第4話 モナvsゴールデンレトリーバー

文字数 1,576文字

 子どもの頃は、犬と暮らすのが夢だった。
 毎晩、犬の飼い方の本を、敢えてうしろの章から読んでいた。
 だいたいうしろのページには、「お葬式」「ペットロスを乗り越えるには」などが書かれていた。おそらく、愛犬を亡くしたときの辛さからまずは知っておこうと思ったのだろう。
 そんなものは体験してみなければ微塵も理解できないことだが、当時の私は犬と一緒に暮らすことを親に許してもらうため必死だった。
 しかし、いざ猫と暮らしてみると猫の魅力にどっぷり。もうこの沼からは二度と抜け出せないだろう。それでも動物病院の待合室にワンちゃんがいると、つい目で追ってしまうのは大人になった今も変わらなかったが。

 さて、今日はマニエラとモナが避妊手術を終えて1年くらい経った頃、まだまだヤングだった頃の話をしようと思う。
 最初に通っていた動物病院では圧倒的にワンちゃんの飼い主さんが多かった。
 ゴールデンレトリーバーなどの大型犬ほど地べたに座って静かに順番が来るのを待っている印象だが、マニエラとモナの頭の中では常に警報器が鳴りっぱなしだったのだろう。
 待っている間、キャリーバッグの中で身を固くし、両耳をゴールデンレトリーバーのワンちゃんのほうへと向けてその一挙手一投足に慄いていた。
 その動物病院では、自分の番がくるとキャリーバッグから出した状態で待機するのがルールだった。
 ただでさえ待合室はせまく、横一列に並べられたイスに座っているのはこの日、右にも左にもワンちゃんばかり。しかもこの動物病院は受付をはさんでいくつかの診察台が丸見えのワンルーム(手術室は別の部屋)。あちらこちらから悲痛の叫び声がようしゃなく聞こえてくるので、不安で足元をくるくる回っているワンちゃんもいた。
 この緊迫した状態で出せば、我が家の猫も過呼吸になったり気絶したりしないだろうかと内心不安だったものの、思い切ってマニエラとモナをキャリーバッグからだした。
 膝に乗せた2匹は、一心同体を体現したように寄り添っていた。
 私は首輪から伸びたリードを力強く掴み、2匹の背中を交互に優しく撫でてやった。
 
 しばらくして、モナが特に警戒していたゴールデンレトリーバーの名前が呼ばれた。
 「ベニマルちゃん(仮)。伊藤ベニマルちゃん!」
 飼い主の女性は素早く立ち上がり、リードにつながれた愛犬を引っ張って私の前を横切ろうとした。自然と2匹を抱える腕に力が入る。
 そして、診察台へと移動する飼い主の女性とベニマルちゃんが目の前を通過したとたん!
 「ペッペッペツ!」
 突然モナは立ち上がり、目と鼻の先まで接近してきたゴールデンレトリーバーに唾を吐きかけたのだ。
 それまで身を縮めて震えていたモナが!
 3キロにも満たない小柄のモナが!
 何が起こったのか理解するのに少し時間がかかった。
 気づいたときにはすでに、モナは私のお腹に身を委ねてガタガタと震えていた。
 ありったけの勇気は、大型犬に3回唾を吐く行為だけに注がれたのだろう。
 今思うと笑ってしまうエピソードのひとつだが、モナの勇敢さにはちょっと痺れた。

 大型犬はどういう反応を見せたか気になるって?
 そりゃぁ、ノーダメージですよ。
 いや、眼中にないという表現のほうがしっくりくるかもしれない。
 結局、この動物病院にはこれを最後に利用することはなくなったのですが、家族の間でモナの武勇伝は今もなお昨日のことのように語り継がれています。
 「マニエラとあんたを守ったんだよ、モナちゃん!」 
 母に言われた一言。
 惚れ直してしまうじゃないか〜!

 …って待てよ、「穴があったら入りたい!」エピソードはどこへ行ったのだ?これでは、「恐怖過ぎて穴があったら入りたかった」になってしまうじゃないか。
 今度こそ、今度こそ、モナちゃんのハズカシイエピソードをご紹介したいワン…【続く】
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