増殖する天使 1
文字数 2,296文字
教会で一泊した後、しばらく滞在したいという話になった時、熱心に逗留を求める司祭の誘いをどうにかやりすごしてリムと天使はそこを後にした。司祭はしきりに残念そうなそぶりをしていたがしつこく止めるのも憚られたのか、教会推薦の優良宿を案内して紹介状を書いてくれるだけで我慢してくれた。
それ以外では、妙に熱心に天使に天界の話を振っていたのだが、平然と話に応じていたのは天使だけに恐らく嘘はついていなかったのだろうと思う。
そうなると天界には空を飛ぶ巨大な魚がいるということになるのだが、リムは細かい事は考えない事にした。
余計な事を知って深入りしたくないが為に、最近はこうやって考えない振りをするのがうまくなったなとリムは思う。こういうのが大人になる事か、と思いかけて、普通の大人は天使等と関わりは持たないので、これもやっぱり考えない事にした。
今のリムには考えない方が良い事が多くて困る。
それはともかく街に再び出たリムと天使は、中央広場で兵士が配っているチラシを貰った。今日も手が繋がれているので貰ったのはリムだけだったが。
「トーナメント?」
「見てリム、召喚師の部門もあるよ」
紙を覗き込んだリムの隣から同じく見ていた天使が、下から三番目の行を指して言う。今更ながら当然のように文字が読めているらしい事等、勿論リムは気にしない。
こういう闘技場の試合トーナメントの場合、召喚師用の部門も用意されている事が多い。
おそらく召喚師の戦いというより、召喚される人外のモノ達の戦いが客の目を引きやすく、人気が高いからだろうとリムは思う。また召喚師なら他の肉弾戦中心の部門と違って、意外な人物が勝つ可能性も高いからというのもあるに違いない。
リムも、昔は結構そういうイベントは好きだったし、何時かは自分も参加してみたいとさえ思っていた時期さえある。
過去形だ。
リムは隣を見上げる。
恐ろしく整っている顔だが、今は人間の姿をした天使。しかも大天使。
……出場等あり得ない。
「出る?」
「出られるわけないでしょ」
出るくらいならきちんとした形で学校を卒業しているというものだ。学校に言えなかったくらいなのに、不特定多数の見ている闘技場に大天使を召喚している自分等、想像するだけで冷や汗が出る。
とりあえずあり得ない事を問うてくる天使に向かって白い目を向けつつ即答すると、当の天使の方は不思議そうな顔をしている。
「出たくないの?」
「そりゃ出てみたいわよ」
出られるものなら。
暗にそういう意味を込めて言えば、白銀の天使は嬉しそうに笑う。
「じゃあ出ようよ」
「なーにでー!! 言っておくけどあんたはなしだから。そんな反則する気はないから」
出る前から勝負が決まりすぎている。それこそ何時かのレインの言葉ではないが、大悪魔でも出てきて戦争でも始めない限り勝負にならないだろう。リムが緑の目で天使を睨み上げると、天使は彼女の肩を指した。
「これで」
「は?」
<呼ばれて飛び出て僕参上!!>
「はぁぁっ!?」
何か声がした。
ぎょっと金の髪を揺らして振り返ってみれば、彼女の手のひらよりは大きい位の、蝶の羽を生やした人型の何かがぷよぷよとそこに浮いていた。妖精だ。姿だけ見ればそれは間違いなく妖精の姿をしている。だが小さなその顔が誰かにそっくりで。
リムは。
天使を見て、妖精を見て、もう一度天使を見た。
同じ顔である。
白銀の髪も青の目も変わらない。大きさは全く異なれど、同じ姿をしている。
「何、コレ」
「僕の分身?」
<溢れる愛の欠片! リミテッド僕!>
「えええええ!?」
叫んだリムを周囲の人々が振り返ったが、当人はそれどころではない。そうでなくともお呼びでない押し掛け大天使が、更にどういう技かは知らないが妖精にまで化けた(しかし天使本人もそのまま残っているように見える)のだ。
天使ってそういう能力を皆持っているのか、それとも目の前の天使がおかしいのか。
そもそも妖精ってこんなサイズで良かったんだろうか(学校で見た妖精はもう少し小さい手のひらサイズだったような気がする)。
分かれている自我ってどうなっているのか。
とりあえず真っ先に尋ねたのは。
「コレ、なんか大きくない?」
だった。
コレと呼ばれたその天使製妖精もどきは羽をぴろぴろさせながら<愛はこれ以上の縮小をはかれませーん!>と意味不明なことを言っている。
「僕元々力強いからそれ以上小さく出来ないんだよね。もっと弱ければ小さくなるかもしれないけどね」
天使の言葉に(あ、天使全般こんなこと出来るっぽい)とリムは思った。
