命を取りはしないさ。関係者と言えば確かにそうなのだから、付き合ってはどうかね」
 ライゼン隊長からも促されて、渋々席につくベンソン氏を、
「自分の家だ、借りてきた猫みたいな顔をするな」
ベイロードはからかってから、
「断っておくが、俺はおぬしの妻女が誘拐された一件には、一切関わっておらぬぞ」
 と切り出した。
「婦女子を人質に取るような者と思われては、帝国軍人としての名誉に関わるでな。今日この場に来たのは、妻女の身を案じているおぬしのために、仲介の労を買って出たのだ。私のように双方の事情に通じた者が間に入ったほうが、よろず交渉ごとはうまくゆくのだ」
 白々しいベイロードの弁舌に、
「ご配慮いたみいる」
 儀礼的に答えるライゼン隊長の後ろから、
「そいつは骨折りなことだが、どうせなら、まどろっこしい仲介に立つよりも、直接グルザムって奴を引っ張ってきてくれたほうが、よっぽど気が利いてるってもんだぜ」
 ずけずけとしたもの言いはバルドスだった。
「傭兵ごときが、口を差しはさむな」
「正規だろうが雇われだろうが、命を賭けているのは同じだ。言いたいことは言わせてもらうぜ」
「そうかい。だが、だが、あいにく私も、グルザムなる人物の正体を知らぬのだ」
「ツーカーの仲じゃないのかよ」
「秘密主義の人物なのだ。まあ、それもウィズメタル流通の元締という立場なら当然の用心であろう。そちらこそ、顔が見えぬが、人斬りサムライはどうした」
「どうもしてないぜ。そちらがなにか企んでいたとしても、俺の槍一本で粉砕できる。わざわざウチのリーダーが出るまでもないってことさ」
「野良犬が利いた風な口を。まあいい、本題に入る前に見せたいものがある」
 ベイロードが指を鳴らすと、部下が円筒の物体を慎重そうに運んできて、テーブルの上に置いた。
「それは!」
 ライゼン隊長の顔色が変わった。
「お見せしろ」
 ベイロードは薄笑いして命じた。円筒の上蓋が取られると、ベンソン氏が悲鳴をあげた。円筒は首桶といって、討ち取った敵の首を運ぶ際の容器である。
 ライゼン隊長は顔をしかめ、
「それは・・」
 ベンソン氏はわななき、目を瞠る。首は、彼の知っている男であった。
「ペドロさん」
 以前、クリオ砦で催された志摩たちチームの歓迎の宴にも、賓客として招かれた町の有力者の一人で、金融業を営んでいるペドロなる人物だった。
「女房の首かと思ったか」
 ベイロードはいたずらっ子のように笑った。
「安心しろ。おぬしの女房は向こうにとっても大事な人質。交渉もしないうちから殺したりせぬよ」
「こんなもの見せられて、どう安心しろというのだ」
 バルドスの文句にベイロードは顔をしかめた。
「仲間ではなかったのか」
 親しくはなかったが、見知った顔だけに悼むような表情のライゼン隊長に、
「愚か者が、無分別に欲をかいたあげくよ」
 ベイロードはさも当然と言い捨てた。
「この男には、ウィズメタルビジネスの金の管理を任せていた。高額といえるほどの報酬を与えていたのだが、こやつめ、それに飽き足りず、愚かにもビジネスの金に手をつけやがった。六十万ユーロ(この世界では十億円以上の価値)も横領したのだ」
 六十万ユーロと聞いて、ファズが思わず口笛を鳴らす。
「だが、お歴々の金だぜ。そんなものに手を付けてタダで済むわけなかろう。始末せよとの命令で処断した次第だ」
「ご重役連の命か」
「まあ、そんなところだ」
 ベイロードの後ろには、州政府上層の一部勢力がいる。ベイロードは彼らの派遣したウィズメタルビジネスの管理人である。しかし、その管理には問題があり、グルザム一味の悪行を許している。
「片付けろ」
 ベイロードの命令で生首が運び去られ、ほっとした表情のベンソン氏だった。
「ウィズメタルビジネスは、下はベンソン君やハリドを通して、エルバの町の下々に浸みわたり、上は政府上層から、もしかしたら帝都の雲上人まで潤しているやもしれぬ。たかが一砦の隊長の一存で、どうこう出来るものではないのだ」
「ウィズメタルビジネスをどうこうするつもりはない。グルザム一味を排除したいだけだ」
「つまり、替わりの供給元は用意してあると。いかに正義漢ぶったところで、それでは利権をめぐる抗争に過ぎまい」
「俺たちは小さな砦の隊長に過ぎない。目の前の悪を摘み取るぐらいがせいぜいであろう」
「開き直ったな。プギルの末裔だ」
「?」
「女房を返してやる条件だよ。プギル王家の血を引くとかいう少女との交換だ」
「プギル王家の末裔を渡せば、郷士たちの加勢を得られず、こちらに勝ち目はないという読みか」
