第1話

文字数 967文字

 「なんてすばらしい夕暮れだろう……そう、今宵、彼を抱きしめキスをすることができたなら!」
 騎士の戦死の知らせを受け、皇帝は嘆いた。

 騎士は、皇帝を助けて死んだ。遠い土地から駆け付けた彼は、壊滅寸前の皇帝軍に合流、これを鼓舞して、自らが前衛に立った。
 そして、背後から撃たれて死んだ。

 背中を撃たれた……。
 この事実に対し、諸将は口を閉ざした。それは、敵に背を向けていたことを意味する。騎士として最大の不名誉だからだ。

 騎士の率いていた軍は、予備軍だった。遠方から合流した騎士には、自分の軍を連れてくる余裕がなかったのだ。単身姿を現した彼に、皇帝は参謀管理下の予備軍を託した。

 騎士は敵に背を向けてなどいなかった。銃弾は、味方の銃から発砲されたものだ。
 戦闘は始まったばかりだった。前衛軍は囮としての出陣だった。午前中にさんざん叩かれた本隊が再編成されるまでの時間稼ぎが、彼らの任務だ。銃に不慣れな兵士が銃を暴発させ、誤って騎士を撃ち殺してしまったと考えるのが妥当だろう。
 もちろん、このことを口にする者はいなかった。騎士は背中を撃たれてなどいなかったから。敵に背を向けるような男ではないのだから。

 勇敢な男だった。銃弾が両頬を貫通してもなお、スカーフを顔に巻いたまま指揮を執り続けた。
 戦場で彼は、乗っていた馬を4頭殺され、うち3頭が死ぬ際には落馬し、自らも挫傷を負った。
 彼の太股には銃痕が残っている。銃撃された際、怒り狂う麾下の兵士に対して彼は、自分を撃った敵兵を殺すなと叫んで倒れた。

 彼は報酬を求めなかった。国からの給与は微々たるものだったが、決して、自分が占領した領邦から賄賂を受け取らなかった。部下にも略奪を許さなかった。
 自らは質素な衣服に身を包み、濃い色の長い髪は藁で束ねていた。乏しい糧食は、いつも一番最後に、兵士たちの残りを食べた。将校にだけ特別に与えられるワインと白パンは負傷兵に回し、自らは口にしなかった。

 そうして彼はひたすら、栄光だけを追い求めた。当時軍のトップだった皇帝が将来の夢を語ると、衷心からの忠誠を捧げ、献身を誓った。
 それが、彼にとっての栄光だった。騎士は、皇帝が偉大なことを成し遂げると信じていた。その栄光が自らの上に光を投げかけることだけが自分の希望だと、未来の皇帝に向かい、熱く語った。




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登場人物紹介

皇帝

軍のクーデターを起こし、成り上がった

画像:wiki

騎士

後に皇帝となる男に絶対の忠誠を誓い、戦死した

画像:wiki

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