第3話傭兵

文字数 10,731文字

 町のはずれの野原に、盛大なたき火が燃え上がっていた。木材を山のように積み上げて、油をまいて火をつけたのだ。炎は家の屋根ぐらいの高さまであがり、これが夜だったら、夜空の下で燃え盛る炎もひときわ映えてさぞやきれいだったろう。だが、夕暮れにはまだ数時間ある青空の下では、炎のメラメラした形相もいくらかぼやけて見える。それでも時折り吹きあがる火の粉の、チラチラと舞うのはきれいだった。
 マユラは風呂に入り着替えもすませてサッパリした身なりで、盛大な野辺送りの炎を眺めていた。母たちの無残な遺体を浄化する炎を眺めながら、この炎はやがて消えるだろうが、胸にともる復讐の炎は決して消えることはない。それはブレイヴの業火となり、いつの日にか仇どもに、容赦なき報いを与えるのだと誓った。
「これからどうする」
 志摩が声をかけた。
「両親の兄弟姉妹とか、頼れる親類縁者はあるのか」
「父さんは身一つでこの町にきたので、親戚などはありません。母さんも同じで、どこか遠い町に叔母さんがいるようなこと言ってたけど、詳しいことは聞いていません」
「そうか、とにかく、こんなところに一人残してはおけない。近くの町まで連れってってやろう」
「強くなりたいんです!!」
 マユラはこれからの暮らしのことなど念頭になく、心底の願いを声に出した。
「強くなって、両親の仇討をするつもりか」
「いけませんか」
「いけなくはない。そういう動機で武門に入る者も多い。だが、なんの世界でも理想と現実は違うものだ。キミの年頃の男の子は、神話や伝説、物語のヒーローに憧れたりするものだが、現実の戦闘では、物語にあるようなご都合主義など微塵も通用しない。弱ければ死に、油断すれば死に、運が悪ければ死ぬ。そういうものだ」
「戦って死ぬのなら本望です」
「殊勝な心意気じゃないか」
 さも感心と声をかけてきたのは、見るからに屈強の男だった。年は三十半ばぐらい、志摩よりも少し年上に見える。白人で、背丈は志摩よりも頭半分低いが、筋肉は一回り厚く、ややずんぐりした体型は力の塊のようだ。
「小僧、その心意気だぞ。親を殺されて復讐の一つ二つやらかす気概もなけりゃ、男じゃないってもんよ。俺はバルドス。このチームのサブリーダーだ」
 バルドスと名乗った男をマユラは見上げ、その剛力を宿したかのような、筋骨隆々の体格に見とれるより先、男の頭に目がいった。バルドスの頭には、一本の髪の毛もなかった。
「コイツが気に入っか」
 バルドスは自慢そうにツルツルの頭を撫でた。
「頭も心もサッパリサバサバ、小さいことにはこだわらないのが信条よ」
「酒と戦いが趣味の、バトル馬鹿オヤジよ」
  横からサブリナが、一言付け加える。
「コイツの減らず口など、山猫の鳴き声みたいなもんだ。それよりおまえ、大したブレイヴだったじゃないか。その歳であれだけ噴けるやつは、そうはいないぞ。どうやって覚醒した。魔道師に導いてもらったか」
「誰にも導いてもらっていない。気がついたら出来たんだ」
「立木を一撃で折った、あれもまぐれか」
「ブレイヴ体になったのはあのときが初めてだったし、それまで自分にそんな能力あるなんて、思ってもみなかったよ」
 マユラの言葉に、バルドスは考えを巡らせる。
「トロールにぶっ飛ばされたとも言ってましたぜ。それで大したケガもしてないんですからね」
 ファズも不思議そうな顔でいった。
「恐らくその瞬間、ブレイヴを覚醒したのであろう」
 状況から推理して、志摩が導き出した答えがそれであった。 
「緊急覚醒か」
 バルドスの言葉に、志摩もうなづく。
「緊急覚醒って何ですか」
 自分の身になにが起こったのか、マユラは耳慣れぬ言葉に反応した。
