アディショナル・タイム

文字数 1,086文字

 相手選手のトラップミスにより、ボールがタッチラインを割る。ピッチに立つ22人全員が試合終了かと感じたが、主審は1度しか笛を吹かなかった。
 試合はまだ終わらない。
 第4審判が「4」という数字を示してから、もはや無限にも近い時間が経過したような気がしたが、汗と泥にまみれた選手たちの苦悩は続くことになった。試合前半激しい豪雨に見舞われるも、後半10分ごろから一転して鋭い日光に晒されるようになるようになった今日の芝は、最悪と形容するほかなかった。最悪な芝は3-3という波乱の展開を呼び起こし、さらに選手の感情をも疲弊させた。

 繁田の守るゴールから、そう遠くない位置からの味方のスローインだった。相手GKもアタッキングサードと呼ばれる前線まで上がっていた。試合終盤にGKが前線まで上がってくることは珍しいことではなかったが、ピッチに2人しかいないGKが相まみえるのは、繁田としても妙な心持がした。相手GKの彼もまた、繁田とそっくりの疲れ切った表情をしていた。
 勝ちたい、それも自分の活躍で。そうした感情のせめぎあいこそサッカーでありスポーツであったが、時折邪な感情が現れては押し殺した。引き分けなら別にかまわない、すでに3失点もしてるのだから、冷房の効いたロッカールームで早くシャワー浴びて、マッサージをトレーナーから受けたい。だが試合はまだ終わらない。そういう表情だった。

 スローの前に小競り合いがあり、主審が止めに入った。ぬかるんだ芝に足を捕られてふらついた際に接触があったようだ。カードこそ出なかったが、両軍の若い選手数名がエキサイトし、少々粗暴な言葉が漏れた。興奮している当事者を除いて両軍の選手から生気が失せていく。またしても試合終了が遠ざかるからだ。もはやスポーツマンらしい表情の選手は誰一人としてピッチに居なかった。
 
 ようやく場の空気が落ち着き、試合が再開された。雰囲気さえも最悪になった試合を象徴するかのように、ボールもあちこちに動き回り、こぼれ球を相手GKがシュートした。繁田は両手でその球を押さえつけた。球威は本職のフィールドプレーヤーに劣るものの、タイミングとコースはかなり良く、繁田の目測の2歩ほど先に小バウンドしたため、内心ではひやりとした。

 やけくそにも近い形でボールを力の限り遠くへ放った。ペナルティエリア外のがら空きになったエリアに転がっていった。それでも試合は終わらない。最後の力をふり絞って全員が繁田の投げたボールを追いかけた。繁田も今度は攻撃に参加するべく、最後列からぬかるんだ芝を駆けあがることで、必死に身体を休めたい欲求に抗った。
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