あとがき

文字数 1,169文字

 『「埋もれた日本」はどこにある?』をお読みいただき、ありがとうございました。

 わたしがはじめて和辻哲郎の『埋もれた日本』を読んだのは、2017年4月の読書会です。
 今回、本作品を再び取り上げたのは、和辻の戦中と戦後の歴史観の変化に着目したからです。
 戦中に極右思想を書いているにもかかわらず、敗戦直後に「西洋」賛美を行っています。
 戦中は思想統制が厳しいため、ある程度の言説の変化は仕方ないかもしれません。しかし、「日本」礼賛から「西洋」礼賛へと思想を180度転向させたのは、なぜなのか疑問に感じました。
 本論で述べた通り、戦後の和辻は思想を転向させたのではなく、「西洋」礼賛のふりをして「日本」礼賛を書いたのだ、と考えます。

 和辻の『日本の臣道・アメリカの国民性』は、GHQによって発禁処分となりましたが、国会図書館に所蔵されています。現在は、ウェブ上で無料公開されています。
 わたしは本論を書くに当たって、『日本の臣道』を読み、大変な衝撃を受けました。戦中の人々の思想が端的に表現された著作であり、日本思想史の研究上でも重要な作品の一つであると思います。

 世界規模で新型コロナウイルスが猛威を振るう今、和辻が言ったような「無私」の精神や「滅私奉公」を求める風潮が再び強まっていると感じます。
 戦後の日本人は、会社のために休日出勤や長時間労働を厭わず働くことが美徳とされました。「滅私奉公」を尽くす相手が、天皇や国家から会社組織へとすり替わったのかもしれません。
 コロナ禍に揺れる現在、わたしたちは医療従事者たちに対して無自覚に「滅私奉公」を強いているのではないでしょうか。

 新型コロナウイルスとの戦いは、しばしば戦争にたとえられます。アメリカ国内で、新型コロナウィルスによる死者は累計で30万人を超えました。これは、第二次世界大戦の四年間における戦死者数29万1557人を超える数字です。また、一日の死者数も多い日には三千人を超えており、9.11同時多発テロや真珠湾攻撃が毎日起こっているのと同じ数のアメリカ人が、この感染症によって亡くなっています。※1
 日本では、「自粛警察」や「マスク警察」と呼ばれる国民相互監視の風潮が急激に高まりました。かつて、国家が国民に「滅私奉公」を求めた国民精神総動員体制と重なります。
 今日の日本社会において、戦中の国家主義とは異なる新しいナショナリズムが広がりつつあります。この新しい社会的抑圧や支配のシステムは、わたしたちが無自覚に育んできたナショナリズムなのかもしれません。


※1 The number of people with the virus who died in the U.S. passes 300,000, The New York Times, Dec. 14, 2020.








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