第1話

文字数 2,337文字

 礼子さんはC女子短期大学の同学年で歳は一つ上。二年の時に、東京の短期大学から転入した珍しい学生でした。
 初めて礼子さんを見た時、彼女のベリーショートがかっこよくて、短い髪をなでつけたり毛先をねじったりするヘアスタイルを、ファッション誌のモデルみたい、と思った事を私は今でも覚えています。
 教室では、いつも私の隣でスヤスヤ寝ました。礼子さんはお(うち)のスナックの手伝いをしたので夜が遅くて、講義時間を睡眠にあてたのです。
 体力的にもつらそうで、無理をしているようにも見えたけれど、礼子さんはスナックの手伝いをやめませんでした。
 お金のためではありません。
 C女子短大は裕福な家の娘が多く、礼子さんのお家もマンションを一棟持つリッチな大家さんでした。
 C女子短大には付属の女子高校と女子中学がありました。良妻賢母の女子教育をうたう大阪の古い女子校です。短大のパンフレットには大正の頃に商家の娘たちを通わせた花嫁学校が前身にあると書いてありました。
 キャンパスにいる学生のほとんどが、付属高校出身の〝C女子〟です。C女子たちは、高校の制服と校則に抑圧されていたおしゃれへの欲求をパッと解放した感じで、みんな競うように着飾りました。
 私は府立高校から一般入試で入った少数派の〝非C女子〟です。礼子さんにも「祥子(しょうこ)が外様学生だって、すぐにわかったわ」といわれたけれど、二年になった時でも化粧をせず、身なりも地味で、華やかなC女子の中ではひどく浮いていました。
 二年に転入した礼子さんは知らないけれど、入学式の翌日に学生会主催の新入生歓迎会というものがありました。
 歓迎会といっても、特にこれといった出し物はありません。キャンパスの食堂で、新入生同士がお菓子をつまみながらお喋りをして、歓迎会というよりはC女子と外様学生の交流会でした。
 オリエンテーリングが終わって食堂へ行くと、すでにC女子たちが三、四人ずつになってテーブルに着いており、そこに外様学生が一人ずつ案内されます。私はこの時、西本知美(にしもとともみ)久保井典子(くぼいのりこ)松原理世(まつばらりよ)という三人のC女子のテーブルに案内されました。
 なぜフルネームまで覚えているかというと、みんな胸に大きな名札をつけたからです。学生会の人たちが新入生に、色画用紙をチューリップの形に切り抜いたお手製の名札をつけました。幼稚園くらいに子ども返りさせられた感じで、私はちょっと恥ずかしくなりました。
 隣にいた西本知美は白いリボンのカチューシャをして、長い髪の毛先を少女漫画みたいにクルクルにカールしていました。
「入学祝にママがホットカーラーを買ってくれたの」
 と、知美はニコニコしています。人懐っこい笑顔を私に向けて「どちらに住んでいらっしゃるの?」「どちらの高校からいらっしゃったの?」と、話しかけてきます。
私は、キャンパスから歩いてすぐのワンルームに下宿している事と、府立のS高校を卒業した事を答えました。
 すると松原理世がポケベルのチェーンをいじりながら、
「それ、テレビか何かで聞いた事があるよ」
 と、いいました。
 理世は、白いブラウスの襟にエルメスの淡いパープルのスカーフをCAみたいに結んで、耳にはシャネルのイヤリングを光らせていました。私の一つ下の学年にメジャーを目指して渡米した野球部の生徒がいて、地方版のニュースにもなったから、理世はS高校の名前を聞いた事があったらしいのです。
「有名な学校だよ」
 と、理世はいいました。
「すごーい」
 と、知美はいいました。
「有名なところの人と一緒になって、得した感じね」
 と、胸元にジバンシィのロゴのあるピンクのニットを着た久保井典子がいいました。
 うふふふふ、と、三人は顔を見合わせ微笑みました。
 私は、彼女たちに合わせようとして、うまく笑えませんでした。
 たぶん典子は「得した感じ」という言葉を好意的な意味で使ったのでしょう。
 悪気はなかったと思いますが、典子が私に及第点をつけたようで、私はそれがうれしくなく、むしろ彼女に見下された感じを受けました。
 一緒になって笑う理世や知美も、少し名の知れた高校を卒業したのなら自分たちの仲間になっても構わない、と、上から目線の感じです。
 新入生歓迎会自体、多数のC女子が少数の外様学生を迎えるという形だったので、彼女たちがよそ者に対して上から目線になるのはやむを得なかったのかもしれません。人なつっこさも、友好的なムードも、どこか社交辞令的でした。
 学生会は、C女子と外様学生の交流を目指したようですが、一人の外様学生を複数のC女子で囲んで座らせたり、チューリップの名札をC女子と外様学生とで色分けしたりなどが裏目になったと思います。
 もちろん私の個人的な問題もあったと思います。私は言葉の裏を読もうとする癖があって、特に標準語を話すC女子たちには虚飾があるような感じがして、彼女たちをはじめから信用していなかったのです。
 生まれも育ちも関西のはずなのにC女子たちが標準語を話すのは謎ですが、彼女たちが自分自身を偽るような印象も受けました。
 そんなC女子に囲まれて身構えた私が被害妄想的になり、彼女たちの言動を悪くとってしまったとも考えられます。
 こうして入学式の翌日にすっかり疎外感を覚えた私は一年のあいだ、一人で講義に出て、一人で昼食をとりました。
 キャンパスへ行っても誰とも口を利かない暗い学生で、講義と講義の間に時間ができると図書館で映画のレーザーディスクを借りて視聴しました。イングリット・バーグマンの『追想』、アラン・ドロンの『太陽がいっぱい』、フェリーニの『道』、小津安二郎の『お茶漬けの味』、黒澤明の『生きる』など、古い映画を見る機会になりました。
 
(つづく)
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