「さてね。こちらの思惑はともかく、女房を助けたくば、応じるより他にないということだ」
「そちらの条件は分かった。少し検討させてくれ」
「女房を見捨てる選択肢が、貴殿にあるのかね」
「・・・・・」
「私も、こう見えて愛妻家でね、気持ちはわかるのだ。もっとも私の場合は単身赴任というやつだ。妻の安全を考えてというより、都会育ちの女でね、田舎暮らしは無理だそうだ」
「それも、内助の功かもしれぬ」
「そうかね。長くは待てぬぞ」
「ニ三日中に連絡する」
「一日だ。女房を生かして取り戻したかったら、明日の正午にプギル王家の末裔をジェリコ砦に連れてこい。女房と交換してやる」
「ジェリコ砦はこちらにとって危険が大きい。取引の場所はエルバの町だ」
「ならばここだ」
「万が一立ち回りにでもなれば、ベンソン君に気の毒だ。町の広場でよかろう」
「では明日の正午、エルバの町の広場にて、プギルの娘との交換だ。応じなければ、次に首桶で運ばれるのは、おぬしの妻の首になる。そうならぬことを願っている」
 ベイロードは席を立った。
 クリオ砦に戻ったライゼン隊長は、保護下にあるミラ・ルシオーネを執務室に呼んだ。
「ここでの暮らしはどうだね」
 ライゼン隊長は、デスクの前に立つミラ・ルシオーネに話しかけた。ミラはスミレ色のワンピースを着ていて、華奢な体が一層可憐な風情であった。
「皆さんやさしくしてくれて、楽しく過ごさせていただいてます」
「それは良かった。軍隊は男主体の武張った世界だから、君のような少女には居心地が悪いかと思ったのだ」
「全然、そんなことはありません」
「そう、実は君に話しておかなければならないことがある」
 改まった様子のライゼン隊長に、ミラも居ずまいを正す。
「妻がさらわれたことは聞いているかね」
「はい」
「今さっき、相手方と交渉してきた。と言ってもグルザム一味と直接ではなく、代理人として出てきたベイロードが相手だった。奴は、妻を助けたくば、君を引き渡せと言ってきた」
「でしたらすぐにでも、私を差し出して、奥様を助けてあげてください」
「そう言ってくれるのはありがたいが、連中に引き渡したら、君がどうなるかわからない」
「応じなければ、奥様は確実に殺されます」
「そうならぬよう、手は打ってある。とにかく、君には知らせておくべきだと思って話したのだ。他には口外しないでくれ」
「わかりました。それで、奥様との身柄の交換はいつと申されてました」
「あすの正午、エルバの町の広場だ。だが、キミを悪党どもに渡すつもりはない。妻を助け出し、キミも敵に渡さない。そのようにするつもりだ」
「上首尾となるように願っていますが、万が一の時には、私への遠慮は無用にしてください」
 ミラはゆかし気なしぐさで一礼して部屋を出た。
 クリオ砦に来てから、ミラはなるべく下働きの人たちの手伝いをした。お客様気分でいたくなかったのだ。ライゼン夫人は、そんな彼女に親しく声をかけてくれた。飾らない人柄で、ミラも夫人と話すのが好きだった。それだけに、彼女がさらわれたと聞いたときはショックだった。
 外に出ると、気合の入った声や、木剣を打ち合う乾いた音の聞こえてきて、砦の中庭の、練兵場と呼ばれる兵士たちの鍛錬をする広場で、非番の数十人が、教官の指導のもとに、剣や槍の稽古に汗を流していた。隊長夫人が拉致され、実戦が近いというウワサもあり、鍛錬にも力が入っている様子だった。
「ミラさん」
 振り返るとマユラだった。
「あなたはやらないの」
「流派が違うよ。教練の内容も違うから、一緒にやるというわけにはゆかないのさ、それにいまっさっきまで、一人で鍛錬をしてたんだぜ。志摩先生もいないんで切り上げたけど、もうお腹ペコペコさ」
「志摩先生はどうされたの」
「さあ、起きた時には、もうおられなかったから」
「そう・・」
 ミラはしげしげとマユラを見やり、
「あなたもサムライらしくなったわね」
「立派なサムライに見える?」
「立派かはともかく、それが板についた感じ」
 マユラの腰のくたびれたソードベルトのホルスターには、大刀がずっしりと収まっている。こちらもボロい外装で、中身も相当にひどい、マユラの愛刀錆丸である。
「そんなふうに見えるとは嬉しいね。ニ三ヶ月前までは、こんな物持つなんて思ってもみなかったけど、今じゃ手の延長さ」
 話しながら歩いていると、
「おーい」
 呼びかける声がして、見るとカムランがベンチに腰かけて手を振っている。歩いて行くと、
「まあ、かけたまえ」
 と勧められた。
