迎えにくる天使 2
文字数 2,344文字
「リムさん、この書類、棚に戻しておいて」
「はい!」
指示された書類を取りにいったリムは、その内容を確認して、部屋の片面を埋め尽くしている巨大な書類棚の中の該当する場所に隙間を作ると、書類をそっと押し込んだ。
旅のギルド内。
表の案内所のような来る人の目に映る場所ではない、それより上階にある職員達が主に業務をしているその場所が、リムの職場だった。仕事内容は他の職員の補助で、今のような書類の片付けなども含まれている。
色々な職員に呼ばれてそれなりに忙しいが、しかし難しくもない仕事だ。
人手の足りないらしい旅のギルドでは欠かせない、雑用役だった。
「そういえばリムさんが入ってそろそろ一週間かねぇ」
この部屋で一番偉い上司である、人の良さそうな顔をした中年の上司がそう言うのに、リムは戻って来ながら頷いた。
「最初は、あのお屋敷の子だっていうから、ちょっと心配してたんだけど、大丈夫そうだね」
「あはは」
この仕事をするにあたり、最初に面接をしたのがこの上司だった。
その際に住んでいる場所を訊かれたので答えたら、さすがに面食らった顔をしていた。あの街でも一番大きそうな屋敷の住人が、働きたいと申し出てくるのは普通に考えても驚くだろう。それは露店の女店主の反応で予想済みだったからリムの方はそんな反応をされても動揺は無かった。
むしろそれでも雇ってくれた事に感謝している。
二人の会話を耳にしたのか、若い男性職員が顔を上げた。向かいの女性職員も顔を上げて上司を見ている。
「お屋敷って、どこっすか?」
訊いてくる男性職員に、上司は「ほらあの」と、リムの住んでいる屋敷の場所を言った。
そこでざわっと部屋の中で声が上がるのは、それだけあの屋敷がこの街では有名な場所になっているという事なのだろう。隠すような事でもないので明かされるのは別に構わないのだが、少々複雑な気分になるリムだ。
「あそこって、凄い綺麗な人ばっかり出入りしてる屋敷よね!」
「そうそう、今いる男の子が、また凄い綺麗な子で、うちのおばあちゃんの店にたまに来るらしいんだけど、そりゃもう目の保養になるっておばあちゃん大喜びで」
サイの事だろう。
今まで出入りして来ただろう天使達に、今主に出入りが多いサイの、綺麗な容姿は、最早あの屋敷の広さよりも有名になっているらしい。
「へぇえ。どおりでリムちゃんも可愛い顔をしてる訳だぁ」
「いや、私は住ませてもらっているだけで、あのお屋敷の居候みたいなもんでして」
住人達の綺麗さに比べればとんでもない、と両手を振ってリムは否定する。
「居候?」
「あ、はい。えと、あのお屋敷の縁者の人の紹介で」
当たらずも遠からず、な回答をリムは選んで伝える。
直接的な縁があるわけではないのだと言うと、周りは「へぇ」とそれぞれが曖昧な返事をした。何か訊きたげな顔をしている者も多いが、リムの回答を聞いて、それを訊いて良いものか判断がつかなくなった、そんな表情をしている。
実際の所、色々訊かれても回答に困るのだ。
何しろ住んでいる主体は天使だし。
トワールの街に住んでいる者にとっては興味の対象になりやすい屋敷らしかったが、実際言える事等、そりゃもう広くて綺麗だという程度の事しかない。住んでいる者や出入りしている者たちに関しては、よく知らないと誤摩化すしか無い。
これは早急にお金を貯めて、街に自分の家を買うしか無いのか。
さすがにあの屋敷にずっと住み続けるのはどうかと、最近では思い始めたリムだ。それでも他の街にしようと思わないのは、他の街に行ったら恐らくまた天使が仕事を真面目にしなくなるだろうという予測がある故。レインに迷惑をかけたい訳ではないのだ。
「はいはい、じゃあ仕事に戻って」
