ワンサイド・ゲーム
文字数 1,002文字
チームメイトのFW がヘディングで押し込んで、スコアは5-0になった。最後尾から繁田隆 は静かに拍手をした。記憶が正しければプロ入り2年目の彼にとって、プロとして初の得点である。拳を突き上げ、青空にその喜びを咆哮した。周囲のチームメイトも満面の笑顔で若きゴーラーを祝福した。
Nリーグ3部に所属するストラーダ川越のGK として15年目のシーズンを迎えた繁田が、GKという職業の特殊性を感じるのはこうしたワンサイドゲームだった。もちろん自分のチームやその仲間が喜んでいるのは心から嬉しかった。だがその栄光の瞬間に、しんがりにいる自分は参加できない。GKがその所作に注目されるのはむしろ自らのミスによる失点や、相手選手の素晴らしいシュートによって得点を決められたときのような、相手の栄光の「引き立て役」になるときばかりだった。
自分の背中越しに敵軍サポーターから失望の含んだ声援が漏れてくる。今日の試合は陸上競技のトラックを併設したスタジアムであったが、5失点という数字に落胆した、よどんだ声色が繁田のキーパーユニフォームにも伝わってきた。
ここでFWなど、攻撃に参加する選手ならば自らの足で多くの人間の感情を動かしたことに愉楽を覚えるかもしれない。しかし繁田にはそうした発想が湧かなかった。長いサッカー人生で常に自分のような性格でスポーツを続けていられるのか不思議でならなかったし、引退の日まで続くであろうその自問自答は、必ず「GKだから」という結論に帰結した。
ピッチに立つ11人のうち、唯一手を使うことが許され、その証として自分だけ違うユニフォームに身を包む。それでいて一番目立たない異質の役職である。10人のサッカー選手と仕事を共にするGKという別の職業な気さえした。
試合が再開され、5失点した相手チームが血相を変えて一矢報いようと繁田の待つゴールに向かってくる。仮に自軍が何点得点を決めてようと、相手の得点は許さない。唯一キーパーユニフォームを着てピッチに立つ人間の矜持、というより本能でボールに反応していく。敵軍からクロスがあがる、その瞬間にグローブに力を込めてボールを抱えた。
ファインセーブの成功の余韻にひたる暇は一切なかった。パントキックでボールを自軍の前線に運んだ。
ボールの軌道の先に、真昼の空に白い月が見えた。自分に似てる――などという感傷に浸る間もなく、ボールはピッチを駆け巡った。
Nリーグ3部に所属するストラーダ川越の
自分の背中越しに敵軍サポーターから失望の含んだ声援が漏れてくる。今日の試合は陸上競技のトラックを併設したスタジアムであったが、5失点という数字に落胆した、よどんだ声色が繁田のキーパーユニフォームにも伝わってきた。
ここでFWなど、攻撃に参加する選手ならば自らの足で多くの人間の感情を動かしたことに愉楽を覚えるかもしれない。しかし繁田にはそうした発想が湧かなかった。長いサッカー人生で常に自分のような性格でスポーツを続けていられるのか不思議でならなかったし、引退の日まで続くであろうその自問自答は、必ず「GKだから」という結論に帰結した。
ピッチに立つ11人のうち、唯一手を使うことが許され、その証として自分だけ違うユニフォームに身を包む。それでいて一番目立たない異質の役職である。10人のサッカー選手と仕事を共にするGKという別の職業な気さえした。
試合が再開され、5失点した相手チームが血相を変えて一矢報いようと繁田の待つゴールに向かってくる。仮に自軍が何点得点を決めてようと、相手の得点は許さない。唯一キーパーユニフォームを着てピッチに立つ人間の矜持、というより本能でボールに反応していく。敵軍からクロスがあがる、その瞬間にグローブに力を込めてボールを抱えた。
ファインセーブの成功の余韻にひたる暇は一切なかった。パントキックでボールを自軍の前線に運んだ。
ボールの軌道の先に、真昼の空に白い月が見えた。自分に似てる――などという感傷に浸る間もなく、ボールはピッチを駆け巡った。