声が出ない

文字数 1,047文字

【モノガタリーのとあるお題で投稿したものです。↓】

 この世の中はこんなに声で溢れている。

 夕方が過ぎ、夜に染まったいつもの道なりに生活の匂いが漂う。どこからともなくテレビのお喋り声が漏れ出して、脇の民家からは何やら話し声。

 街灯の下で猫が目を光らせた。

 オアーと鳴いて私の足に絡み付く。

 私もオアーと泣きたかった。

 歯を食い縛ると、目頭から熱い何かが漏れ出して、瞬きする度ポロポロと、その何かは落ちていった。

 何か……私の感情が言葉の代わりに暗がりに、消えていったようだった。

 まるで喉の奥に蓋が被さったような感覚。言葉を喪失した私は徐々に深まる夜の中に溶けいってしまいそうだ。

 あぁ、先刻の喧嘩が頭に張り付いて離れない。嫌な家族、嫌な自分。酷いことを言ったのはどっちだろうか。分からない。分からない。

 些細なことだと思う。どちらが正しいのか……分からない。

 喧嘩の言葉はあまりに醜くて、鏡のように反射する。そして、届かない。肥大する心ない石ころだ。

 それがあまりに悲しすぎて、伝わらなくて、もどかしくて、私は遂に声を失って飛び出した。

 夜の住宅の街は寒くもなく暑くもなく、ぬるい温度で包んでくれる。

 どこかの家から子どものはしゃぐ声がした。

 懐かしく、幼い頃に見たアニメが思い出された。素直なキャラクターもいればひねくれたキャラクターもいたっけ。

 昔の私はきっと素直で可愛かっただろう。けれど今はひねくれ者だ。「ありがとう」や「ごめんなさい」、いつから真っ直ぐに言えなくなったのだろうと考えた。素直でいれたら苦しまなくて済むのだろうか。

 だがしかし、私は思う。この成長した自我には私にとって譲れない大切なものも沢山ある。

 この自我は正か悪か。

 分からない。

 分からないから……別人になりたいと思った。

 もし、アニメの沢山のキャラクターになることができたら、キャラクターの心に触れることができたなら、私のことも知れる気がした。ヒーローだって悪役だって、なんにだってなりたいと思った。アニメの悪役だって心はあるんだ。言い分はあるんだ。

「   」

 昔、誰かヒーローの言葉に心惹かれたことがある。元気づけられたことがある。しかし、今やどんな言葉か忘れてしまった。

 またヒーローが現れて、今のこのどうしようもない感情にまみれた私を救ってくれやしないか。

 いや、いつかは私も誰かの言葉を借りて誰かを……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み