社先生は私をゆるさない
文字数 3,247文字
翌日。
ブルースカイ法律事務所に1番乗りに出勤するのは、いつだってパラリーガルの芳だ。
弁護士補佐が、のろのろ出勤しているようでは、何のためのパラリーガルといえよう。
ブラインドを開ける。
コピー機のインクや用紙の補充。
今日の法律相談シートを案件ごとにまとめて、ゼムクリップで留めておく。
相談室のクラシック音楽をかけておく。
芳の朝課は、弁護士先生が仕事をしやすいように、準備を整えることだ。
そして15分くらいすると、いつも大体1番乗りで、社 先生が来る。
誰もいない事務所だと、起案や公判手続きメモの作成が捗るから、とのことだ。
芳は、そわそわと落ち着かず、プレハブ小屋をそっと開けた。
静寂。
コピー用紙が入った箱の山。
シュレッダーをかけた書類が詰め込まれたゴミ袋。
減価償却費0円の故障したコピー機が埃を被っている。
あの上に乗って、先生方に犯してもらったこともある。
目立った染みひとつないカーペットは、実は、私の唾液と愛液と先生方の精子で汚れて……!
そう考えると、早朝だというのに、女の部分がじんじんと疼き始め、次第に濡れ出してーー。
「おはようございまーす」
「ひゃっ」
「おおっ」
ローヤーズバッグを肩に、ノートパソコンを抱いた社が、芳のいる方向を振り向いている。
芳は、プレハブ小屋の扉を慌てて閉めたばかりなので、彼女のいる位置は、“プレハブ小屋”の前である。
「どうですか? 調子は?」
社は特に、プレハブ小屋の前に芳がいることについては突っ込まず、「よいしょっと」等と言いながらパソコンと充電アダプタを繋いでいる。
立ったままパソコンを起動する社に「大丈夫ですよ、私は。社先生は順調ですか?」と答えながら、給湯室へ向かう。
否、逃げたのだ。
昨日の今日 で、社と二人きりは気まずい。
だが、芳の切なる願いに反してーー。
社は給湯室にやってきた。
「いいですよ。自分で淹れるので」
芳の肩に手を置き、とても優しく押しのけた社は、芳が用意した社愛用のマグカップーー猫と肉球が描かれているーーを、棚にしまい直す。
そして、シンクにもたれる。
「芳さん、持ってきましたよ」
社は、意味ありげに微笑みを浮かべている。
「先生、まさか、本当に」
返事の代わりに、鼻でふふっと笑い、社はシンクから身体を離す。
そして、芳を手でこまねく 。
ふだんは絶対に、こんな真似しない社だがーーもう、“遊び”が、始まっているのだ。
芳の心拍数は、BPM100にぐぐっと近づいていく。
ローヤーズバッグを、開けてファイルや実務書を取り出す社を、芳はじっと見つめた。
「『カオル』って呼んだ方がいいかな?」
芳の呼吸は止まりそうになった。
「いやっ、他の先生方がいるときは、さすがに駄目ですっ」
「ふふ、どうしようかな〜」
眉目秀麗な顔が、ニヤけて、崩れ、それでも、それもまたいいと思える顔に、女性の部分が、反応して疼く。
「ほら、カオルが好きなモノ、でしょ?」
社が、ローヤーズバッグから取り出したのは、南京錠つきのチョーカーと、赤いロープだった。
赤いロープを、荷物を梱包するときの人みたいに社は掴む。
そして、伸ばしたロープを、くるくると人差し指に巻きつける。
「じゃあ、上だけ服、脱ごうか」
「えっ」
「『えっ』じゃないよ。私にさせるの? パラリーガルが、弁護士の私に?」
社は、唇の端を歪め、目を軽く見開く。
芳を心底バカにするように。
社先生……本気 で私なんかと遊んでくれてるのね……♡
キュンーーとキたあと、芳は、伏せたまぶたにくっついたまつ毛を震わせ、頷いた。
「はい」
「じゃあ、早く脱ぎなよ?」
芳は、ブラウスのボタンに手をかけ、ほどき始める。
「早くしないと、他の先生来ちゃうよ?」
「はい」
これこそが、芳の望んでいたことなのだ。
強いて文句を言うなら……。
いや、言っちゃおうか、いっそ。
そしたらもっと社先生は私を罵ってくれる……はず……♡
「あ、あのっ。社先生」
「なに?」
ブラウスのボタンは4つ目が外れ、淡いブルーのブラジャーが姿を現しているところだ。
「わ、わがままなお願いかもしれませんが、べ、弁護士バッジをもし今日お持ちでしたらつけて欲しいなって……その襟に……」
しばらく表情が固まっていた社だが。
やがて、両目を薄く見開き、唇を、にぃぃぃーっと細める。
「そうだね。そうしないと、カオルは興奮しないんだったね。じゃあ、あの例のお部屋で縛り付けてあげるから、弁護士の私を連れていきなさい。淫乱で従順パラリーガルのカオルさん」
