【3ヶ月目】真っ昼間からの銭湯巡り

文字数 1,278文字

6月。梅雨時は外出が減る。
面接や書類の買い足しが無い限り出掛けなければならない理由も無い。

そのため雨の合間に時々ある晴れた日、私はすかさずタオルやシャンプーをリュックに詰め込み銭湯へ向かう。小雨程度でもかまわず銭湯へ向かう。
当時はここぞとばかりに昼間から湯舟に浸かれる贅沢な境遇を堪能していた。

ある日何気なく寄った銭湯で〈入浴スタンプラリー〉なるものをくれた。
中野区・杉並区の銭湯を10軒回り、スタンプを溜めて応募すると抽選で入浴券が当たるとのこと。
退職前なら時間がないし頻繁に銭湯は来れないしと流すところだが、なんせ今は無職、自由という意味でならもはや無敵だ。

(現時点で私の視界を遮るものなど、この地球上に何一つとして存在し得ない)

などといった謎の万能感に満ちたセリフが脳内に響き渡った。
という訳で、当たる当たらないは二の次としてアパート周辺の銭湯巡りを始めるようになったのである。

ついでに外出時はゴミを拾うという柄にもない行動を心掛けていた。
理由は〈運気を好転させる方法〉といったありがちな本でツキが上がると読んだからだ。
真に受けた訳でもないが本当に藁にもすがりたい心境だったので、願掛け程度に空き缶などを拾っていた。
我ながら単純過ぎだ……。結果、直ちに影響はなかった……。当たり前か。

昼間に行く銭湯はどこも客の年齢層が高く、語りたがりな中年男性に話しかけられたりもする。

中年男性「兄さんよく来んのか?」
私「いえ、初です」
中年男性「オレな、通ってんだ。太鼓やってんだけどな、湯船熱いから肩にいいんだよ」
私「へぇ~」
中年男性「まぁな、オレらの団体もな、日本じゃもうトップの方だから」
私「はぁ~」

話しかけてくる男性達はだいたい自己紹介的な自分語りをする。その後、本編と思われる自慢話を織り交ぜてくる輩も珍しくない。
基本的に相槌を打っていればエンドレスで喋り続けていて、見習いたいほど自信満々だ。

遠くの銭湯は檜の露天風呂や一人用の桶風呂、かき氷まであって行きつけの場所になった。自転車で30分の距離は運動にちょうど良い。
一時期頻繁に通っていたので、毎度露天で世間話をしている常連の高齢者達から露骨な視線を浴びせられるのが恒例となった。……浴びたいのはシャワーだけなのだが。

近場にある客がまばらな銭湯は、15時の開店タイミングで行けばもう自分一人の貸し切り状態だった。
――私の天下だ――と油断してサウナにあるテレビのチャンネルを変えて観ていると、見事な入れ墨を背負った常連が入って来てリモコンを渡すべきか否か迷ったり。

主人の趣味で壁一面にスポーツカーのプラモデルが大量にディスプレイされている銭湯もあった。
「どうせなら戦闘機のほうがシャレになるのに……」などと下らないことを考えながら、体と一緒にだんだんと思考も解れてくる。

呑気で平穏で、とてもありがたい時間にいるのだなと思った。

結局無職の期間が終わるまで銭湯巡りは続き、後日スタンプラリーの応募は見事当たった! ゴミ拾いの効果だろうか?
欲を言えば入浴券よりもすぐさま内定が欲しかったが……贅沢は言うまい。 〆
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