第3話

文字数 1,087文字

 インターネットで検索しても祠に関する情報は出てこなかった。
 ここから一番近い図書館は、と調べると市の図書館が駅の向こうにある。徒歩で行くには遠い。アパート共有の自転車を借りることにした。シェアサイクルというと聞こえはいいが、以前の住民が置いていった古いママチャリだ。
「若君はここに」
 荷台を指差すと、若君は素直に頷いた。

 ()える人に会いませんように、と祈りつつ、落ち武者を乗せた自転車を走らせる。
 図書館に向かう途中、彼は熱を込めて語り続けた。
「姫は本当に素晴らしい方なのだ。容姿もだが、なによりその心根(こころね)の清らかで慈愛深きことといったら。それでいて芯は強く(りん)としておられる。あの方が月なら他の女子(おなご)などみなスッポン。よくぞあのような方がこの濁世(じょくせ)に生をうけたものよ、と……」
 そうか、スッポンか。私は無言で自転車を漕いだ。

 受付で用件を伝えると、郷土資料室に案内された。
 品の良さそうな白髪の男性職員が、すぐに棚からパンフレットを出してくれる。
「若宮さまでしたら、少しですがこちらに記述があります」
 あの祠は若宮さまと呼ばれているらしい。
 礼を言って冊子をめくる。若宮さまの説明は写真付で1ページ。

『いずこからか、高貴な姫君が「四郎」という美々しい若武者に守られて落ち延びてきた。姫君は土地の者たちに大切にかしずかれ、この地で生を(まっと)うしたが、深手を負った若武者は間もなく亡くなった。この祠はその若武者を祀ったものである』

 たったこれだけだ。
 目新しいのは若君が「美々しい」と記されていることくらいか。
(美々しい――、かなあ)
 横目でちらっと窺うと、若君はじっと男性職員を凝視している。乱れ髪の奥からのぞく眼光は鋭く、お化け屋敷の中に立っていたら子どもがお漏らしするレベルだ。
 まずい。収穫なしの手ぶらでは帰れない。これからの生活に差し障りが出る。
「あそこは今、どなたが管理しているのですか」
 そう質問するとその職員は、おや、というふうに首を傾げた。
「あ、いえ。毎日前を通りかかるのですが、いつもきれいなお花が飾られているので」
「実は、代々我が家がお世話をしているのですよ」
「え?」
 思いもかけない言葉に私は目を(みは)った。
「こんなふうに興味を持っていただけるのは嬉しいですね」
 彼はそう言って、照れたように頭を掻いた。
 ものすごい偶然、でもないのだろうか。いわく伝説のある古い祠を管理する家に生まれた人が故郷の歴史に関わる職に就く、というのはありそうなことだ。
(……ている)
 小さな呟きが若君の唇から漏れた。しかしその声は、男性職員の解説にかき消され、聞き返すこともできなかった。
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