第6話 トッテテン トッテテン

文字数 1,311文字

 子どもの頃から私は自分の部屋が大好きだった。
 今にして思うと、自分の部屋を持つことができたというのはとても贅沢だったなぁと感じる。
 もし兄とも姉とも年が離れていなかったら、部屋の真ん中にポールを置いて「ここからは私の聖域だからね~」と言い合い、兄姉と必死に戦っていたかもわからない。
 
 当時、そんな大好きな自分の部屋にこもっていったい何をしていたのか。
 思い出せるのは、様々な物語を考えて妄想に耽ったり、絵心がないくせにイラストを描いたり、漫画を読んだり、ファンレターを書いたり、図鑑を読んだりしていたこと。
 しかしいつだってそれらの幸福なひと時は、「ドドドドドドド」という凄まじい足音によって現実へと強引に引き戻された。
 最初の「ドド」あたりで、それが母の足音だとすぐにわかった。
 「朝だよ!」「ご飯だよ!」「宿題の時間よ!」「寝る時間よ!」
 それらの言葉は、たとえ発せられなくても足音にしっかりと含まれた状態で聞こえてきたのだから怖ろしい。
 これぞ、恐怖のドドドだ。
 
 こんな具合に愛猫の足音にもやはりそれぞれ特徴があった。
 最後の最後までモナはヤングたちに混ざって室内を活発に走り回ったり、各部屋に異常がないか確認するように徘徊していた。
 よく新陳代謝が良かったり、爪の先の刺激が多いほど伸びるのが早いと言われているが、もしかすると猫にも当てはまるのかもしれない。
 マニエラと比べてモナのほうが早く爪が伸びていたように思う。なのでマニエラと同じ間隔で爪切りをしようとすると、普段の足音とは別の音が聴こえてくるようになる。

 トッテテン トッテテン トッテテン
 
 モナが歩くたびに床に当たった爪先が、そうしてリズミカルな音を鳴らす。
 ああ、なんて愛らしい音色なのだろう。
 「モナちゃん、そろそろ爪を切るタイミングだね」
 私がそう話しかけると、「うわあああ」と爪とぎを否定する声が決まって返って来た。
 このやりとりによって愛しさも二倍となる。

 しかしモナが魂の存在となってからは、当然ながら「トッテテン トッテテン」という足音は、我が家から完全に消えてしまった。
 私の日常から奪われてしまった足音。
 1、2ヵ月大好きな音楽も聴けなくなっていたので、モナの足音が聴こえなくなったことがしばらくの間本当に耐えられなかった。
 
 幸福を運んでくれた足音。トッテテン。
 いつまでも聴いていたかった足音。トッテテン。
 できればその音を宝箱に閉じ込めておきたかった足音。トッテテン。
 モナが元気であることを象徴する足音。トッテテン。
 モナにしか奏でることができない足音。トッテテン。
 トッテテン トッテテン。

 もう少し先になるかもしれないが、私が精神的に弱っているときなんかにふと、空の上から聴こえてくるかもしれない。とりあえず今は「トッテテン トッテテン」とときどき口ずさむことで、天国にいるモナに、モナの声真似をする私の声を聞いてもらおうと思っている。
 いずれ、「それは嫌ぁぁぁ」と否定的な返事が降ってくることに期待しつつ……。

 あらやだ。ちょっとしんみりしちゃったわね。
 次回は明るく「噛噛噛」の話でもしようかしら……。【続く】
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