 ミラが魔道師の右に腰かけ、マユラも大刀をベルトから外して左に座った。
「楽しそうに話しておったの」
「僕がですか」
「照れなくいい。キミのような年頃なら、女の子と話すのは、そりゃあ楽しいものさ。もっともこれは少年に限らず、男ってヤツはこんなジジイになってもそうなのだがね。まあ、楽しくやるのもいいが、剣術の修行を怠ってはいけないよ」
「さっきまで一人でみっちり鍛えてました。お昼が近くなったので、いったん休憩にしたのです」
「そうかね」
「マユラ君って、剣術を始めてニ三ヶ月って本当ですか」
「まあ、そんなもんだろう」
「それって凄くないですか、始めてニ三ヶ月って、まだ初心者のはずですよ。それで剣術大会で優勝して、エレナを守って怪物やっつけたりとか、スジ、良すぎでしょ」
「志摩さんも、筋はいいと言っておられたのう」
「先生がですか」
 嬉しそうに表情の緩むマユラ。
「だがキミの目的は、そこいらの使い手レベルではとても成し遂げられぬものであろう」
「そうでした。この程度でいい気になってなんかいられなかった」
「マユラには親の仇となるヴァルムがいるのだが、コイツが、そこいらのマスタークラスでは歯が立たぬ難敵なのだ」
「アイツがどんなに強くったって、オレはいつかその上をいって倒してやるんだ」
「マユラならきっとやれるわよ。でも、両親を殺されるなんて、ひどい目に遭ったわね」
「とても言葉にできない口惜しささ」
 口惜しさを嚙みしめるようにムッと口を結んだマユラだったが、
「「志摩先生おられないけど、どちらに行かれたのです」
 気持ちを切り替えてようと、話題を替えた。
「さて、聞いてないが」
 見当もつかぬという顔のカムラン。
「サブリナさんがいないのはいつものことにしても、ウィルの姿も見てないし」
「みんな、それぞれに用事があるのだろう。ミラくんも、なにか悩み事でもあるようだね」
 魔道師は、ふと、考え事をしているような、少女の表情の機微を見て取った。
「大したことではありません」
 ライゼン隊長との会話を思い出していたミラだった。明日の午後には、ここにいないかもしれないのだ。
「ミラくんは、ヘブライ師から教えを受けた、その魔道の才能を今後どうするつもりかね」
「私なんて、教えを受けた内に入りません」
「僕は見てないけど、凄い魔道だったそうじゃない」
 マユラは、例の剣術大会の会場がハリド率いる一団に襲われたとき、神殿地下の宝物庫に入っていて、ミラの電撃魔道も見ていなかった。
「ヘブライ師の眼鏡にかなうほどの才能を、埋もらせるのももったいない気がするが」
「今後のことなんて、今は考えられません」
「これは、とんだおせっかいであった」
 苦笑するカムランであった。
「やあ、楽しそうになにを話している」
 闊歩して来たのはグレッグがった。
「老人と少年少女の、まあ、たわいない話しだよ」
「そうかい。リーダーやサブリナ、見かけないがどこへ行った」
「さて、聞いていないが」
「俺には話せないか」
「そうではない、知らないのだ」
「そうかね」
 グレッグは信じていない顔だった。
「今までチームのことなんか、ろくすっぽ関心なかったくせに、なんで急に知りたがるんです」
 マユラが訝しげに聞いた。
「俺は生まれ変わったのだ」
 グレッグは、ムスッとした顔をマユラに向けた。
「かってソードマスターだったこの腕で、チームに貢献したいのだ」
「だったらその腕前、いっぺん見せてください」
「いいだろう。機会がきたら拝ませてやる」
「今からどうです」
「今はダメだ」
「なぜです」
「俺は、この蘇ったソードマスターとしての腕を、まずは志摩殿に披露して、サムライマスターの彼より認めてもらいたいのだ」
 グレッグの言葉に、マユラはカムランと顔を見合わせた。
「そんな機会、今までにいくらもあったじゃないですか」
「その時には、まだ準備が出来ていなかったのだ」
「・・・・・」
 どうにも逃げ口上にしか聞こえない。
「そんなことよりマユラ、おまえが両親が亡くなってから一度も神殿を訪れていないと聞いて、司祭殿が気にかけておられたぞ。どんな親不孝者でも、親が死んだら神殿に詣でて祈りを捧げるものだ」
「はあ・・」
 それは以前にも、ケルト神殿の修道士から言われて、マユラも両親の冥福を祈りたい気持ちはあったが、なぜか気が進まなかった。
「ミラさんだったね、あなたもこのあいだの戦いで犠牲になった人々のために、エウレカ神に祈りを捧げてはどうだ。今からマユラと一緒にケルト神殿に行くのなら、私が案内しよう」
「そうしたいのはやまやまですが、私は今は、勝手に砦を出ることは出来ません」