上司が手をぱんぱん打ったのを合図に、それぞれが仕事に戻っていく。
リムも少しほっとしながら、途中だった書類整理へと戻った。
大きな箱いくつかの中にぎっしり詰まっている書類を、名前順に棚に入れていくだけの簡単な仕事だが、量が量である為に面倒な仕事でもある。
とりあえず今日はこの仕事だけで終わってしまうだろうなと思いながらリムは箱の中を覗き込んだ。
数時間後。
書類整理を終えたリムに、男性職員が声をかけてきた。
「もうお帰りっすか」
「あ、はい。丁度仕事も終わったので」
「じゃあ送っていきましょうか?」
「え」
突然の事に目を丸くしたリムに、男性職員は照れくさそうな顔をして何か言おうとした、その時。
「ねぇねぇ、入り口にすっごい美形の男の人が立ってるって!」
「見た見た。白銀の髪が凄い綺麗な」
聞こえて来た会話にリムの肩がびくり、と揺れる。
美形は兎も角、白銀の髪は人間でも珍しい色だ。思い当たる存在に、まさかとリムは顔を引き攣らせる。目の前の男性職員に適当にお断りを入れた後で慌てて入り口の方に走り出した。
果たして入り口で彼女が見つけたのは。
「あー、リム、お疲れ」
「あーんーたーはーっ!!」
予想に違わぬ天使の姿で。
にこにこと手を振る天使の腕を引っ掴むと、リムは兎に角入り口から離れて外へと連れ出した。引っ張られるままに天使はリムに着いてくる。人の少ない道まで早足で歩いていったリムは、周囲に人がいない事を確認してその手を離した。
「何してんのよ!」
「何って、リムのお迎え」
「いらんっ」
「僕がしたかったんだもん。仕事早く終わったのにリムいないんだもん」
即拒絶したリムに言い募る天使は、いつも通り言う事を聞く気は無いらしい。
今更、この天使が自分の意志でどうにかなる等という幻想は持っていないリムは、深いため息をついて、とりあえず今日の所は屋敷に戻ることにした。
翌日から、リムの「綺麗な出迎え」が恒例化するとは思いもよらず。
「はい!」
指示された書類を取りにいったリムは、その内容を確認して、部屋の片面を埋め尽くしている巨大な書類棚の中の該当する場所に隙間を作ると、書類をそっと押し込んだ。
旅のギルド内。
表の案内所のような来る人の目に映る場所ではない、それより上階にある職員達が主に業務をしているその場所が、リムの職場だった。仕事内容は他の職員の補助で、今のような書類の片付けなども含まれている。
色々な職員に呼ばれてそれなりに忙しいが、しかし難しくもない仕事だ。
人手の足りないらしい旅のギルドでは欠かせない、雑用役だった。
「そういえばリムさんが入ってそろそろ一週間かねぇ」
この部屋で一番偉い上司である、人の良さそうな顔をした中年の上司がそう言うのに、リムは戻って来ながら頷いた。
「最初は、あのお屋敷の子だっていうから、ちょっと心配してたんだけど、大丈夫そうだね」
「あはは」
この仕事をするにあたり、最初に面接をしたのがこの上司だった。
その際に住んでいる場所を訊かれたので答えたら、さすがに面食らった顔をしていた。あの街でも一番大きそうな屋敷の住人が、働きたいと申し出てくるのは普通に考えても驚くだろう。それは露店の女店主の反応で予想済みだったからリムの方はそんな反応をされても動揺は無かった。
むしろそれでも雇ってくれた事に感謝している。
二人の会話を耳にしたのか、若い男性職員が顔を上げた。向かいの女性職員も顔を上げて上司を見ている。
「お屋敷って、どこっすか?」
訊いてくる男性職員に、上司は「ほらあの」と、リムの住んでいる屋敷の場所を言った。
そこでざわっと部屋の中で声が上がるのは、それだけあの屋敷がこの街では有名な場所になっているという事なのだろう。隠すような事でもないので明かされるのは別に構わないのだが、少々複雑な気分になるリムだ。
