キング・オブ・キングス

文字数 1,274文字

―――――横須賀SC、選手の交代を申し上げます。尾賀康介に変わりましてFW、11番、三嶋和士。

 3部リーグとは思えないほど割れんばかりの声援がスタンドから起こる。彼は普通の3部リーガーではなかった。リーグ初年度のMVPでありながら、50代の今なお現役選手だった。彼の持つ「日本初」に記録を数えたら際限なく挙げることができてしまう、そういったプレーヤーだった。幼稚園児だった繁田も少々照れつつ、彼のゴールパフォーマンスの真似ていた。
 だがピッチに立った以上、一人の選手であることには変わりなかった。特別な感情を持つことなく、1-0というスコアを残り時間の少ない試合を守りきり、勝ち点3を持って帰ることがGK、ひいてはサッカー選手としての使命だった。

 試合開始早々に川越は先制するも、試合率とパス成功率はともにホームの横須賀が高く、サポーターたちの声援からも「このままでは絶対終わらないはずだ」という強い意思が含まれていた。そうした状況での日本サッカーのレジェンドの交代出場に、スタンドは異様な盛り上がりを見せていた。ゴールキック前の僅かな間さえ、せかすような煽りをしてくる。
 繁田がセンターサークル付近にボールを蹴りこむ。一瞬三嶋の足に届いたが、自軍ボランチがかすめ取るとタッチラインにクリアした。再び横須賀サポーターから煽るような歓声が場内に響きわたる。照れながら「ミシマダンス」をしたいたあの当時、同じピッチで共にサッカーをすることなど夢にも思わなかった。夢は叶うどころか、刻一刻と時間は過ぎ、僅かな感慨にふける暇もなく、試合は展開していく。憧れの三嶋だろうが、他の選手だろうが、絶対にゴールを割らせない。


 昨シーズンのオフに地元の小学校に招かれ、戯れに生徒が蹴ったボールがゴールに入ったことがあった。一瞬だけだがその小学1年生の少年に悔しさを覚えた。大人気こそないが、GKとしての本能がそうさせた。


 左ウイング気味にポジションをとった三嶋が鋭角にドリブルを仕掛けてくる。直接のシュートと、ラストパスを出す展開の両方に備える。三嶋はパスを選択したが、ペナルティ・エリアの敵味方両軍いない空白地帯にグラウンダーが転がって来たので、繁田は飛び出してボールを手中に収めた。かつて神以上の存在に思えた三嶋がうなだれる。繁田が「ざまあみろ」とさえ思ったのは、これもGKとしての本能だった。


 もちろんアウェーでの勝利は代えがたいものだった。だが日本サッカーのレジェンドに勝とうと、新興のクラブの勝とうと、勝ち点は等しく3に過ぎなかった。横須賀まで足を運んでくれたサポーターに挨拶をしながら、自らの気持ちを引き締めるようにロッカーへ戻った。

「うおっしゃぁーーーー」
 
 繁田含めてストラーダ川越のイレブン全員が喜びを爆発させた。繁田はサポーターの前で思った厳粛な感情を全て撤回し、雄々しく勝利に快楽に身を投じた。サッカーは人間同士のゲームなのだ。キングからもぎとった勝利なのだ。ほかの試合と同じにされてたまるかという気持ちを込めて、チームメイトとハイタッチした。
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