「はい」
「それができたら、いいよ。付けてあげる。その代わり何でも言うこと聞くんだよ、いいね?」
「はい」
開いた胸元のブラウスを、万一、他の弁護士先生が出勤してきたときのために真ん中に寄せて下着を隠していると、
「おかしいね。お風呂で裸を隠すヒトはいないだろうに」
芳の後をついてくる社のおかしそうな声も追いかけてくる。
卑劣な詐欺をはたらいた人間を容赦なく追い詰め、バカにするときのような声のトーンと笑い声。
これこそが、求めていたことだ。
「例のお部屋って、ここ……で、よろしいですか?」
というか、ここしかない。
プレハブ小屋。
「パラリーガルなら弁護士の使う言葉ぐらい先回りして押さえておきなさい」
「はい」
「誰に対して返事しているの?」
「はい、やしろ、先生」
プレハブ小屋に入ったふたりは、向かい合う。
見えない鎖が、社の手から芳の首に巻かれているように、主従関係は明らかだ。
「じゃあ、じっとしてなよ」
社はまず、芳の上半身に亀甲縛りを施し始める。
もちろん、スマホで調べながら初心者丸出しのものだったが、芳にはどうでもいいことだった。
「処女を奪われる前の乙女みたいに顔、赤らめても駄目だよ?」
「そんなに赤いですか? 私」
「普通は拒絶するもんなのになぁ……」
変な子、正してあげないと。
芳の耳元に、社の囁き声と息がふわっとかかって、芳は静かに悶えた。
「だらしないねぇ……」
何もかも、見透かされているーー。
昨晩公園で話した際に社先生が自虐的に使っていた言葉が、私に向けられているわーー。
「ほら、できた」
まるで芳が無理を言って社に亀甲縛りさせたみたいな言い方である。
「ありがとう……ございます」
「ドキドキだね」
「はい」
上半身、下着姿かつ亀甲縛り姿で出ないといけないのかと一瞬、芳は本気で青ざめたが、社は「カオルにも人権はあるから、上にブラウスを着てもいいよ」と言ってくれた。
「あとは、首輪だね」
芳の細くて白い首に、赤色のチョーカーが巻かれ、ハート型の南京錠がカチッと嵌った。
社は、人差し指に開錠用の鍵を引っ掛け、芳の目の前にちらつかせる。
「弁護士バッジ付けてあげるから、ちゃんと私の言うこと聞くんだよ?」
「はい」
赤いロープが、生身の肌の上でギシギシと波打つ。
慣れない感覚だ。
プレハブを出ると、社の同期の田原弁護士が出所していた。
「おはようございます」
プレハブ小屋から、弁護士とパラリーガルが一緒に出てきたことに対して特に不信感を抱かないのは田原だけではない。
そして田原は、まさか、弁護士とパラリーガルがプレハブ小屋で様々なプレーに耽っているなんてこと、知らないでいる。
自席に戻った社は、財布から弁護士バッジを取り出し、慣れた手つきで襟に嵌めた。
そして、そのまま、そばにいる芳にーー。
「芳さん、今日の法律相談の予定、教えて頂けます?」
「はい! 本日はですね……」
芳は手元のファイルを開く。
亀甲縛りのことは忘れていた。
「午前11時に、離婚相談、午後15時に登記の相談が入っています」
「ありがとうございます」
ふたりは、何事もなかったかのようにいつもの業務に戻る。
朝礼の時間が、近づくに連れ、所内が騒がしくなる。
その頃、ブルースカイ法律事務所が入っているビルに、「ウォーター・サーバーなら、アクアマリンにお任せ!」と書かれたトラックが停車した。
ブルースカイ法律事務所に1番乗りに出勤するのは、いつだってパラリーガルの芳だ。
弁護士補佐が、のろのろ出勤しているようでは、何のためのパラリーガルといえよう。
ブラインドを開ける。
コピー機のインクや用紙の補充。
今日の法律相談シートを案件ごとにまとめて、ゼムクリップで留めておく。
相談室のクラシック音楽をかけておく。
芳の朝課は、弁護士先生が仕事をしやすいように、準備を整えることだ。
そして15分くらいすると、いつも大体1番乗りで、
誰もいない事務所だと、起案や公判手続きメモの作成が捗るから、とのことだ。
芳は、そわそわと落ち着かず、プレハブ小屋をそっと開けた。
静寂。
コピー用紙が入った箱の山。
シュレッダーをかけた書類が詰め込まれたゴミ袋。
減価償却費0円の故障したコピー機が埃を被っている。
あの上に乗って、先生方に犯してもらったこともある。
目立った染みひとつないカーペットは、実は、私の唾液と愛液と先生方の精子で汚れて……!