「あそこって、凄い綺麗な人ばっかり出入りしてる屋敷よね!」
「そうそう、今いる男の子が、また凄い綺麗な子で、うちのおばあちゃんの店にたまに来るらしいんだけど、そりゃもう目の保養になるっておばあちゃん大喜びで」
サイの事だろう。
今まで出入りして来ただろう天使達に、今主に出入りが多いサイの、綺麗な容姿は、最早あの屋敷の広さよりも有名になっているらしい。
「へぇえ。どおりでリムちゃんも可愛い顔をしてる訳だぁ」
「いや、私は住ませてもらっているだけで、あのお屋敷の居候みたいなもんでして」
住人達の綺麗さに比べればとんでもない、と両手を振ってリムは否定する。
「居候?」
「あ、はい。えと、あのお屋敷の縁者の人の紹介で」
当たらずも遠からず、な回答をリムは選んで伝える。
直接的な縁があるわけではないのだと言うと、周りは「へぇ」とそれぞれが曖昧な返事をした。何か訊きたげな顔をしている者も多いが、リムの回答を聞いて、それを訊いて良いものか判断がつかなくなった、そんな表情をしている。
実際の所、色々訊かれても回答に困るのだ。
何しろ住んでいる主体は天使だし。
トワールの街に住んでいる者にとっては興味の対象になりやすい屋敷らしかったが、実際言える事等、そりゃもう広くて綺麗だという程度の事しかない。住んでいる者や出入りしている者たちに関しては、よく知らないと誤摩化すしか無い。
これは早急にお金を貯めて、街に自分の家を買うしか無いのか。
さすがにあの屋敷にずっと住み続けるのはどうかと、最近では思い始めたリムだ。それでも他の街にしようと思わないのは、他の街に行ったら恐らくまた天使が仕事を真面目にしなくなるだろうという予測がある故。レインに迷惑をかけたい訳ではないのだ。
「はいはい、じゃあ仕事に戻って」
上司が手をぱんぱん打ったのを合図に、それぞれが仕事に戻っていく。
リムも少しほっとしながら、途中だった書類整理へと戻った。
大きな箱いくつかの中にぎっしり詰まっている書類を、名前順に棚に入れていくだけの簡単な仕事だが、量が量である為に面倒な仕事でもある。
とりあえず今日はこの仕事だけで終わってしまうだろうなと思いながらリムは箱の中を覗き込んだ。
数時間後。
書類整理を終えたリムに、男性職員が声をかけてきた。
「もうお帰りっすか」
「あ、はい。丁度仕事も終わったので」
「じゃあ送っていきましょうか?」
「え」
突然の事に目を丸くしたリムに、男性職員は照れくさそうな顔をして何か言おうとした、その時。
「ねぇねぇ、入り口にすっごい美形の男の人が立ってるって!」
「見た見た。白銀の髪が凄い綺麗な」
聞こえて来た会話にリムの肩がびくり、と揺れる。
美形は兎も角、白銀の髪は人間でも珍しい色だ。思い当たる存在に、まさかとリムは顔を引き攣らせる。目の前の男性職員に適当にお断りを入れた後で慌てて入り口の方に走り出した。
果たして入り口で彼女が見つけたのは。
「あー、リム、お疲れ」
「あーんーたーはーっ!!」
予想に違わぬ天使の姿で。
にこにこと手を振る天使の腕を引っ掴むと、リムは兎に角入り口から離れて外へと連れ出した。引っ張られるままに天使はリムに着いてくる。人の少ない道まで早足で歩いていったリムは、周囲に人がいない事を確認してその手を離した。
「何してんのよ!」
「何って、リムのお迎え」
「いらんっ」
「僕がしたかったんだもん。仕事早く終わったのにリムいないんだもん」
即拒絶したリムに言い募る天使は、いつも通り言う事を聞く気は無いらしい。
今更、この天使が自分の意志でどうにかなる等という幻想は持っていないリムは、深いため息をついて、とりあえず今日の所は屋敷に戻ることにした。
翌日から、リムの「綺麗な出迎え」が恒例化するとは思いもよらず。