ブレる
文字数 1,268文字
A4の用紙が、右に留められている。
一番大きな文字は、
訴状。
そして、
月島 芳 の文字。
脳漿ごと揺れる感覚がした。
芳が見ている世界は、ビデオカメラを落としてしまったときのようにブレる。
心臓が早鐘を打ち、食道のあたりが焼けてしびれる。
目眩がしそう。
“いっぱいの訴状 とザーメンぶっかけて法廷で追い詰めてくださぃぃぃ♡ 人生がっ、人生がっ、めちゃくちゃになるくらいにやっっちゃってください”
昼間のプレハブ小屋での下賤な情事が思い出される。
それ は、1枚や2枚ではなく、ざっと数えて50枚はあると思われた。
50回も訴えられる人間など、そうそういない。
社が芳に見せた訴状の束は、“ダミー”だ。
いわゆる偽物。
プレハブ小屋での“遊び”の小道具である。
ファイルの中身が、どういったものかを確認して現実を認めた芳は、社の手からファイルを強奪するようにひったくった。
芳の顔が、真っ赤に上気していく。
それは、そこはかとない羞恥からであった。
「ひどい!! なんてことするんですか!!」
ふだん温厚な芳の、腹の底からの怒鳴り声がブルースカイ法律事務所に響いた。
芳の全身は、羞恥に火炙りにされ、ただれていく。
握りしめられたファイルはぎゅうと、二箇所を起点に折れ曲がる。
「せめて、シュレッダーか何かにかけたほうがいいのかな?と」
対する社は、現実を冷静に俯瞰しながら場違いなアドバイスをする。
「いや! いやっ! 最低!」
こんなもの、ビリビリに破って捨てれば良かった。
行為のあとは、疲労と恍惚で、ついうっかり大量の“訴状”をドサっとゴミ袋に突っ込んでいたことに対する後悔が津波のように押し寄せる。
さよなら。
ブルースカイ法律事務所。
社先生。
さよなら……。
ファイルを抱いて、そのまま事務所のドアへまっしぐらに走る。
荷物は宅配便で送ってくれればいい。
「芳さん! 待って! 荷物は!?」
「もう二度と来ないからいいの!!」
エレベーターを待つ余裕など、ない。
非常階段から出るしか。
煌々と光る蛍光灯が、非常階段エリアを白く塗りたくっている。
真白に目が眩みそうになりながら、突き当たりまでダッシュして、螺旋階段を、シンデレラのように駆け降りる。
ミュールの踵を踏み外し、足首をくじきそうになる。
痛む足首を無視して、ひたすら1階を目指す。
「芳さん! 待って! 誤解したままここを去ってほしくないんです!」
社の叫びが、後ろから追いかけてきてこだまする。
「やめてよ! 軽蔑するならしてよ! 脅すなら脅してよ!」
社のローヒールパンプスの踵がカンカンカンカンと鳴る音がする。
どうして追いかけてくるの。
ビルの入り口の重いガラスのドアが、普段より重く感じた。
いつもは、ドアを押さえて待っている芳だが、今日だけは、ドアを開け放ったまま一目散に左へ曲がる。
タクシーを捕まえるためだ。
歩道をパンプスの踵が打つせわしない音が、背後から響いてくる。
右手を上げ、走りながらタクシーを捕まえようとする。
後ろから、叫び声が聴こえる。
一番大きな文字は、
訴状。
そして、
月島 芳 の文字。
脳漿ごと揺れる感覚がした。
芳が見ている世界は、ビデオカメラを落としてしまったときのようにブレる。
心臓が早鐘を打ち、食道のあたりが焼けてしびれる。
目眩がしそう。
“
昼間のプレハブ小屋での下賤な情事が思い出される。
50回も訴えられる人間など、そうそういない。
社が芳に見せた訴状の束は、“ダミー”だ。
いわゆる偽物。
プレハブ小屋での“遊び”の小道具である。
ファイルの中身が、どういったものかを確認して現実を認めた芳は、社の手からファイルを強奪するようにひったくった。
芳の顔が、真っ赤に上気していく。
それは、そこはかとない羞恥からであった。
「ひどい!! なんてことするんですか!!」
ふだん温厚な芳の、腹の底からの怒鳴り声がブルースカイ法律事務所に響いた。
芳の全身は、羞恥に火炙りにされ、ただれていく。
握りしめられたファイルはぎゅうと、二箇所を起点に折れ曲がる。
「せめて、シュレッダーか何かにかけたほうがいいのかな?と」
対する社は、現実を冷静に俯瞰しながら場違いなアドバイスをする。
「いや! いやっ! 最低!」
こんなもの、ビリビリに破って捨てれば良かった。
行為のあとは、疲労と恍惚で、ついうっかり大量の“訴状”をドサっとゴミ袋に突っ込んでいたことに対する後悔が津波のように押し寄せる。
さよなら。
ブルースカイ法律事務所。
社先生。
さよなら……。
ファイルを抱いて、そのまま事務所のドアへまっしぐらに走る。
荷物は宅配便で送ってくれればいい。
「芳さん! 待って! 荷物は!?」
「もう二度と来ないからいいの!!」
エレベーターを待つ余裕など、ない。
非常階段から出るしか。
煌々と光る蛍光灯が、非常階段エリアを白く塗りたくっている。
真白に目が眩みそうになりながら、突き当たりまでダッシュして、螺旋階段を、シンデレラのように駆け降りる。
ミュールの踵を踏み外し、足首をくじきそうになる。
痛む足首を無視して、ひたすら1階を目指す。
「芳さん! 待って! 誤解したままここを去ってほしくないんです!」
社の叫びが、後ろから追いかけてきてこだまする。
「やめてよ! 軽蔑するならしてよ! 脅すなら脅してよ!」
社のローヒールパンプスの踵がカンカンカンカンと鳴る音がする。
どうして追いかけてくるの。
ビルの入り口の重いガラスのドアが、普段より重く感じた。
いつもは、ドアを押さえて待っている芳だが、今日だけは、ドアを開け放ったまま一目散に左へ曲がる。
タクシーを捕まえるためだ。
歩道をパンプスの踵が打つせわしない音が、背後から響いてくる。
右手を上げ、走りながらタクシーを捕まえようとする。
後ろから、叫び声が聴こえる。