シェガ・ジ・サウダージ

文字数 1,136文字

「ジルー、埼玉の生活は慣れた?」
「当然さ。鹿島、湘南、千葉にいたんだから」
「ジルー、でもジルーのいた他のクラブと違って埼玉は海がないんだ。島国の人間にとって故郷の街に海が無いことは、大きなアイデンティティの喪失を意味するんだ」
「シゲタは真面目過ぎてホラ吹きが下手だってことは、カリオカ(リオっ子)の俺にだってわかる」
「一度は海外移籍をしたいと思ってた。でもとうとう出来なかった。34になってしまった」
「それで俺みたいな外国人選手に話しかけて、その気分を味わってると。日本語と英語とポルトガル語がまぜこぜのおかしなおしゃべりで」
「でも本当に海外移籍をしたいとずっと思ってた。高校時代だって英語の授業だけはサボタージュしなかったんだ。スペイン語だってプロに入って勉強して、その延長でポルトガル語が少し出来るんだ」
「シゲタは真面目過ぎるのは昔からか。もしかしたらその真面目さが出来ない理由かもな」
「海外移籍?」
「ノー、結婚のほうだ」
「ほっとけ」
「俺は日本に来る前にドイツとセルビアとトルコ、韓国でもプレーしてる。ひとつ言えるのはどこの国のどんなリーグにも、ブラジル人の外国人選手っているんだ。ある国を除いてな。どこだかわかるか」
「ブラジル。ブラジルに『ブラジルから来た選手』はいない」
「シゲタなら真面目過ぎてわからないと思ったのに。でも妙な気分だぜ。20で故郷に戻らない覚悟をしたのに、『職業柄』、世界のどこでも同郷の人間に会う」
「想像もつかないよ」
「でもな、結局ピッチに立つとそんなことすっかりどうでも良くなる。試合前はあいつは地元が一緒、友達のカミさんがカミさんの友達、下部組織のクラブでいえば俺の後輩、そんなことを考えてたのが嘘のように。無我夢中で90分後走り回ったあとに思い出すんだ」
「それはわかる気がするな」
「だからさ、シゲタ。ピッチに立てば結局埼玉もリオも変わんないんだよ。せいぜいあるのは戦術ぐらいなもんさ。シゲタはどの国に移籍していたとしても、今と同じように真面目過ぎるくらいにゴールを守ってたんじゃないかな」
「ジルー、だからこそだよ。埼玉にもリオにも同じようにフチボル(サッカー)があることを知りたかったんだ。どんな相手でもゴールを割らせない。それを故郷と遠く離れた場所と相手であっても同じであることを実感したかったんだ」
「シゲタ。そんな風に言うが、俺たちまだ34だ。選手としては若くはないが、100歳の老人がいることも考えれば俺たちなんか赤ちゃんだ。日本の老人は元気じゃないか。海外移籍も結婚も、いくらだってチャンスがある」
「案外海外で結婚したりしてな」
「そうだシゲタ。俺サマーブレイクでリオに帰ったら結婚するから。ゴシュウギはいらないから、せいぜい悔しがっといてくれ」
「ほっとけ」
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