暇ではない天使 3

文字数 2,069文字

 初見で苦労人認定された大天使レインは、白銀の髪の、今は人の姿をしている天使に向かって開口一番に言った。
<言っておきますが戦争が無くても我々は暇ではないですからね>
 あ、やっぱり。
 思わず納得したリムだが、懸命にも口にはしなかった。
 黒髪の天使はそんなリムの方を見て、ぺこりと頭を下げる。背中に見える羽は白に近い灰色で、やはり大きかった。恐らくリム以外には見えないようにしているのだろう。何となく、そういう気が利きそうな雰囲気があった。
<旅の途中失礼します、リム様。私はレイン>
 さ、様?
 慣れない呼称と共にふわりと一礼されて、戸惑うリムに、レインは視線だけで(手は使えないからだろう)白銀の髪の天使の方を示し、言葉を続ける。
<そこの馬鹿の部下をしています>
 馬鹿って。今馬鹿って言った。
 まさか名前ではあるまい。そんな天使がいたら嫌だ。でも部下に馬鹿って言われる天使もどうなんだろう。しかも顔色変えずに本人の前で言っちゃってるよ。どうなの。
 天使は嘘がつけない筈だ。つまりレインは本気で馬鹿と思っている。それもどうなの。
 レインの言動にぐるぐると考えるリムは、何も言えずに二人の顔を交互に見やる。どっちも綺麗な顔をしているのは、やはり大天使だからだろう。二人並ぶと壮観だが、リムが真っ先に思ったのは面食いじゃなくて良かったという、そんな関係ない事だった。
「馬鹿は酷い」
<じゃあヘタレで>
 文句を言った天使に、部下の筈のレインは更に一蹴する。
<それはどうでもいいですが>
 しかも話を切り上げた。
<暇ではない我々は仕事があるのですが、最近そこのヘタレが仕事に来ないのでこんなに>
 レインは手に持った紙束をリムに見せる。
<仕事が溜まってしまいました。今私が持っている量の倍はあると思ってもらって構いません。リム様、こんなボンクラに適切な一言をどうぞ>
「仕事しろ」
<ありがとうございます>
 優雅に一礼するレインに、リムは先ほど感じた苦労人というのは間違ってなさそうだと確信する。上司がこんなのでは、部下は間違いなく苦労しているに違いない。仕事の催促の為だけに下界に下りてこなければならない程に。
 戦天使に紙の仕事があるのは意外だが、天使の組織にリムは興味が無いので、そういうものだと思っておく。それより問題は、仕事をさぼりまくっているらしい天使だ。
 さぼるのは勝手だが、それがリムのせいとなると気まず過ぎる。
<というわけで、リム様からのお言葉の通り仕事してください>
「えー、でも僕にはリムを守る仕事が」
 不満げに抵抗する天使に、レインは冷たい視線を向けると紙束を差し出す。
<リム様にこれだけ守りの術をかけておいて更に何から守ろうってんですか。大悪魔が来たって今のリム様には傷一つつきませんよ。安心して仕事してください。最終戦争が起こったってリム様だけは無事です>
 さらりととんでもない事を言われた気がしたが。
 思わずリムが凝視した先の白銀の天使は、それでもまだ不満そうな顔をして部下を見ている。
「でも〜、リムに近づく悪い虫は防げないしさぁ」
<仕事もできないボンクラが傍に居てもリム様だって嬉しくないかと思いますが>
「そ、そんな事無いよ!! リムだって僕が居ないと寂しいよねっ?」
「いや別に」
 むしろ居ない方が平穏です。
 そんな本音の滲むリムの返答に、今度こそがっくりと膝を折って天使は地面に蹲ってしまった。その天使の襟首をひっつかむと、レインはリムに一礼をする。
<それでは、しばらくの間、このヘタレ回収させて頂きます>
「しばらくと言わず、ずっとでも」
<いえ、一応許可が下りているのは本当ですから、仕事が終わり次第、この馬鹿はまたリム様の所に来ます>
 天使は嘘をつかない。故にその言葉は真実である。
 その前提で考えるとこのレインという天使は非常に天使らしからぬ辛辣な性格をしているようで、言葉遣いこそ丁寧だったがリムの些細な希望もざっくりずっぱりと切り捨ててしまった。苦労人ではあるが意外に鬱憤はためないタイプそうである。
 捕まった事であきらめたのか、上司である筈の天使は既におとなしい。
<では>
 すぅ、とレインと共に姿を消してしまった。
 リムは一人になる。
 街道にはリム以外誰もいない。
 さっきまでの問答が嘘のような静けさに、リムは空を仰いだ。
 青空の向こう。
 伝承が本当ならば、天使が帰るのはその先にある天界であった筈だ。どうなっているのかは不明だが、空の向こうに天界と呼ばれる場所があって、そこで天使達が暮らしているという。乳幼児のような大きさの小天使、こどもの大きさの中天使、大人の大きさの大天使。記録上、召喚師が召喚した事があるのは小天使までだ。
 せめて、あの天使が小天使だったなら。
 そんな事を考えてリムは首を振る。
 例え小天使であったとしてもやはり受け入れられなかっただろう。天使というだけで荷が重過ぎる。
 やはり普通に可愛い妖精や動物霊が良かった。
「行こ、行こ」
 考えても仕方ない。リムは先に進む事にした。目的の街はまだ先にある。
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