第5話

文字数 938文字

 煮えたぎる釜の中で、皇帝と騎士、二人はようやく再会を果たした。

 左手の自由の女神は、瞬く間に消え去った。皇帝は剣を投げ捨て、騎士に身を委ねた。腕と腕、足と足とが絡み合い、徐々に溶け合わさっていく。

 ……ひとつだけお前に言っておかねばならぬことがある。
 永遠の恍惚の中で、皇帝は言った。
 ……お前を撃ち殺した兵士のことだ。あれは、俺の命令だった。

 騎士の人気が怖かった。皇帝には敵がたくさんいた。もし万が一、兵士達が皇帝を差し置き、騎士を奉じるようなことがあったら……否。騎士が自分を厭わしく思い、避けるようになってしまったら!

 ……存じております。
 騎士の像の返事は真っ直ぐだった。それは、生きていた頃の彼と全く変わりなかった。

 ……それでもお前は俺に忠誠を誓うか。
 ……ずっと以前に申し上げました。何が起ろうとこの身も心も貴方のものです。

 皇帝の顔に微笑みが浮かんだ。
 脱ぎ捨てるかのように、その衣服が溶けて消えた。微笑んだ顔が、笑みをそのままに崩れていく。
 全裸の騎士像に、遮蔽物はなかった。生前そのものの忠誠心で、騎士の像はその身を皇帝に捧げた。たくましい筋肉が溶け、皇帝の全身を包み込んでいく。彼は最後まで剣を離さなかった。柔らかくなった皇帝を傷つけぬよう、しっかりと身から離し、それでも剣の柄を握り続けていた。
 皇帝と騎士の像はひとつになり、金属の溶ける得も言われぬ熱波が、薔薇の香りにも似て、灼熱の炉から立ち登っていく。

 
 どろどろに溶け合わさった青銅は、別の鋳型に流し込まれた。帰って来た国王の、いにしえの祖先、王朝の偉大なる始祖の型だ。
 かつて同じ理想を共有し、片方が片方に命を賭けて忠誠を捧げた二つの像は、そのすべてを失い、古い体制の象徴として生まれ変わった。





fin



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最後までお読み頂き、ありがとうございました。腐女子怖ェー、と思って頂けたら本望です。

このお話は、とある史実を基に構成されています。詳細は私のブログをご覧ください。

https://serimomoplus.blog.fc2.com/blog-entry-248.html

なお、ブログ末尾で懺悔しております「小説」は、長編小説です。このお話のことではございません






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登場人物紹介

皇帝

軍のクーデターを起こし、成り上がった

画像:wiki

騎士

後に皇帝となる男に絶対の忠誠を誓い、戦死した

画像:wiki

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