第8話 エピローグ
文字数 676文字
邯鄲の夢ーエピローグ
「黒川君起きろ、目を覚ませ、粥が煮えたぞ」と松尾に身を揺すぶられ、翔太が目を覚ました。
「ここは?」
翔太が辺りを見回した。
「千住大橋のたもとじゃねえか、何をまた今更言っているんだい」
横殴りの雨がブルーシートを打ち、ポツポツと小屋に響いている。
翔太は、とり急ぎブルーシートの外を見た。
「は、橋がある」
「そりゃあるさ、あたりめえだ」
松尾は椀に熱々の粥をよそると、「あちっ」と小さく呟き、翔太に手渡した。
翔太は、湯気の立つ椀を受け取ると無性に涙が溢れてきた。
「どうしたい涙なんか流して、やっぱり寒い朝の粥はいいもんだよな」
松尾の言葉が恩着せがましくない。
「ああ、美味いよ。最高だ」
湯気のたつ粥椀が妙にありがたく思えて、翔太はかみしめるように啜り、手元の小さながま口を握りしめた。
「金は?小銭ならいくらかあるんだぜ」
翔太が、松尾を見上げた。
松尾は静かに首を振ると、なけなしのインスタントコーヒーを淹れて翔太に勧めた。
「秋雨に 打たれてしぐれる 粥の客」
松尾が一句詠むと、翔太がふっと自嘲的に笑って涙目を拭った。
狭いブルーシート小屋に男二人の粥椀を啜る音が響く。
「実家に戻る気になったか?」
何を思いついたのか、松尾が唐突に聞いた。
「ああ、戻って四段の編入試験にまた挑戦するよ。できるさ、できるとも、俺の人生はまだ詰んでない」と翔太は力強く応えると、手元の盤面にまた目を落として、と金をグイッと動かしてから、また寡黙になった。