「そうか」
 グレッグは舌打ちしたげな顔をみせた。
「おまえさん、最近よく神殿に行ってるそうだが、やけに信心深くなったものだな」
「当然だろ。俺は司祭殿のおかげで、人生を取り戻したのだからな」
 グレッグは昂然として、カムランに言い返した。
「オレも、今日はやめときます」
「そうか。だったら今度、エレナって彼女、あの子を誘って行けよ。司祭殿もきっと喜ばれる」
 言い終えるとグレッグは、用は済んだとばかりに歩き出した。
 なんでエレナと行ったら司祭様が喜ばれるのかと、首をかしげるマユラ。だがカムランは、もっと不審の念のこもる目で、グレッグの後ろ姿を見送るのであった。

「まったく、野郎の顔ときたらなかったぜ。俺の剣に腹を貫かれて、口をパクパクさせながら、息絶えやがった」
 丸テーブルに肘をつき、ジョッキ片手の髭面が、だみ声でわめく。
「あの村じゃ俺も暴れたぜ。何人撫で斬りにしたことか」
 隣でピーナッツの殻を剝いてポリポリ食べていた男が、さも楽しそうに思い返す。
「あそこじゃ、ガキのはらわたをいただいたぜ」
 ゴブリンが、コイツはピーナッツを一掴み、殻も剝かずに口に入れてバリバリ食べた。
「まったく、ひでぇことをしたもんだぜ」
  髭面が、言葉とは裏腹の含み笑い。そしてテーブルを囲む悪党どもの、どっと哄笑をあげるのであった。
 薄暗くて殺風景な石造りの部屋は、交わされる会話もおぞましく、まさに悪鬼の巣窟である。ここは北ナタール郡の辺境森林地帯にあるグルザム一味のアジト。ナタール王国の建国以前、ナタール州にはいくつもの豪族が勢力を競い、各地に砦を築いていた。プギル王家によるナタール王国の建国とともにそれらの多くは打ち捨てられた。ここもそうした廃墟の一つで、何百年森の中に埋もれていたのを、グルザム一味がアジトとして利用していたのである。
「昔話でなごんでる場合か」
 大声をあげたのはリザードマンだった。ライゼン夫人をさらった牧場で、バルドスとやり合った、あのトゲルだった。
「いまひでぇことされて、ぐうの音も出ないのはどっちだい」
「そう言われちゃあ型なしだが、しかしそれも、ジカルの兄貴が、サムライに尻尾を巻いたのが始まりだしな」
 ジョッキを傾け、ビールを飲んで言い返す髭面に、トゲルは真顔で、
「後ろ、兄貴が・・」
 血相を変えて振り返り、ジカルの姿のないのにほっとする髭面に、ケッと、トゲルは吐き捨てる。
「まあまあ、仲間内で角突き合わせても仕方ないぜ」
 ピーナッツを食べている男がなだめた。
「ヴァルムにヴァルカン、生まれた世界は違っても、いまは同じ釜の飯を食ってるわけだしな」
 ゴブリンが、見かけによらず、もののわかったようなセリフをぬかす。
「俺も、ジカルの姿を軽んじようなんて料簡はこれっぽっちもないのさ。ただ、このやられっぱなしの状況じゃ、つい愚痴も出ようってもんさ」
 余程ジカルが怖いのか、弁解する髭面。
「それも、もう少しの辛抱だ。いずれ逆らう奴らは根絶やしよ」
「その時が楽しみだ。ライゼンの野郎は、女房ともども首を晒してやるぜ」
「ライゼンもだが、ベイロードの野郎にもムカつくぜ。ウチからのウィズメタルで大儲けしておきながら、加勢には二の足を踏みやがる」
「あの野郎もいずれ思い知るさ。俺たちとつき合うってことが、どういう事かをよ。それより、ライゼンの女房はどうしている」
「若い女なら酌でもさせるが、あんな年増じゃ酒もまずくなるし、連れてきてから牢屋に入れっぱなしよ」
「生きているだろうな」
「たまにパンと水やってるから、死んじゃいないと思うぜ」
「見てこい。舌でも嚙まれていたら大目玉だぞ」
「わかったよ」
 ピーナッツを食べていた男は立ち上がると、壁の釘に引っ掛けてあった鍵束を取って出ていった。
 廊下に出た男は、歩きかけて、ふと振り返った。なにかの気配を感じたのだが、なにもいなかった。
「昼酒が過ぎたか」
 つぶやくとまた歩き出したが、その頭上、銀色の羽を伏せて、さながら蛾の如く天井にへばりつくフェアリーには、気付かなかったのである。
 グルザム一味のアジトとなっている、森林地帯の中に忘れ去られた大昔の砦。樹海とも呼べるような深い森に囲まれていたが、その木立の陰より、悪党どもの根城を見張る者がいた。
「帰ってきました」
 ひそめた声も嬉しそうな若い剣士。ファルコだった。
 銀色の羽を羽ばたかせたフェアリーが、燕のように空を滑って仲間たちの元に戻った。
「いたよ。奥様は地下の牢屋に閉じ込められている」
 ウィルの報告に、
