第12話秘刀2

文字数 7,024文字

「外道の性悪女に、名乗ってやる名もないが」
「あら、ごあいさつね」
「絶世の美女のようなウワサだったが、そこまでではないな。帝都の皇宮ではざらに見かけるレベルだ」
 旅の男は斑鳩を前にして、なんの感興も湧かない顔であった。
「なにそれ、もしかして私をあおっているの。怒らせて平常心を失わせようとする、心理的作戦」
 斑鳩は嬉々として、気分を害した様子もない。
「決闘に臨んで、策を弄したことなどない。思ったままを口にしたまでだ。おぬしに遠慮するいわれもないしな」
「だったらこっちも、遠慮なく言わせてもらうけど、人を鬼の外道のと言ってくれるけど、アンタもけっこうな業を背負っているじゃないの。諸々の怨念が目に見えそうよ」
「いかにも、我もおぬしと変わらぬ鬼畜の身となりはてた。おぬしを討つのは、せめてもの罪滅ぼしよ」
「辛気臭いこと言ってないで、楽しみましょうよ。技の限りを尽くしてさ」
 斑鳩の誘いに、旅の男の顔にも鬼気めいた形相のさざ波だち、
「痺れるような、カラミといこう」
 突如として、両者の腰間より白光のほとばしって、抜き合わせた剣の嚙み合う響きは静寂を貫き、家々の窓を震わせるほどであった。
 男は瞬時にブレイヴ体となり、斑鳩は上位種ヴァルムの身体能力を発揮して、ともに剣は光と化して、光芒乱舞の剣撃を浴びせあう。打ち、受け、払うの応酬が一秒間に十数度か。両者機動力は抑えて、撃尺の間合い(互いの剣が届く距離)に詰め寄ったまま、激しい刃の応酬に踏みとどまる。流れる光線の一筋受け損なえば、たちまちに五体の裂けるギリギリの緊張。既に死線は張られて、こうなったらうかつには退けない。わずかでも怯めば死である。やがて剣気は沸騰し、破裂するような潮合いを得て、はじけるもののごとく両者は離れる。
「予想以上にやるわね。じゃあ、こっちの眼も使わなきゃ」
 斑鳩の額に第三の眼が開いた。
「やはりな、グンジーか」
 鬼人系ヴァルムは、ゴブリンをベースとして、オーガにクラスチェンジする。鬼と呼ぶにふさわしい実力を備えているのはオーガからである。そして、オーガからもう一段クラスチェンジしたのが、グンジーである。グンジーになると第三の眼が開眼し、この眼については、霊的なまでの状況感応力を与えて、武道センスをワンランクアップさせるとか、魔道を覚醒させるとか言われていたが、グンジーの出現はまれで、よくわかっていなかった。だが、いま実物を前にして、武道センスをワンランクアップさせるというのは、どうやら本当のようだと男は思った。魔道を使うかはわからないが、斑鳩は、魔道を使うタイプではないというのが、男の感触だった。
「これで戦闘力二割り増し、心が折れた?」
「それぐらいでは、まだもの足りぬ。剣術は天翔一刀流と見た。ヴァルカンに堕ちた葛葉キル斎あたりに手ほどきを受けたか」
「キル斎。あの人斬りモノマニアが私の師匠ですって、フフフフフッ」
「違うのか」
「自分で確かめたら。キル斎は名人の下の達人クラスにも及ばない、ただの上手。果たして私の技量が、そこいらへんに収まるものか」
「おもしろい」
「そう言うあなたは何者かしらね。司馬新陰流のそれだけの使い手で、しかも、私も顔負けの半端ない怨念背負ってらっしゃる。もしかして、ブロッケンあたりで名を上げたお方かしら」
「穿鑿好きの女というのも、興ざめというものだ」
 旅の男は不快げにつぶやき、人のよさそうに見えたその顔に、毒々しい陰影を刷いた。
「あら、こちらはいよいよ興が乗ってきそうなのに」
「この俺にそんな減らず口を叩くなら、あと一つ二つ、眼玉を用意しておくことだ」
 男が飛んだ。ストリームを全開のロケットスタート。斑鳩も駿足を蹴り、言葉を交わして0,5秒後には刃が嚙み合っていた。男の司馬新陰流、斑鳩の天翔一刀流、それぞれの流派の精髄を秘めたる紫電の剣光の絡み合う
「ストリームタイプは何人も見てきたが、あんなふうに翔けるやつは初めて見た」
 メシ屋の窓から、旅の男にからもうとしていた男たちが、表通りで演じられる二人の戦いを眺めていた。
「それに斑鳩の剣圧に屈しない刀勢、まったく、あんなのにケンカを売ろうとしていたとは、くわばらくわばらだぜ」
「だが、斑鳩だって、百人を屠るだけはある。あの強烈な薙ぎ払いにゃ、並みの使い手は藁束だよな」
