第6話 見慣れた風景

文字数 2,267文字

邯鄲の夢ー⑤見慣れた風景

 小一時間は走ったのだろうか、ジープから降ろされてアイマスクを外された翔太が目にした光景は、令和のそれと瓜二つであった。

 翔太は、早速にレザベーションのレセプションセンターに連行された。
 
 「まずは、面接を受けてもらう」
 英愛兵は、刑事の取り調べ室のような所に翔太を連れて来た。

 「大尉、黒川翔太です」
一緒にジープに乗ってきた英愛兵は、入室するなり敬礼するとすぐに立ち去った。

 「君が、黒川翔太君か。まあかけたまえ。私は、面接官の橋元大尉だ。私はこのレセプションセンターで英愛兵の小隊を率いていてね、君のような新参者のスクリーニングを担当しているんだ」
 この大尉と呼ばれる三十代後半であろう人物が、意外なほどに柔和なのに翔太はいささか安堵した。
 
 「まず、君は州民カードを失った。それでもここでは、生きていける。真面目に勤めて、反省文を書いてそれに署名をし、さらに英愛マリアさまに忠誠を尽くす宣誓書を読み上げさえすれば、州の記念日には特赦が下りアネイブル地区に復帰することもできる」
 大尉の口調は穏やかだが、眼光は鷲のように鋭い。
 
 「お、俺は機械になんか忠誠を尽くさない。たとえ死んだって」
 翔太の抗弁は、直ぐに大尉の言葉によって遮られた。

 「宜しい。ここでは金が全てだ。金がないと何もできない前時代の復刻社会だ。それで君のレザベーション入所にあたって、州民銀行券一万円を貸し出し州民銀行のキャッシュカードを渡そう。早速にレセプションセンターの窓口で住む所と職の手配をしてもらえ。ここでは、働かないと食えないぞ」
 翔太は、受け入れというものがもっとしつこいものと思っていたが、思いの他簡単で突き放されたようでもあり拍子抜けした。
 
 いくつかある窓口には既に列が出来ている。皆、住処と職場を求める人達だ。透明なアクリルガラス越しに緑色の制服を着た英愛兵が忙しく事務仕事をしているのが見える。
 「こんなに大勢、いつの時代も結局は同じじゃないか。ただ兵隊が処理してるのがどうもな」
 翔太は、順番待ちの紙をとると番号が読み上げられるまでソファーで待つことにした。
 
 「だから、何度も言っているじゃないか。俺はもっと稼がないとこの世界でやっていけねえんだよ」
 順番が来て窓口で吠えている男は、抗弁が過ぎたのか駆けつけた英愛兵の警備に小脇を抱えられるようにして摘み出された。

「今は、生憎と大勢詰めかけたので護岸工事の仕事しかないぞ」
 順番が来て職を求めた翔太に、窓口の英愛兵が斡旋したのはこれしかなかった。
「何でもいい。明日から働かせてくれ」

「では、明朝6時半にこのレセプションセンター前からバスが出るから遅刻しないように。これが明日の仕事を約束するチケットだ。仕事は毎日あるわけじゃないから注意しろ、まあ現場監督の英愛兵に気に入られることだな」
 窓口の英愛兵は、明日の仕事チケットにポンとスタンプを押すと翔太に渡した。

 「待ってくれ、住む所はどうなる?」
 「レセプションセンターを出たら、前の通りを左手にずっと歩いていけ。素泊まりだけの宿が並んでいる。旧山谷のドヤ街の名残りだ」

 翔太は、センターを出ると日の暮れる道をとぼとぼと南下し始めた。途中の川沿いに青テント村が見え、住民たちがぼうっと翔太を見つめてある。皆、眼に生気がない。
 「ここでも同じだな」

ほどなくして山谷の旧ドヤ街に到着した。

 翔太は、その中でもひときわ安い、一泊2200州民円の宿「Love」を選んだ。
 「すみません。今晩空いてますか」
 翔太が恐る恐る聞いてみた。
 「金はあるのか」
 「あるにはあるけど」
 翔太は、センターから借りたなけなしの一万州民円をさしだした。

 お釣りが6700州民円しかなかったので、翔太は窓口の英愛兵に食い下がった。
 「おい、計算が間違っているぞ。お釣りは7800州民円だろうが」

 「間違ってはいない。このレザベーションの消費税は、50%なんだからな、よく覚えとけ」
 英愛兵は、至って冷静である。

 翔太は、頭から冷水を浴びた気分になった。
「飯は、夕飯は皆どうしているんだ」
 翔太は、腹の虫がさっきからグウと鳴っていた。

 「近くの労働公園で炊き出しをしている。栄養のバランスがとれたケータリングなので、金のある者はそこで食べる。無いものは、コンビニの握り飯だ」
 英愛兵は、勤務時間が過ぎたのか受付を片付け始めた。

 「やれやれ、また金か」
 宿からもらった地図を頼りに公園についた翔太は、炊き出しに並ぶ疲れ切った労働者たちを眼にした。列の先頭には、「1000州民円、食い逃げ厳罰」の幟が見える。

 翔太は、他の労働者のようにトレーを持って列に並んだ。白飯に味噌汁、すき焼の煮物、サラダ、最後にお茶と蜜柑が一個つく温食のケータリングである。

 列の最後に会計となる。一つ前の男は、金がないのかキャッシュカードで払い、「もう破滅だ」と小さく呟いた。

 翔太が1000州民円を払うと、英愛兵が翔太の持っているトレーをガシッと掴んで放さなかった。
 「なんだ?金なら払ったじゃないか」

 「消費税込みで1500州民円だ」
 翔太は愕然として、なけなしの3300州民円から払い、手元には1800州民円しか残らなかった。
 
 翔太のレザベーションでの初日は、こうして始まった。
 
 

 

 
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