「死が目前に迫ったギリギリの危機的状況で、生存本能が引き金となって、突如ブレイヴが覚醒、発動することが稀にだがある」
「僕に、それが起こったのですか」
「たぶんな。おまえの場合、トロールの棍棒に吹っ飛ばされる寸前、ブレイヴが発動したのだろう。瞬間、発動したブレイヴがバリヤーとなって棍棒の打撃を緩和、即死の衝撃をかすり傷程度にすませたのだ。そしてトロールとヴァルカンどもは、潰れた子供の死体になど興味もなく見過ごされた。状況から考えるに、そういうところじゃないのか」
「となるとパッと見、少々足りなさそうな、いや、頼りなさそうなこの坊主が、大した逸材かもしれんぞ。ヨナ・レイガン、ダン・アシュロン、ヨシミツ・カガミなど、緊急覚醒して、大陸に名を馳せるほどの戦士となった者は多い」
 いささか興奮気味のバルドスに対して、
「緊急覚醒が全員そうなるとは限らぬ」
 志摩は冷静だった。
「きっとなります」
 マユラは臆面もなく宣言した。ブレイヴ体になれたことだけでも、それまで自分にそんな能力があるなどと思いもしていなかったマユラには、大きな自信となっていた。その上、なにかとてつもない才能が有るかもしれないなどと言われて気持ちは高揚したのだ。
「強くなって、きっと両親の仇を討ちます」
「よく言った、その心意気だ。だが、どうやって強くなるつもりだ」
 バルドスに問われて、マユラははたと考えた。アッシュと違って剣術の稽古なんてやったことないし、強くなると言ったが、その方法はと問われると、まったく思いつかないのだ。
「心配するな」
 マユラの顔を見て、バルドスは大らかに請け合った。
「我らがシリウスでは、おまえと同じような年頃の子供も大勢いて、修業に励んでいる。全然武芸の心得のない者でも、一人前の戦士に鍛えあげるのだ」
「本当ですか」
「ウソなどつかぬ。ウソと酸っぱいビールは大嫌いだ」
「だったら僕を、是非ともそこに連れてってください」
「いいだろう。ただし修業は厳しいぞ。学校の勉強みたいになまやさしいものじゃないし、命を落とす危険さえあるのだ。それでもやるか」
「やります。たとえそれで死んだとしても、後悔しません」
 それは少しも大げさでない、マユラの本心だった。勉強も家の仕事も怠けていた彼が、強くなるためならどんな苦労にも耐え、たとえ死んでも悔いはないと、本気で思ったのだ。
「おい、俺たちはこの少年のことをまだよく知らないのだし、この少年も傭兵についてよくわかっておるまい。ことは一生に関わるのだ、そんなに簡単に決めさせてよいものではあるまい」
 志摩は慎重な態度で、性急に事を決めようとするバルドスとの間に、割って入った。
「親を殺されて、ブレイヴを覚醒している。これだけわかってりゃ十分よ。俺たちの仕事についちゃ、おいおい教えてゆけばいいさ」
 バルドスは言い返したが、志摩はそれには取り合わずマユラと話す。
「世の中にはいろいろな仕事がある。君のお父さんのような農夫や、大工や料理人、仕立屋や鍛冶屋。商人や役人。その他数え切れないほどの職業があるのだ。傭兵もそのうちの一つ。勇ましそうに見えて特殊な部類だ。大多数の人々は、戦いとは無縁に生きて平穏な暮らしを送っている。悔しいのはわかるが、君も恨みを捨ててもっと別な道を志してはどうだ。復讐に人生を費やすのは、幸せな生き方ではないぞ」
「復讐しないで、この悔しさにけりをつけないで、どうやって幸せになれと言うのです」
 マユラは子狼の吠えるように、貧弱な体を怒らせる。
「そうか」
 志摩はマユラの決意を見て取った。
「俺たちの仕事も、役人や職人と同じく世の中に必要なものだ。やる気と才能のある少年をリクルートして、なにをはばかるものでもなかろう」