「で、どっちが勝ちそうだね、いや、もちろん、旅のお方に勝って欲しいが」
 メシ屋の主人が聞いた。
「俺たちもあの御仁に勝ってもらいたいが、正直あのレベルの勝負の綾となると、我らごときではまったく読めぬよ」
「しかし、あの男何者だ。あれだけの腕なら、世間に名が知られていそうなものだが」
「実は金貨とともに、こんなものを預かったのだがね。死んだらここに知らせて欲しいそうだ」     主人の持っていた二つ折りの便箋を受け取り、開いて読んだ男は、
「そういうことか」
 腑に落ちた顔で便箋を返した。
「なんだ、なにが書かれていたのだ。あの男が何者か、分かったのか」
 仲間に聞かれて、
「彼は無名の、世に隠れた名人だ」
 男は答えて、ふたたび窓から戦いに見入り、
——有るよりはないほうがマシな名声も、あるのだからな——
 ひとりごちたのだった。
 プラチナシルクの長い髪をなびかせ、赤いキモノは炎をまとったかのごとく、細腰のキュッと締まってくびれも深い抜群のプロポーション。キモノの裾の割れてなまめかしくも長い生足は、一本歯の高ゲタを器用に履きこなす。赤いキモノの美女の舞は、観賞千金のあでやかさなれど、その振りまくは一撃斬鉄の痛烈の剣。巻き込まれればただでは済まぬ斬剣の舞踏である。
 相手を務めるのは身なりみすぼらしき中年の男。素性も知れぬ流れ者だが、迅速機敏にストリームで翔けて、烈剣戦わせる様はまさに燕人。一見おとなしそうだった顔が、斑鳩の言う、半端ない怨念を背負った、これがその業であろうか、表情に尋常ならざる陰影を刷き、形相の狂気地味たものとなる。
 赤いキモノを翻して、風に舞う炎のごとき斑鳩と、ストリームで翔ける旅の男、人間の域を超えた機動力を駆使して渡り合う剣舞は、目まぐるしくも鮮やかに、家の窓や物影から、遠巻きに見守る人々を魅了した。
 ひとしきり剣を戦わせ、いったん離れる。
「私の鳳凰剣を背面で払うとは、味なマネするじゃない」
「皇帝陛下の近衛のソードマスターでも、防ぎ切れなかった俺の浮舟の太刀、しのぎ切るとは褒めてやるぜ」
「奥の手を出して後がない」
「高難度の技だが、奥義でもなんでもない」
「そう、私もまだまだ余裕」
「なに、じきにそのすまし顔も、苦しくなるさ」
「その前に、アンタの首が、体とバイバイしてるわよ」
 鬼女とさながら孤狼のごとき男の、ふたたび秋水かざして渡り合う。一瞬に三人を断った斑鳩の太刀も、この相手には弾かれる。逆に男の返し太刀が、斑鳩の赤いキモノの裾を裂いた。
 宿場町の表通りを舞台に、駿足に跳ぶ鬼女と、疾風を駆る孤狼の剣舞は、家の窓や物影か見物する人々の手に汗握らせたが、しかし凡人の目には閃光のやり取りの三割も見てとれぬ。地を翔け宙に舞う高速破天荒の剣舞は、延々と続くかに見えて、高まる剣気は決着の極へと絞られてゆく。
 その刹那、斑鳩の放ったのは天翔一刀流奥義、燿剣変威斬。燿剣は天翔一刀流最速の太刀。変威斬は千変猛威の斬撃。百分の一秒にも満たぬ須臾に機を制して、敵を両断する、天翔一刀流最強の瞬殺剣である。同瞬、旅の男も秘技を放つ。司馬新陰流奥義、虎牙一擲。鉄壁撃破の破剣である。光芒炸裂。二人の剣がどのように打ち合い、受け、薙いだか、百分の一秒の須臾の間働きの一片なりとも、凡人の目には映らぬ。ただ、太刀を握った鬼女の片手が宙に飛び、斑鳩の姿が霞のごとく搔き消えたのを見て、町の人々が飛び出して来た。
「やったー、斑鳩をやっつけたぞ」
「鬼女は成敗されたのだ」
 表通りに繰り出して歓声をあげる人々。その歓喜の輪に包まれた旅の男には、しかし、勝利の喜びも興奮もない。しばし放心の態であったが、ブレイヴを消し、刀を鞘に納める。
「町を救った英雄だ」
「王様の精鋭でも歯が立たなかった斑鳩を、見事討ち取るとは、大陸屈指の剣豪だぜ」
 人々の称賛にも無表情で、それも謙遜しているのでもなく、まるで無関心の様子だった。
「これほどの大名人とは知らず、数々のご無礼、お許しください」
 メシ屋の主人が頭を下げた。
「是非とも、斑鳩を討ち取った英雄殿の御尊名、お聞かせください」
「いや、討ち損じた」
 男は、地面に残された、刀を握ったままの斑鳩の目を止めた。
「だが、安心しろ、もう、おぬしらの前に現れることはあるまい」