そう考えると、早朝だというのに、女の部分がじんじんと疼き始め、次第に濡れ出してーー。
「おはようございまーす」
「ひゃっ」
「おおっ」
ローヤーズバッグを肩に、ノートパソコンを抱いた社が、芳のいる方向を振り向いている。
芳は、プレハブ小屋の扉を慌てて閉めたばかりなので、彼女のいる位置は、“プレハブ小屋”の前である。
「どうですか? 調子は?」
社は特に、プレハブ小屋の前に芳がいることについては突っ込まず、「よいしょっと」等と言いながらパソコンと充電アダプタを繋いでいる。
立ったままパソコンを起動する社に「大丈夫ですよ、私は。社先生は順調ですか?」と答えながら、給湯室へ向かう。
否、逃げたのだ。
だが、芳の切なる願いに反してーー。
社は給湯室にやってきた。
「いいですよ。自分で淹れるので」
芳の肩に手を置き、とても優しく押しのけた社は、芳が用意した社愛用のマグカップーー猫と肉球が描かれているーーを、棚にしまい直す。
そして、シンクにもたれる。
「芳さん、持ってきましたよ」
社は、意味ありげに微笑みを浮かべている。
「先生、まさか、本当に」
返事の代わりに、鼻でふふっと笑い、社はシンクから身体を離す。
そして、芳を
ふだんは絶対に、こんな真似しない社だがーーもう、“遊び”が、始まっているのだ。
芳の心拍数は、BPM100にぐぐっと近づいていく。
ローヤーズバッグを、開けてファイルや実務書を取り出す社を、芳はじっと見つめた。
「『カオル』って呼んだ方がいいかな?」
芳の呼吸は止まりそうになった。
「いやっ、他の先生方がいるときは、さすがに駄目ですっ」
「ふふ、どうしようかな〜」
眉目秀麗な顔が、ニヤけて、崩れ、それでも、それもまたいいと思える顔に、女性の部分が、反応して疼く。
「ほら、カオルが好きなモノ、でしょ?」
社が、ローヤーズバッグから取り出したのは、南京錠つきのチョーカーと、赤いロープだった。
赤いロープを、荷物を梱包するときの人みたいに社は掴む。
そして、伸ばしたロープを、くるくると人差し指に巻きつける。
「じゃあ、上だけ服、脱ごうか」
「えっ」
「『えっ』じゃないよ。私にさせるの? パラリーガルが、弁護士の私に?」
社は、唇の端を歪め、目を軽く見開く。
芳を心底バカにするように。
社先生……
キュンーーとキたあと、芳は、伏せたまぶたにくっついたまつ毛を震わせ、頷いた。
「はい」
「じゃあ、早く脱ぎなよ?」
芳は、ブラウスのボタンに手をかけ、ほどき始める。
「早くしないと、他の先生来ちゃうよ?」
「はい」
これこそが、芳の望んでいたことなのだ。
強いて文句を言うなら……。
いや、言っちゃおうか、いっそ。
そしたらもっと社先生は私を罵ってくれる……はず……♡
「あ、あのっ。社先生」
「なに?」
ブラウスのボタンは4つ目が外れ、淡いブルーのブラジャーが姿を現しているところだ。
「わ、わがままなお願いかもしれませんが、べ、弁護士バッジをもし今日お持ちでしたらつけて欲しいなって……その襟に……」
しばらく表情が固まっていた社だが。
やがて、両目を薄く見開き、唇を、にぃぃぃーっと細める。
「そうだね。そうしないと、カオルは興奮しないんだったね。じゃあ、あの例のお部屋で縛り付けてあげるから、弁護士の私を連れていきなさい。淫乱で従順パラリーガルのカオルさん」
「はい」