「それなら、さっさと助け出しましょう」
 事もなげに言ってのけるのは、黒のアンダーウェアに黒革のベストを重ね、黒革のパンツの黒装束に褐色瘦身を包んだ、そのたたずまいも黒い牝豹ごとき、双剣特級の女ニンジャ、ツインソードのサブリナであった。
「よし、やろう」
 短く断を下したのは、革ジャンにジーンズの偉丈夫。腰に大小を打ち差した堂々の威風、サムライマスターの志摩ハワードである。
 背中にコブのある醜悪の男に変装したサブリナが、悪党どもの集まる酒場に潜入して、グルザム一味にコネのあるらしいチンピラのグループに仲間として加わった。ウィズメタルで儲けるつもりだったそいつらは、アジトの手前で殺されたが、おかげでグルザム一味のアジトを突き止める.ことが出来た。
「連中、重宝しているみたいだけど、大昔の砦だから防備にあちこち穴がある。死の煮込むのは難しくない「
 サブリナの見立てに、
「アジトだけに、中には結構な数いるよ」
 とウィル。
「存分に働いて、経験値を稼ぐさ」
 志摩は大らかに言って、ファルコの緊張をほぐすように、肩を叩いた。
「行くよ」
 エアを蹴って飛び出すサブリナに、ウィルが先を争うように羽ばたき、ストリームを噴かせる志摩に、エアで走るファルコが続く。迅速な動きで見張りの目をかいくぐり、石造りの古い砦に取り付いたのであった。
「おい、ライゼンの女房、副頭目のところに連れて行け」
 乱暴にドアを開けて入るなり、横柄に命令する男に、テーブルで飲んでいた男たちがムカついて見返す。
「地下牢の受け持ちはてめぇらだろうが」
「さっき、様子を見て来たぜ」
「明日の取引に備えて、よそに移すんだとよ」
「取引ってなんだい」
「知らねぇよ。お頭とベイロードが相談して決めたんだろ。じゃあ、言っといたからな」
 言い捨てて背を向けた男だったが、離れて飲んでいたトゲルには会釈して、ドアも閉めずに出ていった。
「ケッ、虫の好かない野郎だぜ」
「副頭目に気に入られているからって、勘違いしてやがるのさ」
「しゃあねえ」
 男は立ち上がると、再び鍵束を取った。廊下を歩き地下牢への階段を降りる。地下牢は真っ直ぐな通路の両側に鉄格子の続き、レンガの壁で仕切った牢屋はどれも空で、一番奥の右側の牢屋にのみ、一人の囚われ人の入っていた。
「バアさん、出な」
 鍵を差し込んで鉄格子のドアを開ける。
「八つ裂きにでもするつもりかい」
 ライゼン夫人は寝台の端に腰かけていた。
「ババアの八つ裂きもおもしろいが、あいにくよそに移すだけだ」
「どこへだい」
「知るかよ。四の五のぬかすと痛い目みるぞ」
 粗暴な男、相手をしてもつまらぬと夫人は立ち上がった。
 鉄格子を出て通路を歩いていると、
「バアさんよ」
 男から話しかけてきた。
「まだバアさんなんて、言われる歳じゃないわよ」
「娘でもあるまい。だったらバアさんだ。いいか、この通路の両側の鉄格子、今はガランとしているが、しばらく前は盛況だったんだぜ。あちこちからかっさらってきた奴らをぶちこんでよ、興のむくまま切り刻んで、それこそ地獄の狂宴よ。泣き叫ぶ奴らをいたぶり殺すのは、やみつきになる面白さだ。てめぇんとこの亭主のおかげで、ここしばらく、そんな楽しみともご無沙汰だがな」
 悪行を誇るかの男に、
「得意になっているがいいわ、いずれ報いの時は来るのよ」
「そんなもの来るものか。俺は捕食者だ。ヴァルムヘルの神々の使徒であり、エウレカの豚どもを屠殺するのが使命なのだ」
「さて、どうかしらね。天罰は掛取りと同じ夜討ち朝駆け。そっちは踏み倒したつもりでも、思いもかけない時にやって来てツケを払わされるものよ」
「ツケを払うのはてめぇらだ。そのうち亭主と並んで、生首晒すことになるぜ」
 息巻いた男が向き直ったとき、疾風となって眼前に飛び込む褐色瘦身。同時に冷たい物に胸を貫かれて、全身を痙攣させる。サブリナの鎧通しが男の胸板を貫き、血濡れの切っ先が背中を割って突き出る。
「おっ、オレの、いのち・・」
 血の泡を吹く男に、
「終わったよ」
 サブリナは告げて、鎧通しを引き抜いた。男は倒れ、既に屍と化していた。
「あなたは、確か志麻さんところの・・」
「サブリナよ」
「奥様、おけがはありませんか」
 銀色の羽のキラキラ羽ばたくフェアリーの目の前に舞って、
「あら、フェアリーさん、見ての通りピンピンしてるわ」
「お元気そうで安心しました」
「助けに来てくれたのね」
「帰りましょう」
 サブリナが瞬殺した男の他に、地下牢では敵に遭うことなく、一階への階段を上がった。