 男は微笑んで人々の不安を払拭すると、不意に膝から崩れるように倒れた。斑鳩に斬られていたかと思ったが、どこにも出血はない。とにかく町の人たちは、斑鳩がねぐらにしていたホテルに、男を担架に乗せて運んだ。客室のベッドに寝かせた時には既に意識はなかった。医者の診立てでは、男は元々重い病を患っていて、それが斑鳩との戦いで死力を尽くしたために、急速に悪化したらしいとのことだった。男はそのまま目覚めることなく、三日後に息を引き取った。
 男が書き残していたのは、帝国にゆかりのある、或る武人の縁者の屋敷だった。すぐさま男の縁者らしき者たちが来て、遺体を確認すると引き取っていったが、男の名前、素性については、何一つ明かされなかった。こうして斑鳩を退治した英雄は、ついにその名を明かされぬまま、いずこへか葬られたのである。また、男の太刀は、どこかに祀られたらしいが、その所在は不明として、『ナタール国記』の、斑鳩退治のエピソードは終わるのであった。

「おまえが化け物を倒したって、ホントかよ」
 ファズの疑いの目に、
「ウソなんてついてませんよ」
 心外そうなマユラだった。
「マユラ一人の言葉なら、ウソをついているか、もしくは寝ぼけていたってことも考えられるが、その女の子も、見たっていうんだろう」
 マユラの隣りに腰かけるエレナに、ダオが目を向ける。
「見たなんてなまやさしいものじゃありません。化け物は私を食い殺そうとしたんです。マユラが来てくれなければ、私はアイツの体から生え出た、あの忌まわしい蛇に、きっと食い殺されていたはずです」
 真顔のエレナに、どう判断したものか、ダオは志摩を見る。
 ここはクリオ砦の一室。マユラとエレナは砦に駆け込んで、怪物に襲われたことを告げた。そして今、チームのメンバーや、ライゼン隊長以下、砦の幹部たちを前に、事の仔細を話したのである。
「ウソをついているようには見えぬが、どういう子だね」
 志摩がレイウォルにたずねた。
「両親は農家をしています。私と同じ郷士の家系で、真面目な人たちです。エレナもウソをついて大人を困らせるような子ではありません」
「しかし、何十人と繰り出して調べたが、林に化け物などいなかったぞ」
 レイウォルの同僚が言った。
「それには俺も加わったが、化け物の足跡一つなかったぜ」
 ファズも付け加えた
「逃げたのさ。悪がしこそうな奴だったし、おとなしく捕まるのを待つようなタマじゃない」
 さも当然とマユラ。
「もし、そんな怪物が、近くに潜んでいたらゆゆしきことだが」
 ライゼン隊長は、降ってわいたような怪物話に、当惑の表情だった。
「この辺りじゃ、そんな化け物はおろか、ゴブリン一匹見たって話も聞きません。砦の近くはヤバイって、連中も心得ています」
 部下からは、マユラたちの話に否定的な言葉が返る。
「しかし、怪物こそみませんが、このあたりでも行方不明者は、けっこう出ています」
 レイウォルだった。
「駆け落ちとか夜逃げで片付けられていますが、中にはどうしても納得できないものもあります。怪物は、何人も餌食にしてきたと言っていたsそうですが・・・・」
 二人の話を、自分の知っている事実に当てはめようとするかのレイウォル。
「行方不明者の中には、怪物の犠牲者もいると」
「そんな気がしただけです」
「魔導師どのはどう思われる。魔道の術に長けているあなたがたには、このような怪異についても、特別な知見がおありなのでは」
「魔道師が、ヴァルムだのの化け物について格別詳しいというような認識が、一部世間にはあるようですが、全くの誤解です。中にはヴァルムなど人外の化生に精通している者もいますが、大半は皆さんと同じ程度の知識しかなく、私もその一人です。そのうえで、今回の件について魔道師としての見解を述べさせていただくならば、怪物は、黒いガスに包まれていたそうですが、それは恐らく、スモッグ系の煙幕魔道でしょう。これは実際に煙や霧を沸き立たせるのではなく、周辺の空間に働きかけて、煙や霧がたちこめているような視覚効果を作り出すのです。姿を隠して行動したりするときに使います。また、不気味にガスのたちこめる姿から、相手を怖がらせる効果もあるでしょう。私は、あまり使うことがなさそうなので習得していませんが、習得難度は中程度。いざ習得しようとすると骨が折れるというレベルです。つまり、マユラくんたちを襲った怪物は、少なくとも並みの魔道師程度は、魔道の心得があります。中級のスペックがあって、煙幕一つしか使えないとは考え難いので、他にも使える術はあるはずですし、煙幕を張ったということは、なにか姿を見られたくない事情があるやもしれませんが、いずれにしろ、リザードマンやゴブリンなどの単純な手合いではありませんな」