「それができたら、いいよ。付けてあげる。その代わり何でも言うこと聞くんだよ、いいね?」
「はい」
開いた胸元のブラウスを、万一、他の弁護士先生が出勤してきたときのために真ん中に寄せて下着を隠していると、
「おかしいね。お風呂で裸を隠すヒトはいないだろうに」
芳の後をついてくる社のおかしそうな声も追いかけてくる。
卑劣な詐欺をはたらいた人間を容赦なく追い詰め、バカにするときのような声のトーンと笑い声。
これこそが、求めていたことだ。
「例のお部屋って、ここ……で、よろしいですか?」
というか、ここしかない。
プレハブ小屋。
「パラリーガルなら弁護士の使う言葉ぐらい先回りして押さえておきなさい」
「はい」
「誰に対して返事しているの?」
「はい、やしろ、先生」
プレハブ小屋に入ったふたりは、向かい合う。
見えない鎖が、社の手から芳の首に巻かれているように、主従関係は明らかだ。
「じゃあ、じっとしてなよ」
社はまず、芳の上半身に亀甲縛りを施し始める。
もちろん、スマホで調べながら初心者丸出しのものだったが、芳にはどうでもいいことだった。
「処女を奪われる前の乙女みたいに顔、赤らめても駄目だよ?」
「そんなに赤いですか? 私」
「普通は拒絶するもんなのになぁ……」
変な子、正してあげないと。
芳の耳元に、社の囁き声と息がふわっとかかって、芳は静かに悶えた。
「だらしないねぇ……」
何もかも、見透かされているーー。
昨晩公園で話した際に社先生が自虐的に使っていた言葉が、私に向けられているわーー。
「ほら、できた」
まるで芳が無理を言って社に亀甲縛りさせたみたいな言い方である。
「ありがとう……ございます」
「ドキドキだね」
「はい」
上半身、下着姿かつ亀甲縛り姿で出ないといけないのかと一瞬、芳は本気で青ざめたが、社は「カオルにも人権はあるから、上にブラウスを着てもいいよ」と言ってくれた。
「あとは、首輪だね」
芳の細くて白い首に、赤色のチョーカーが巻かれ、ハート型の南京錠がカチッと嵌った。
社は、人差し指に開錠用の鍵を引っ掛け、芳の目の前にちらつかせる。
「弁護士バッジ付けてあげるから、ちゃんと私の言うこと聞くんだよ?」
「はい」
赤いロープが、生身の肌の上でギシギシと波打つ。
慣れない感覚だ。
プレハブを出ると、社の同期の田原弁護士が出所していた。
「おはようございます」
プレハブ小屋から、弁護士とパラリーガルが一緒に出てきたことに対して特に不信感を抱かないのは田原だけではない。
そして田原は、まさか、弁護士とパラリーガルがプレハブ小屋で様々なプレーに耽っているなんてこと、知らないでいる。
自席に戻った社は、財布から弁護士バッジを取り出し、慣れた手つきで襟に嵌めた。
そして、そのまま、そばにいる芳にーー。
「芳さん、今日の法律相談の予定、教えて頂けます?」
「はい! 本日はですね……」
芳は手元のファイルを開く。
亀甲縛りのことは忘れていた。
「午前11時に、離婚相談、午後15時に登記の相談が入っています」
「ありがとうございます」
ふたりは、何事もなかったかのようにいつもの業務に戻る。
朝礼の時間が、近づくに連れ、所内が騒がしくなる。
その頃、ブルースカイ法律事務所が入っているビルに、「ウォーター・サーバーなら、アクアマリンにお任せ!」と書かれたトラックが停車した。