「これから先はすんなりとはいかないから、なにかあったらウィルに従って」
 黒い牝豹は既に眼光を研いでいる。
 ウィルが先行して飛んで、廊下の角を曲がったところで引き返して来た。
「三人来る」
 小さいフェアリーに相手は気づいていない。歩きながらブレイヴ体となったサブリナは、獲物を仕留めるタイミングを図り、無頼どもの廊下の角より現れた瞬間、エアを蹴った。駿足で襲い掛かる黒い牝豹、左右の手には鞘を離れた双剣のあって、たちまちに鮮血撒布。剣を抜く間さえ与えずに三人の男たちを血の海に沈めた。
 古い砦だが内部は意外に広く、夫人が囚われていた地下牢は一番奥まった区域にあった。侵入するときはフェアリーのウィルと、潜入術に優れたサブリナだったから見つからずに済んだのだが、夫人と一緒だとそうはゆかない。進めば更なる敵と出くわすも想定済。向こうから来る五六人に、エアを蹴ったサブリナの挑む。数十メートルを駆けた牝豹は、たちまちに二人を切り倒したが、グルザム一味も場慣れした連中であり、即座にブレイヴ体となって後方に跳び、一気に斬り捲くられるのを防ぐ。
「奥さん、こっちだ」
 廊下を折れようするウィルに、
「彼女、一人で大丈夫かしら」
 ライゼン夫人がサブリナを、心配そうに見やる。
「僕らが行って助けになるの」
 ウィルは冷たく返す。
「大丈夫であろうとなかろうと、アイツはやるべきことをやる。僕らもだよ」
 自分を助けるために命を賭けてくれているのだ。ならば、なんとしても逃げ切らねば申し訳ない。夫人はもう振り返らず、ウィルに導かれるままに走るのだった
「ここはこの世の八つ裂き地獄。飛び込んで来るとは愚かなアマだ」
 仲間の駆けつけてきてヴァルカンどもは数を増す。邪紋の表れる顔の口角つりあげ、残忍さをひけらかす笑いに、
「そうなの。でも、アンタたちにお似合いなのはあの世の地獄でしょ。ワタシが送ってあげるわよ」
 歯牙にもかけぬと気安げに返すサブリナ。 
「ほざくな」
 一斉に襲い掛かって、押し寄せる刃の波に、真っ向挑んでエアで跳ぶサブリナ。さみだれと浴びせ来る剣を双剣が弾き、ニンジャの体術炸裂、黒い牝豹は床を蹴り壁に跳び、天井をかすめ、双剣の雷光と走って血しぶきを散らす。
 まさに牝豹さながらの、獰猛なまでのサブリナの戦いぶりに、数を頼んだヴァルカンども。も及び腰となる。
「どけいっ」
 ヴァルカンどもを押しのけて出てきたのは、リザードマンのトゲルだった。
「ジカルの兄貴から聞いてるぞ。きさまがサムライとこの黒猫か。なるほど、脳ミソ食ったら美味そうだ」
「ジカルじゃないの、残念」
「身の程知らずも大概にしやがれ。黒猫一匹始末するぐらい、このトゲル様でも片手間よ」
「身の程知らずはてめぇだろ。半ちくトカゲが逆立ちしたって、どうにかできるサブリナさんじゃないんだよ」
「しゃらくせぇ」
 吠えざま、青龍刀を振りかざしてトゲルが跳び、笑みを刷いたサブリナの、エアを蹴って風と化す。
 キラキラと光を撒くように、銀色の羽を羽ばたいて飛ぶフェアリーに導かれて、ライゼン夫人は走った。ブレイヴの能力などは備えていない夫人だが、その年代の女性にしてはすこぶる健脚だった。途中、何度か物陰に隠れて、グルザム一味の者どもをやり過ごして建物の外に出た。地下牢に閉じ込められていた夫人には、数日ぶりの太陽で、まぶしさに目を細めるも嬉しそうだった。
「こっちだよ」
 ウィルに案内されて走り出す、その前を、
「おうおう、ライゼンのかみさんよ、どこへ行くつもりだい」
 悪辣そうな顔の、三人ばかりにたちふさがれて、息を吞む夫人だったが、
「言うまでもなく、ご亭主の元へ帰られるのだ」
 毅然とした声の響き、風に乗った偉丈夫の来たって、悪党どもに対峙する。
「き、きさまは!」
「邪魔だてするとどうなるか、これも言うまでもないことだが」
 足下にストリームを滞流させた凪の状態で、ニ三十センチの宙を踏みしめて微動だにない志摩ハワードの鷹の如き眼光が、悪党どもを射すくめる。
「死にやがれ」
 邪紋を表したヴァルカンどもの、一斉に斬りかかる。
 志摩は足下の龍を解き放つがごとくストリームを噴かせて、精悍なる体躯の霞と流れ、瞬時に上がる血煙三つ。三人のヴァルカンは断末のうめきを漏らして倒れ、既に血濡れのミスリル一文字は、いつ抜いたとも見えなかった。
「志摩さん、来てくれたのですね」
 頼もしそうに見つめる夫人に、
「遅くなりました」
 志摩は答え、風鳴り鋭く飛来する矢を、無造作なまでの太刀の一振りにて払った。
「行きましょう」