「一筋縄ではいかぬというやつか」
 気を引き締めるかのライゼン隊長に、
「二人の話が本当ならです。このあたりにそんな化け物がいるとは思えません」
 砦の幹部たちは、眉唾の拭いきれぬ顔であった。
「ちくしょうオレに剣さえあったら、アイツを仕留めて、疑われることもなかったのに」
 悔しがるマユラに、
「いや、そんなもの、なくてよかったのだ」
 即座に断じる志摩であった。
「俺はおまえの話を信じる。しかしおまえの話した通りだと、いまカムランさんが話されたように、そいつは相当危険な奴だ。危険で邪悪な奴だ。倒せたのは運がよかっただけだ。剣などあってトドメを刺そうとしていたら、逆にやられていたかもしれない。もし、もう一度そいつに遭ったら、すぐに逃げるのだ。決して、自分でどうにかしようなどと考えるなよ」
 師の言葉に、かしこまりながらも、釈然としない面持ちのマユラは、あの化け物とは、いつかまた遭うことになるだろうと、予感するのだった。
 エレナを家まで送ることになって、兵士二人にサブリナが護衛に付いた。もちろん、マユラも加わる。前に二人の兵士、並んで歩くマユラとエレナの後方にサブリナであった。二人に気を利かせて距離を取っているのではなく、後方から周辺に気を配る。気ままに歩いているように見えて、黒い雌豹の目配りに隙はない。
「私なんかを、まるでどこかのお嬢様みたいに、家まで護衛させて、申し訳ないわ」
「キミだって、素敵なお嬢様さ」
「からかわないでよ。私なんかがお嬢様なわけないでしょ」
 エレナは、そんなふうに呼ばれるのが居心地悪そうだった。
「からかってないよ。キミって品があるし、ちょっといい服きたら、町でお澄まし顔のお嬢様にだって、負けやしないぜ」
「あいにく、ウチにはちょっといい服なんて一枚もないの。それに、そんなこと言ったら、アチラの方だって、着飾ればお嬢様でしょう」
 エレナは後ろのサブリナに、チラッと目をやる。マユラも振り返り、目が合ったサブリナに、バツ悪く手を振った。
「いや、あの人は違うでしょう」
「どうして」
「お嬢様って、守られる側でしょう。でもサブリナさんって攻めっ気満々だし、実際強いし」
「年だって、私たちより三つ四つ上ッて感じなのに、そんなに強いの」
「オーガだって倒せるぐらいさ」
「本当に」
「うん。サブリナさんには、志摩先生だって一目置いているのさ」
「マユラだって強いわよ。ストリームだってあんなにうまく使えるし、なにより勇敢だもの」
「戦いは勇気だけではダメさ。強さがないと、結局誰も守れない。僕なんかまだまだだよ。とてもサブリナさんみたいには戦えないよ。でも、師匠にはああ言われたけど、あの時剣があったら、アイツにトドメを刺せていた気がする」
「剣が欲しいの」
「そりゃあ、サムライを志しているぐらいだからね、刀剣を腰に差すのは憧れさ。けど、いま剣を欲しいのはもっと差し迫った問題だ。志摩先生からは、今度あの化け物に遭ったら逃げろと言われたけど、アイツがキミを狙ってふたたび現れたとき、自分一人で逃げるわけにはいかないからね。その時のためにも、腰に一本差しておきたいんだ」
「あんなに危ない目に遭っているのに、まだ私のために戦おうとしてくれるなんて、嬉しいわ」 
 感激するエレナに、
「行きがかりってやつさ」
 照れくさそうなマユラだった。
「剣ね、手に入るかもしれないわよ」
「キミんちにあるの」
「ウチにはないわよ。ご先祖はプギル王の家来で、昔は武器も武具もたくさんあったらしいけど、ナタール王国が帝国に併合されて王家もなくなった時に、農業一本でやると決めて、全部手放したそうよ」
「それじゃあ?」
「手に入れる方法があるわ。それも、鬼退治の英雄の剣をね」
「・・・」
 エレナの話が突飛過ぎて、啞然とするばかりのマユラだった。


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