 昂然たるバルドスに、
「それはそうだ」
 志摩は答えると、ポケットからタバコの箱を出して一本抜きとると、燃え盛る炎の山に近づき、野辺送りの火でタバコに火をつけた。タバコをくゆらしつつこちらに戻ってくると、それ以上意見のないもののようだった。
「それでおまえ、なにになるつもりだ」
 バルドスはマユラには聞いた。
「なににって?」
「傭兵にもいろいろな職種、ジョブスタイルというやつがある」
「ルーンナイトやパラディンみたいなもんですか」
「いきなりてっぺんクラスもってくんな。それにウチはナイトの養成はやっていない。ナイトになりたきゃ騎士学校に入るしかない。ちなみに俺はバトルランサー。ソルジャーカテゴリーの槍術特級だ」
「槍ですか」
 小説ではあまりなじみのない武器だ。マユラの読んでいた小説の主人公たちは、たいてい剣を使って敵を倒すのだ。
 バルドスは剣帯のベルトを肩からたすきに掛けていて、筒のようなホルスターは背中に有った。彼が、手を後ろにやったとき、てっきり背負い差した大剣を抜くかと思ったが、しかしサッと素早い手並みで、背中のホルスターより抜き払ったバルドスの手にあったのは、剣ではなく棒だった。黒味がかった赤、錆朱色に塗られていて、長さ一メートル、直径四五センチの八角形の棒は、大きな鉛筆のように見えなくもない。
「棒ですよね」
 バルドスは槍と言ったが、先端に剣状の鉾などはなく、棒としか呼べない代物だ。キョトンとするマユラに、バルドスは笑ってブレイヴ体となった。彼の全身から陽炎のようなブレイヴの波動の沸きあがると同時に、棒の先端から剣が現れた。長さ五十センチぐらいの幅広両刃の剣で、これが剣の柄につけばショートソード、棒の先端にあれば槍となる。
「凄いや」
 マユラは棒の先端から剣の飛び出した、不思議な槍に目を丸くした。
「これは錬金鍛冶工房、相州アームズ製の精密咒鍛造可変槍、菊地号だ」
「精密咒鍛造ってなんですか」
「精密咒鍛造は、錬成鍛冶の鍛造技法だ。精密咒鍛造で作られた武器や防具は、使い手のブレイヴに反応して、この槍のように形を変えたり、強靭性を増したりするなど、様々な性能を発揮する。素材はミスリルやオリハルコンなど、ブレイヴ反応メタルに限られて、ブレイヴ体でないと、その性能を発揮させることは出来ない。能書きはこれぐらいにして、ちょっと、そこいらの石を拾い集めろ」
「石をいくつですか」
「いくらでもいいさ。投げるのに適当な大きさのをな」
 マユラは卵ぐらいの大きさの石を、五六個拾い集めた。
「そいつを、俺めがけて投げろ」
「ええ!」
「手加減するな。当たり所が悪けりゃ死ぬかもってヤツを投げるんだ」
「でも、僕、石投げ得意ですよ。当たったらマジ痛いですよ。血、出ますよ」
 二人の間は十メートルもない。この距離なら少年のマユラの腕力でも、力いっぱい投げた石が顔にでも当たれば、死なないまでも、かなり痛いはずだ。
「俺に石を当てたら十ユーロやろう。鼻血の一つも流させたら百ユーロくれてやる」
「本当ですか」
「ウソと酸っぱいビールは嫌いだって言っただろう。さ、金が欲しけりゃ気張って投げろ」
「そういうことなら」
 マユラは石を握った手を大きく振りかぶった。それでも顔は外して放った渾身の一投は、バルドスの体に当たることなく、槍の穂先で二つに割れた。
「!」
 目を瞠るマユラに、
「次はどうした。どんどん投げろ」
 事もなげに言ってのけるバルドスに、マユラは手にある石を矢継ぎ早に投げた。