 砦の建物からは敵の繰り出して、ヴァルカンどもに混じり、ゴブリンの姿も見える。ウィルが夫人を案内して、志摩は群がる敵に当たる。
 ストリームを噴かせて疾駆する偉丈夫は、さながら地平を翔ぶ鷹。兇賊の群れに秋水携えた猛禽の当たっては血しぶき散って、一人二人と斬り伏せる。だが、相手は多勢、一人で当たればたちまち囲まれて苦しくなるのだが、志摩は強烈迅速な太刀行きにて寄るを払い、当たるを弾く。足元に一陣の風を流して駿足自在の鷹は、敵中を裂くがごとくに横断する。
「一人だ、包め」
「押し潰せ」
 怒号の飛び交い、数多の乱刃のうちに鷹をを討ち果たそうとする、グルザム一味の者どもだった。
 多勢の敵中を行くのは、複数による同時の斬撃を波状に浴び続けることになり、ワンランクやツーランク程度の技量の差ではキツイ。しかし、ストリームの機動力に翔ぶ志摩は、群がる敵にも窮まらず、寄せる乱刃打ち払い、電光と化すミスリル一文字は当たれば致命必至であり、一個の駿影、よく多勢を凌駕するのであった。
 志摩の奮戦を見る余裕もなく、ライゼン夫人は懸命に走った。ウィルは、門に向かわず別な方角に案内する。古い砦なので石造りの塀にも破れがあり、侵入するときもそこを利用したのだ。グルザム一味は塀の修繕などはしない。凶名馳せる一団のアジトに忍び込む命知らずも、まずいるまいという油断もあるが、こういう暴力的で規律も緩い集団には、日常こまめに働くという意識は希薄なのだ。
「待ちやがれ」
 三人ほどが追ってきたが、そこにロングソードの青年剣士が立ちはだかる。ファルコであった。脱出路の守りを任されていたのだ。
「命が惜しければ失せろ」
「青二才が、何ほどのものか」
 斬りかかってくるヴァルカンどもを、ロングソードが迎え撃って、たちまちの剣戟。しかしファルコは志摩が見込んでこの場を任せただけはあり、ロングソードの技の冴えに、剣を握った腕が飛び、返し太刀にて今また一人を切り捨てる。残った一人は逃げて行き、グルザム一味全体は、志摩にかき回されて混乱の様子で、すぐに新手の来そうにない。
「行きましょう」
 ファルコが後衛につき、ライゼン夫人はウィルとともに、この忌まわしい悪党どもの棲みかをようやくにして脱したのであった。

「くたばれ」
 リザードマンのトゲルが、青龍刀を叩きつけてくる。ひょろりとした体型のリザードマンだが、ヴァルムだけに体力はヒグマに匹敵する。その渾身の打ち込みは強烈で、並の剣士なら剣で受けても押し込まれる。それをサブリナは片手のショートソードでピタリと止める。ブレイヴは機動力を与えるだけでなく、人間域を超えるヴァルムの体力に対抗するためのパワーフィールドともなる。サイマッスルと呼ばれるが、それは能力者に怪力を与えるのではなく、対衝撃力を付与するのだ。受けに巧みな使い手は、四五メートルの高さから百キロの鉄球を落下させたに等しい威力の打撃も、事もなげに受け止めるのだ。
「トカゲ野郎の打ち込みってこの程度。じゃあ今度はこちらからね、ツインソードをしのげるかしら」
 サブリナの姿が霞む。駿足の飛び込みに、トゲルは跳ねざま青龍刀を一旋、1secにも満たぬ転瞬の攻防。ズバッ、トゲルの胴を裂いたが、ひるまず青龍刀を打ち込んでくる。ここらへんが対ヴァルム戦闘の厄介なところで、人間なら戦闘不能の重傷でも戦闘能力を失わない。サブリナは躱してさらに斬り込み、トゲルも応じて切り返す。褐色瘦身の牝豹は床を蹴り壁に跳ね、天井ををかすめ、アジトの廊下を縦横に、ニンジャの体術を駆使しての果敢の攻撃。トゲルはこれも腕力だけではない、なかなかの技量のトラキア流撃剣術を見せるが、詰め寄る双剣の手数の多さに、たまらず近くの部屋に飛び込む。騒ぎをよそに酒を食らっていたヴァルカンどもが驚き逃げるのを巻き込みつつ双剣と青龍刀の乱撃の光芒。
「うぎゃ」
 血に染まって倒れたヴァルカンはサブリナに斬られたのではない。あたり構わず振り回す、トゲルの青龍刀を食らったのだ。
「手数は多いが、一撃必殺の威力に欠ける。人間相手ならともかく、我らヴァルムには通用しない」
 斬り合いのいったん途切れて、向かい合う牝豹とトカゲ。押されながらも強気を吐くトゲル。だがそれも、まんざら張ったりではない。サブリナに斬られた胴の傷からの出血は、既に止まっているのだ。人間ならこうはゆかない。
「そうかしら」
 黒い牝豹は、危険な匂いの笑みを刷く。
