【6ヶ月目】吉報は不意打ちで

文字数 1,719文字

9月。変わり映えのない毎日に気が遠くなる時期だった。果たしてこの繰り返しはいつまで続くのだろうかと。
永遠という言葉の意味が分かりかけてきた気がする。……何の歌詞だ。

今になって思い出せることとして、まず一つ目は久々に学生時代の友人Tに会った。
彼は明るい男で流行に敏感、器用かつ気配りも欠かさないため人望もある(長所のみ抜粋)。

街を歩きながら「今は働いてないんだわ」と言うと、彼はウヒョウヒョ嘲笑いながら「無職? 無職?」と連呼してきた――。

私達は冗談混じりに毒づき合う間柄だし、普段なら貶し合いも日常で盛り上がるのだが、当時どうしても転職が決まらず焦りの真っ只中にいた私は〈無職〉というキーワードを軽やかに流せなかった。
恐らく世の中で最も嫌いな熟語を問われれば、光の速さで〈無職〉と答えていただろう。
質問に対し食い気味で。 迷うこと無く一択で。

つまりTはジョークのつもりだったのかもしれないが、私にはウザさこの上ない煽り文句だったのである。
あまりにも腹が立ったので「無職の件は笑えないわ!」と伝えたら、「この程度でキレるような仲かよ?」と強めの口調で返してきた――。

2人の関係性を肯定的に語るその反論に対して、何だか責めるに責められなくなってしまい、喜ばしさと腹立たしさが混ざった謎めいた心境になったのを覚えている。
結果、私は言葉に詰まってしまった……。
隙のない返答……非の打ち所がない対応……さすがだ……。
あまりにも万能かつ便利なセリフなので、友人をブチ切れさせた際には私もいつか有効活用しようと思った。

思い出せることの二つ目は、当時自転車で散策していた道に時折いた2、3匹のノラ猫だ。
持っていたパンをあげると美味しそうに食べていたので、それ以来たまにキャットフードを持ち出掛けていた(ノラ猫に困っていた近隣の方々、すみません)。

シーチキンのような柔らかいタイプではなく、シリアルのような固いタイプのキャットフードだ。
おそらくノラ猫的には前者が好ましいのだろうか。後者を避け食べないノラ猫もいる。
人間なら〈甘エビ〉か〈エビせん〉といった具合だろう。

ある日ノラ猫と別れ、鞄の中に余ってしまったキャットフードをどうしようか迷っていたら、ふいに上空からハトが舞い降りて来た。
「……食べるのかな?」と思い数粒を放ってみると、ハトは即座に食らいついた。その勢いたるや、ノーバウンドでキャッチしていたような気さえもする。

手こずりつつも美味しそうに食べるのを眺めていると、急に「!!!」という表情で翼を畳み空中から川縁に落下、ブッ倒れたまま動かなくなった。
固唾を呑んで見守っていると、数秒間の静寂を経て元気に動き出したためホッとしたが、正直だいぶ焦った。
確実に演技ではない、本気の「!!!」だった為、私は危うく都会の片隅に暮らす〈ハト・キラー〉と化すところだった。

三つ目に思い出すことは、午前中に面接があった日。
特に興味を持っていた企業であり筆記テストも行われたため緊張もしたが、若干ながら面接に慣れてきていたのか、私にしてはリラックスして臨めたように思う。

よく晴れた日だった。

帰宅後、穏やかな気分で面接の礼状を書き、午後は郵便局へ寄るついでに散策へと出掛けた。 
アパートから15分程で着く、見つけたての小さな駅前通りを自転車で流していると電話が鳴った。路肩に降り、出てみると午前に受けた企業からだった。

…………受かったとのこと。

今までは通知が早くて1週間、半月や1ヶ月以上の会社もあった。
数時間後とは予想外にも程がある。
何ともあっけない、想像も出来なかった幕引きだ。
突然過ぎた知らせを受け、しばし理解が追い付かなかった。

あぁ、よかった――――!

とても嬉しい。すごくありがたい。
時間差で心中いっぱいに喜びが湧き出てきた。同時に転職活動が〈終わった〉とようやく胸を撫で下ろせた。

瞬間で語るなれば、何もかもを受け入れられるような、誰とでも笑顔で接することが出来るような心境だ。
友人Tの「無職? 無職?」さえも笑い飛ばせる余裕。
ハトの「!!!」さえも遥かに凌ぐ衝撃。

360°見渡せる大地を独り占めしたかのような、果てしなく限りなく広々とした気持ちだった。 〆
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