回収する天使 3

文字数 3,206文字

 六回戦のリムの試合には、それ以外の試合よりも遥かに多くの人が集まって観戦しようとしているようだった。
 ここまで全ての対戦相手を言葉通り一蹴してきている妖精と、同じくここまでの相手を圧倒的な力で退けている悪魔の対戦だ。普通に考えれば妖精が悪魔に勝てる筈も無いのだが、それでも何かありそうだと思った人は多く居るらしかった。まぁ、おそらくは彼らの思う通り「何かある」ことにはなるのだろう。
 リムは試合の舞台上で、相手の男を睨みつけた。
 負けたくない試合だ。
 正直決勝は辞退してもいいから、ここだけは勝ちたい。
 相手が大悪魔を出してくると解っていても、それに勝ってしまうと、多分色んな意味で話題になってしまうとわかっていてもなお、負けたくない。
 あの男の召喚したゾルデフォンは何を考えているか解らない無表情で、赤の髪を揺らしてリム達の方を見ている。対してリムの隣に浮かんでいる似非妖精の方はやる気満々な様子で「ばっちこいやーオラーいてこますぞー」等と騒いでいる。騒がしいが、今だけはそのやる気だけが頼みだ。
 なお天使の方は姿を消している。気配などは全くわからないが、恐らくは、そばにいるのだろう。
 審判が中央で手を挙げる。
「開始!」
 その手が下ろされた。
 それと同時に。
「行けっ奴らを叩きのめしてしまえっ」
 男が叫んで悪魔が羽をはためかしてこちらに向かってくるのと。
「お願い」
「イエッス! 任せられたラブの弾丸一直線僕!」
 似非妖精がきらん、とポーズを決めてリムを見たのが同時だった。
 いや、ポーズとってないで構えるなり何なりしなさい、と内心即座に思ったのは言うまでもない。そんな彼女の心境など知る由もないのか。
「リムの為なら悪魔がなんぼのもんじゃーい」
 などと似非妖精が言っている間に、ゾルデフォンの方は、どこからか出した巨大な真っ黒い鎌を振り上げてリム達の方にぶんっと振り下ろしてくる。召喚師同士の戦いでは基本的に召喚師の方は狙わないのが定石だったが、どうやら男の言葉である「奴ら」を、悪魔は忠実に実行しようとしているらしかった。
 黒い鎌は闇にも溶けそうな色で、細部には血のような赤いラインが走り、酷く不気味に映る。
 さすがにその迫力に一瞬たじろいで(大悪魔相手に、人間に怯むな、という方が無理な話だ)目を見開いたリムを庇うように、似非妖精が間に滑り込んでくる。
「僕のリムを狙うなんてぇ」
 ぶん、と似非妖精が手を振った。そこに現れるのは似非妖精と同じ程の大きさの、つまり小さな槍。この似非妖精が明らかに武器とわかるものを手に取ったのは、実はこれが初めてだった。刃先から柄まで真っ白なそれは相手の鎌とは対称的だったが、大きさが大きさだけに、幾許かの不安も感じさせた。
 だが、似非妖精はそれを平然と振り上げて。
「この不届きものが〜っ!!