 サブリナの双剣。右手にあるのは斬撃主体のショートマグナム。志摩のミスリル一文字を二十センチ短くしたような片刃剣で反りは無い。幅は広く厚味もあり、短くなって減った斬撃力をスケールでカバーする。左手には鎧通しと呼ばれる両刃剣。こちらも肉厚だがやや細身で、先端は笹の葉のような形をして鋭い。鎧通しの名の通り貫通力に優れた剣である。その中央には文字が綴られていた。表面に書いたものでもなく、彫刻でもない。金属のツヤツヤした表面の下から浮かび上がる不思議な文字は、呪文象嵌と呼ばれる特殊な技法によるものである。赤く細い線で綴られているのは、魔道師でもなければ解読できないルーン文字による文章、しかしこれは、単なる装飾ではないのだ。
 サブリナが跳んだ。しなやかに躍動する褐色瘦身は、さながら獲物を仕留めにかかる牝豹。トゲルは青龍刀を薙ぎかかって、手負いの大トカゲが渾身の逆襲を見せる。転瞬の動きは目にも止まらず、光と化した双剣と青龍刀の嚙み合っては火花を散らし、ついにサブリナの鎧通しがトゲルの腹を深々と刺す。しかし腹部への刺創は、リザードマンではまだ致命傷に届かない。が、鎧通しを刺した瞬間サブリナが短く何かを唱えて、バァン!、トゲルの腹が破裂した。腹部が大きく吹っ飛び、さしものヴァルムもよろめいた。
「こ、これは」
「バーストの呪文剣だよ」
 鎧通しに呪文象嵌されたルーン文字は術形成のメカニズム術式であり、これにブレイヴを流して、術発動の引き金となるマントラを唱える事で、魔道師でないサブリナでも、バーストの術を発動させることができる。バーストは火焔魔道のフレア系や電撃魔道のスパーク系に比べると、使い勝手も悪く威力も劣るが、相手の体内で発動させれば効果絶大である。ブレイヴの消費も大きく、何度も使えるものではないが、サブリナの奥の手である。
「くっ、クソアマめが、脳ミソ食らって、空になった頭に犬のクソ詰めて・・ぐえっ」
瀕死となりながらも悪態を吐くトゲルだったが、むせたように血を吐いた。
「アンタぐらいマグナム一本でさばきたかったけど、時間が押しているのよね。じゃあ」
 黒い牝豹はエアを蹴り、トゲルがの頭上を越えざま、ショートマグナムを一閃させて去る。。あとに立ち尽くしていたトゲルは、頭部を鮮やかに断ち割られていて、さしものリザードマンも絶命するしかなかった。
青空の下、一面の敵中を翔ける一個の飛影。殺到する刃にもストリームは窮まらず、愛刀ミスリル一文字によって、血路を開いてゆくのであった。突如、上空で破裂音がした。装填した花火筒をファルコに持たせていて、ライゼン夫人を馬に乗せたら打ち上げるように言ってあったのだ。退きどきとみた志摩は、ストリームを全開に敵中を横断、鮮やかにも脱し去ったのであった。
 馬を置いてきた場所に戻ると、ファルコとライゼン夫人が馬上にあって、周囲をウィルが飛んでいた。ストリームで翔けてきた志摩は、ジャンプして馬に飛び乗った。
「サブリナは」
 聞いた直後、
「お待たせ」
 黒い牝豹の夫人の跨る鞍の後ろに飛び乗った。
「ミッション完了だね」
 ウィルが志摩の肩に腰かける。
「帰るぞ」
 悪党どもの巣窟から、見事に人質を奪還して、帰路に馬を走らせる。それにしても凄まじきは、鷹と牝豹の手際であった。

人質を奪われ、仲間を多数討ち取られて暗澹たるグルザム一味のアジトに、一つの異形が帰ってきた、長身の堂々たる体躯は人間かとも思えたが、面長の顔にはトカゲ面のなごりがある。リザードマンからランクアップした上位種、ラプターのジカルであった。
「ジカルの兄貴」
 大勢のヴァルカンどもに二三のゴブリンもまじえて、グルザム一味の悪党どもが集まった。
「どこに行ってたんでさ。まあ、なんにしても帰るのが一足遅かった。例のサムライに、人質に取っていたライゼンとこのババアを奪われ、おまけにトゲルの兄貴までやられてしまい、もうさんざんですぜ」
「そうかい」
 惨状を伝える言葉にも関心なさそうに、ジカルは手に持っていた剣を体の前に立てた。異風の剣だった。長さもあるが、幅は標準の倍以上ありそうな、マグナムソードよりもまだ大型、クレイモアと呼ばれる部類かもしれない。年代物の外装で、色褪せやくすみの目立つ青鞘には鳥の羽のレリーフが施されていて、柄も翼をモチーフにしたようなデザインだ。
「ずいぶんといかつい剣ですね。それに大した年代物だ、どこで手に入れられたので」
 仔細に見るヴァルカンに、
「ある筋より調達したのだ」
 ジカルは答えた。
「サムライを仕留める手立てをな」
 満を持したような、笑みであった。









 
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