 バルドスは槍を振り回すのではなく、突きを繰り出して、マユラの投げる石をことごとく槍先にかける。その突きも激しい動きではなく、マユラの投げる石の動きを見切って、石の飛んでくる先にスッと槍を差し出す感じで、迅速的確だが慌ただしさのない挙動だった。
「どうだ」
 石を投げ尽くしたマユラに、バルドスは肩をそびやかす。その槍先には、最後の石が突き刺さっていたが、バルドスが槍の石突で地面をドンと突くと、石は二つになって落ちた。マユラが拾って石の断面を見ると、磨かれたようにツルツルだった。石は割れたのではなく切断されたのだ。
「凄い。僕の投げた石を、全部半分にするだなんて、信じられない」
 石なんて、普通刃物で切れるものではない。それもかなりの速度で飛来する石を、槍先にかけてこうも鮮やかに切断するとは、尋常ならざる業前であった。
「なに、こんなものは子供だましよ、そう、恐れ入るほどのもんじゃない」
「でも、こんなのは初めて見ました。あなたなら、どんなヴァルムでもやっつけられそうだ」
「ヴァルムにもレベルがあるが。まあ、そんじょそこらのヴァルムやヴァルカンは敵じゃないぜ」
 バルドスの槍は、剣の部分が柄より出てきたにも関わらず、刃幅は柄より広かった。内部に仕込まれていた剣が、バネ仕掛けで飛び出すような単純な仕組みではなく、槍自体がブレイヴに反応して形を変える、精密咒鍛造ならではの変形性能だ。
 バルドスはブレイヴを消して普通体となった。それと同時に槍も、剣のような鉾が消えて黒味がかった朱色の棒となる。
「どうだ、やってみるか」
「はあ・・・」
「まっ、どんなに頑張っても、バルドスの兄貴のレベルには届かないだろうがな」
 ファズの言葉に、インディオのダオもうなづくかであった。
「なんたって、兄貴はバトルランサーだ。マスタークラスのなかでも、殊に実戦磨きのつわものよ。そうそうなれるもんじゃない」
「おだてても、なにも出ないぞ」
「兄貴に対する、俺たちの偽らざる評価ですよ」
 それは聞き流して、
「やるなら俺が仕込んでやるぞ」
「はあ・・・」
  マユラにもバルドスの強いのはわかったが、彼の愛読していた小説の主人公たちは、皆、剣を使っていたので、剣に対する憧れがあった。
「剣は使わないのですか」
「剣もアックスも人並み以上に使うが、俺には槍が、一番性に合っている」
「俺は剣がメインだ」
 ファズが言った。
「シールドソード、盾で守り、剣で戦うスタイルだ」
「人に教えるレベルかよ」
 ダオがくさす。
「剣ならリーダーが一番だろうが」
「だけど志摩さんのは、クセが強いぜ」
「剣を使うのですか」
 志摩はバルドスが手練の技を披露するのを、タバコをくゆらしつつ眺めていた。
「剣ではない、刀だ」
「カタナ・・・」
「剣は概ね両刃で反りがなく、刀は片刃で反りのあるものだ。突くは剣に利があり、切るは刀が優れている」
 志摩の腰には短めのが一本あった。革巻きの柄に丸い鉄鐔。黒鞘のあまり見かけぬ外装で反りがあった。これが刀か。しかし普通の剣と比べても短く、立派な体格の志摩が武器とするには、短すぎる気がした。
「志摩さんはサムライマスターだ」
 魔道師のカムランが教えてくれた。
「サムライ」
 初めて聞く兵種だ。
「迅速果敢に斬り込んで、刀術の冴えをもって働くのを身上とするジョブだ」
 志摩が、タバコをくゆらしつつ説明した。
「なにになるか、慌てて決めることはない。とにかくウチでやってみたいと言うのなら、我らとともにアナハイムの、シリウス本部まで行くことになるが」
「どこへだって行きます。けど、アナハイムってどこですか」
「エッセン州だ。アナハイムはエッセン州の都なのだ」