 長さにしてリムの手のひらより少し長い程度の、実際には小さな槍が、大きな鎌に接触する。
 その瞬間、ばぁん、と大きな音が弾けた。
 反射的に目を閉じていたリムが目を開いた時、見えたのは真っ白な槍を持った似非妖精のみで。悪魔の方を見ると、何も無くなった自分の手をじぃっと見ていた。さっきまであった黒い鎌は何処にも無い。
 何が起こったのか、リムでもわからなかったが事態は進む。
「迷子の手紙は、回収でっす! そーれフルボッコー」
 止まった悪魔に更に似非妖精が槍を持って突撃をかけた。
 小さな槍が悪魔に当たると、今度は悪魔の姿がぱぁん、と掻き消える。存在の完全なる消失は、召喚師同士での戦いでも早々見られない。それは、似非妖精が完全に力でもって相手をねじ伏せ世界から追い出した、という事でもある。ただ場外にするならまだしも、消失、は余程の力量差がなければ発生しない珍しい現象でもある。
 だが、それが起きた。
 それに最も動揺したのは、ゾルデフォンの召喚主である男の方だった。
「なっ!! 何故だっ、妖精ごときに何故俺の大悪魔が」
 うろたえて叫ぶ男は、何が起こったのか理解出来ないという顔で慌てふためいている。リムも、似非妖精の本体が天使だと知らなければ、似たような状態になったかもしれない。
 一番冷静なのは審判だった。
「試合終了、勝者、112番」
 悪魔の姿が消えた事で審判が勝利判定を下した。どんな理由であれ試合中に召喚されたものが消えてしまえば召喚師の戦いは終了するのが一般的なルールだ。それに対して男が何かわめいていても、二度と現れない大悪魔が、そのまま男の敗退理由となる。
 リムの隣に戻ってきた似非妖精の手からは槍が消えていた。
 何が起こったのか、正直リムもよくわからない。
「迷子の手紙って?」
 とりあえず、舞台から降りながら、さっきの似非妖精の発言の中で気になった部分についてリムは自分の肩に乗ってきた似非妖精に訊いてみた。一応、周りには聞こえないように小さな声で。
「さっきのヤツはねぇ、ゾルさんが自分の力の欠片で作った手紙だったらしいよ〜」
「そうなの?」
「うんそう。僕本体がさっき魔界のゾルさんに確認したから間違い無し☆ 何かの手違いでこっちに落っこちたのを、あのおっさんに拾われて使われてたっぽいね。一応消滅許可も貰ってるからコレで問題ないよ」
 ペラペラと似非妖精は教えてくれるが。
 力の欠片なんてものをを手紙にするとは何とも物騒なように思えたが、相手は人間ではないので、もしかすると天界や魔界の常識では、そういうものなのかもしれないとリムは思う。そこはまぁ、正直どうでも良いことであって。
 それよりも、天使が魔界に住む悪魔に確認が出来たという事の方が気になった。
「天使なのに、悪魔に確認出来たの?」
 想像では非常に仲の悪そうな組み合わせなのだが。実際過去に戦争をしたという記録もある程度には。
「別に珍しくもないよ。ゾルさんクラスとは定期的に会合もしてるくらいだしぃ」
 けれどあっさりと、似非妖精は言う。
「もしかして、その、ゾル……さんとは、お知り合い?」
「うむ! 仕事上の色々で結構良く会うお知り合い! でもノットフレンド!」
 成る程、妙に訳知り顔であれこれ話す理由がこれで解った。天使と悪魔は、どうやら人間が考えているよりはずっと友好な関係に収まっているらしい。だからこそ人間が平穏に暮らしていける世界が保たれているのだと思えば、当然なのかもしれないが。
 まだ後ろの舞台の上で審判相手に何事かわめいている男は、これで二度と悪魔(の欠片)を召喚出来ない。
 元々天使も悪魔も、人にどうにか出来る存在だと考えるのが思い上がりなのだとリムは思う。
 どちらも人の手におえる存在じゃない。それは仮に大天使大悪魔でなく、一番下の小天使や小悪魔ですら、そうだ。彼らは人間と根本から異なっている上に、遥か高位の存在なのだから。蟻が、鯨をどうにかしようとするようなものだ。普通ありえない。
「後一回勝てば〜リム優勝、僕嬉しい」
 何しろ、召喚されたというよりリムの目の前に勝手に現れたソレは、命令きかない好き勝手する自分の意見は押し通す遂には分裂まで果たすという、全く手に負えない存在でしかない。人の分際でまず対等な契約が結べる等、到底考えられない。
 あの男は、力の欠片を手に入れてしまった事で、何か思い違いをしてしまったのだろう。
 その辺がどういう経緯かはわからないが、そう考えると、あの不愉快な態度はその代償のようにも思えて、いっそ同情すら抱いてしまいそうになる。過ぎた力は、人の精神すら汚染しかねない。
 自分も気をつけなければ。
 今現在天使につきまとわれている身として、リムは自戒する。
 当の天使である所の、肩の似非妖精は、そんな事知らぬ顔で、「ラブなヴィクトリーは僕らのもの!」などと言っている。
 彼女は控え室に戻る道を歩く。
 まだ、何かわめいている男の声が、後から追いかけてくるような気がした。
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