 地理の授業で、エッセン州とか、習った記憶はある。しかし、なにぶん勉強嫌いのマユラだ。ほとんど頭に残ってなく、距離や方角などまるでわからない。しかし、もはや天涯孤独の身の上、たとえ地の果てへ行くことになろうとも、誰に断る必要もないのだ。
「仲間になるというのなら、改めて、我らの素性を話しておく。さっき言ったように、我らはアナハイムに本拠を置く、レギオンシリウス所属の傭兵である」
「レギオンってなんですか」
「レギオンはいくつもの傭兵チームを編成できる、大規模な傭兵集団のことだ。シリウスには、レギュラークラスとマスタークラスで百人以上のファイターが所属している。このツアーにはそのうちの十人が、チームのメンバーとして参加している。丁度、全員揃っているようだから、皆に紹介しよう。おーい」
 志摩は仲間たちに呼びかけた。
「聞いてくれ。今日から仲間になったマユラ君だ。シリウスに連れて帰ることにする」
「マユラです。よろしくお願いいたします」
 マユラは、傭兵たちに頭を下げてあいさつした。
「リーダーは私、志摩ハワードだ。サブリーダーはバルドス。魔道師のカムランさん」
「で、俺はシールドソードのファズだ」
 ファズが紹介を待たずにしゃしゃり出る。
「シールドソードって言うと、防御主体のジョブととる者もいるが、盾は防具の中で一番硬いんだ。盾の防御力に任せて押し出して、剣で仕留める、攻守に優れたジョブなのさ」
「盾の後ろに隠れてばかりじゃ、トカゲの尻尾だって切れないぜ」
 インディオのダオだ。
「おう、マユラ、俺のジョブはブレイカーだ」
「ブレイカーって?」
 これも初めて聞くジョブだ。
「コイツを使うのさ」
 ダオがホルスターから抜いて見せたのは、アックス、戦斧だった。刃肉の厚いミスリル製で、木を伐採するための道具ではなく、戦闘用として作製された武器で、この手のものをトマホークという。
「コイツで敵のアーマーや、トロールの石頭をカチ割るのよ」
「ヴァルムを倒すのは、木こりが木を切るようなわけにはいかないぜ」
 今度はファズがくさす。
「目くそ鼻くそね」
 二人の言い合いを笑ったのはサブリナ、あの黒人女性だった。年の頃は二十歳ぐらいだが、黒い牝豹を思わせるたたずまいには、老獪さすら漂わす。
「この口さがないのがサブリナ、チームの紅一点だが、勇猛さでは他のメンバーに引けを取らない、凄腕のツインソードだ」
「ツインソード?」
 これも初耳のジョブだ。マユラの読んでいた冒険小説は、子供向けのわかりやすい内容、ご都合主義のストーリーで、ファイターの世界の実情というものは、あまり反映されていなかったようだ。
「ツインソードはカテゴリーニンジャの双剣特級だ。ニンジャは優れた体術で潜入活動に長けているジョブだが、戦闘能力もあなどれぬ。サブリナは腰の二本のショートソードの技の巧みさで、双剣特級、ツインソードに認定されている。それがどれだけ強いか、言葉で言ってもせんもないが、まあ、折り紙付きの使い手ということだ」
 志摩の言葉を聞きながらも、サブリナがどれだけの使い手かなどは、マユラにはまだわからない。ただ、前にも一悶着あって、どうにもとっつきにくい相手という印象だ。
「よろしくお願いします」
「世話かけないでよ。それでなくてもこのチームは、お荷物背負っているんだからね」
 つっけんどんな言葉を返し、毒のある視線を。一人のメンバーに投げると、さっさと歩いて行った。
「根は優しい子なんだがね」
 カムランの言葉だったが、まったく同意しかねるマユラだった。
「俺はファルコ」
「レオンだ」
 二人の若者が手を差し出した。
「マユラです」
 二人と握手を交わす。
「俺はフェンサーだ、ロングソードを使う」
 ファルコに続いて、
「僕はシールドソード。ファズさんと同じさ」
 と、レオン。
「強い傭兵になるつもりだけど、実はまだ剣も、ろくすっぽ握ったことないんです」
「やる気さえあれば、いくらでも上達するさ」
 ファルコが励まし、
「だけど俺たちも偉そうにいえた義理じゃない。チームのなかじゃ一番下っ端さ」
 レオンは忸怩たる面持ち。
「そうなんですか」
「年はサブリナが一つ下だが、残念ながら、実力もキャリアもアイツが上だ。いつか追い越すつもりだが、今のところは頭が上がらん」
「アイツに好かれるのは難しいが、せいぜい嫌われないようにするんだな」 
 ファルコのアドバイスである。
「そして、あそこにいるのがグレッグさんだ」
 みんなから離れて、一人ポツンと立っているのは、サブリナが毒のあるげな一瞥を投げた男だった。
「マユラです。今日からチームの仲間に加えていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
 マユラが歩いていってあいさつすると、
「グレッグだ、よろしくな」
 別段気難しいところもなく、あいさつを返す。グレッグは三十前後の白人で、ライトアーマーを装備し、腰には大剣を差している。
「フェンサーですか」
「まあ、そんなところだ」
 あいまいに答える。長身の立派な剣士に見えるのだが、どこか控えめな印象だった。
「じゃあ」
 声をかけてみんなのところに戻る。
「これで全員ですか」
「もう一人いるのだが」
 辺りを見回すカムラン。
「アイツなら、どこかの台所で、ハチミツやバターでもなめているさ」
 ファズの言葉に
「人をネズミみたいに言ってくれんじゃねーぜ」
 頭上から声が降ってきた。
「フェアリーだ」
 空を見上げたマユラは、驚愕の声をあげた。
 緑の服を着た人形のような姿が、透明な羽をキラキラ羽ばたいていた。それはまさしく、絵本でおなじみのフェアリーだった。マユラは実物を見るのはむろん初めてであり、そして、あまりにもおとぎ話めいた存在なので、その実在を信じてもいなかったのだ。
「本当にいたんだ」
「いるさ」
 興奮のマユラに、フェアリーは素っ気なかった。
「アレ、でもキミ、男だね」
 絵本のフェアリーは、たいていが美しい衣装をまとった女性として描かれていた。
「男で悪いかよ。だいたいこんな物騒でむさくるしい連中に、僕たちの乙女を任せられると思うかい」
「ウィルだ。なりは小さいが、度胸と威勢の良さじゃ、そんじょそこらの男に引けを取らない、ウチの伝令兼衛生兵だ」
 ウィルと呼ばれたフェアリーは、志摩の肩に舞い降りた。
「衛生兵」
「フェアリーはヒーリングオーラを使えるのだ。おまえの傷にもウィルがヒーリングオーラをかけてくれたから、治りは早いはずだ」
「そうなの、ありがとう」
「たいしたことはしてないぜ」
 ウィルは志摩の肩に腰掛けて、素っ気ない。
「今日から我らの仲間となたマユラくんだ。両親を亡くしたかわいそうな子だ。慰めてやってくれ」
 カムランの言葉にも、
「かわいそうなのはわかるけど、子供は急に乱暴になるから油断できないのさ」
「別になぐさめてくれなくていいけど、僕は今からチームの一員なんだぜ。大切な仲間を傷つけたりしないよ」
 マユラの言葉に、ウィルはちょっと見直したような表情となり、志摩の肩を飛び立ち、用心しながらもマユラの肩に舞い降りた。オウムが止まったほどの重さもない。
「傷を治せるんだね」
「絆創膏に毛の生えた程度だ。過剰な期待はしてくれるな」
 ウィルはメルヘンな姿に似合わず、分別めいた口調だった。フェアリーは人間より長寿で、また、外見に年齢が現れないとも言われている。このウィルにしても人形のようななりをしているが、マユラはもとより、志摩や、ことによったらカムランよりも年上かもしれないのだ。
「本当は同情しているのさ」
 フェアリーは気の毒そうな表情となった。
「両親を殺されるなんて、ひどいなんてもんじゃないからね。でも、この傭兵稼業は、この世のひどいところを縦断していくような世渡りだぜ。本気でヤルつもりかい」
「本気さ。傭兵になって、強くなって、あの野郎、堕天使ヴィシュヌの首を取ってやるんだ」
「ヴィシュヌだって!!」
 ウィルが飛び上がる。彼だけでない、周りの傭兵たちも、皆驚いた様子だった。
「ヴィシュヌ、町を襲ったのは奴なのか」
 志摩が問い質す。
「そうだよ。堕天使ヴィシュヌ、ヴァルムやヴァルカンどもがそう呼んでいた。天使のように美しい姿をしていながら、悪魔のように残酷な奴さ。アイツのこと知っているの」
「傭兵で、奴の名を知らぬ者はいない。これまでにいくつもの傭兵チームや、帝国や諸侯の精鋭部隊が、奴に全滅させられている。ヴィシュヌに率いられた一団に襲われたとなると、たとえ我らが間に合っていたとしても、なにも出来なかったかもしれぬ」
「アイツには、敵わないってこと」
「俺とてサムライマスター、会ったこともない敵に、尻尾を巻きたくはない。だが、聖騎士ロブ・ミキュレックをはじめとして、名だたるつわものたちが。奴の前に倒れている。容易ならざる敵なのは間違いない」
「鉢合わせしなくて良かったぜ」
 肝を冷やしたような顔のファズに、
「ビビってどうする」
 バルドスが一喝くれる。
「そういう強敵難敵と戦うことこそ、この稼業の醍醐味ではないか」
 サブリナが言うところのバトル馬鹿。心底強敵との出会いを求め、血のたぎるような一期一会に、命を投じることに須臾のためらいもない、その面目躍如というところだ。
「戦わねばならぬ運命のものなら、いずれ出会うだろう」
 志摩は猛るでもなく、しかし気おくれもせぬ自若とした面持ちで、一本の大樹へと歩いた。その幹に一振りの剣が立てかけて会った。志摩はそれを取ると、おもむろに腰の剣帯のホルスターに差し込んだ。黒鞘に反りのあるそれは刀。長さも十分な大刀だった。マユラがこの偉丈夫の武器にしては短いと感じた腰の刀は、差し添えの脇差、サブウエポンであり、この大刀こそがメインウエポン。堂々たるサムライマスターにふさわしい業物であった。
「両親の魂に別れを告げたか」
 大刀を腰に差し、サムライマスターの威風も新たなる志摩の問いに、
「はい」
 マユラはきっぱりと答えた。
「では旅立ちの支度にかかれ」
 遺体を燃やすとともに、恐怖にさいなまれた死者たちの魂をも浄化してくれるかのような火葬の炎を背に、マユラは走り出した。
「必要なものを教えてあげるよ。キミみたいな子供では、なにをそろえたらいいか、わからないかもしれないからね」
「ありがとう、助かるよ」
 透明な羽をキラキラさせて、トンボのように飛ぶフェアリーを傍らに、マユラは町を走った。なんら自慢するもののない、辺境の小さな町。しかしこの町は、父や母や、多くの大人たちの誠実な労働で築かれた、誇るべき故郷だったのだ。しかし、もはや留まるべき土地ではなく、マユラは発つべきときにあって、生まれ育った町を走る。横を飛ぶフェアリーの羽がキラキラと陽を返し、前途を祝福するもののようにも見えるが、その目指すは剣と魔のひしめく修羅の世界。一人の貧弱な少年の命運など、風に舞うシャボン玉のようにもおぼつかぬものであろう。だが、マユラの顔に不安はなく、風に運ばれるシャボン玉が虹色の光彩を放つように、瞳には鮮やかにも、潔い輝があった。



 



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