そんな事を知っても何の役にも立たないが。
そもそもリムが契約してみたかったのは『可愛い妖精』であって、こんな天使そっくりの見た目を持つ妖精ではなかったのだが、そこも恐らく本人の分身故にどうしようもない部分なのだろう。尋ねても答えが予想出来るのでリムは何も言わなかった。
「これで出られるよね」
「一応出れるかもしれないけど。けど」
大天使の分身で参加ではやっぱり反則と言うべきではなかろうか、という気がしないでも無い。
そんなリムの後ろ向きな気持ちを前に向かせたのは、まだ手に持ったままの闘技場のチラシの内容だった。
「ねぇリム、これ賞金百万だって」
「え」
今日の宿にも困るような生活をしている状況では、多少の行為をずるいだなんだと言って遠慮している場合ではなかった訳で。
<愛だけじゃお腹ははらないんだぜ★ げっちゅー明日の飯!>
似非妖精の発言ではないが。
明日ご飯を食べるため、苦渋の末の決断としてリムはトーナメントにエントリーする事にした。
それ以外では、妙に熱心に天使に天界の話を振っていたのだが、平然と話に応じていたのは天使だけに恐らく嘘はついていなかったのだろうと思う。
そうなると天界には空を飛ぶ巨大な魚がいるということになるのだが、リムは細かい事は考えない事にした。
余計な事を知って深入りしたくないが為に、最近はこうやって考えない振りをするのがうまくなったなとリムは思う。こういうのが大人になる事か、と思いかけて、普通の大人は天使等と関わりは持たないので、これもやっぱり考えない事にした。
今のリムには考えない方が良い事が多くて困る。
それはともかく街に再び出たリムと天使は、中央広場で兵士が配っているチラシを貰った。今日も手が繋がれているので貰ったのはリムだけだったが。
「トーナメント?」
「見てリム、召喚師の部門もあるよ」
紙を覗き込んだリムの隣から同じく見ていた天使が、下から三番目の行を指して言う。今更ながら当然のように文字が読めているらしい事等、勿論リムは気にしない。
こういう闘技場の試合トーナメントの場合、召喚師用の部門も用意されている事が多い。
おそらく召喚師の戦いというより、召喚される人外のモノ達の戦いが客の目を引きやすく、人気が高いからだろうとリムは思う。また召喚師なら他の肉弾戦中心の部門と違って、意外な人物が勝つ可能性も高いからというのもあるに違いない。
リムも、昔は結構そういうイベントは好きだったし、何時かは自分も参加してみたいとさえ思っていた時期さえある。
過去形だ。
リムは隣を見上げる。
恐ろしく整っている顔だが、今は人間の姿をした天使。しかも大天使。
……出場等あり得ない。
「出る?」
「出られるわけないでしょ」
出るくらいならきちんとした形で学校を卒業しているというものだ。学校に言えなかったくらいなのに、不特定多数の見ている闘技場に大天使を召喚している自分等、想像するだけで冷や汗が出る。
とりあえずあり得ない事を問うてくる天使に向かって白い目を向けつつ即答すると、当の天使の方は不思議そうな顔をしている。
「出たくないの?」
「そりゃ出てみたいわよ」
出られるものなら。
暗にそういう意味を込めて言えば、白銀の天使は嬉しそうに笑う。
「じゃあ出ようよ」
「なーにでー!! 言っておくけどあんたはなしだから。そんな反則する気はないから」
出る前から勝負が決まりすぎている。それこそ何時かのレインの言葉ではないが、大悪魔でも出てきて戦争でも始めない限り勝負にならないだろう。リムが緑の目で天使を睨み上げると、天使は彼女の肩を指した。
「これで」
「は?」
<呼ばれて飛び出て僕参上!!>
「はぁぁっ!?」
何か声がした。
ぎょっと金の髪を揺らして振り返ってみれば、彼女の手のひらよりは大きい位の、蝶の羽を生やした人型の何かがぷよぷよとそこに浮いていた。妖精だ。姿だけ見ればそれは間違いなく妖精の姿をしている。だが小さなその顔が誰かにそっくりで。
リムは。
天使を見て、妖精を見て、もう一度天使を見た。
同じ顔である。
白銀の髪も青の目も変わらない。大きさは全く異なれど、同じ姿をしている。
「何、コレ」
「僕の分身?」
<溢れる愛の欠片! リミテッド僕!>
「えええええ!?」
叫んだリムを周囲の人々が振り返ったが、当人はそれどころではない。そうでなくともお呼びでない押し掛け大天使が、更にどういう技かは知らないが妖精にまで化けた(しかし天使本人もそのまま残っているように見える)のだ。
天使ってそういう能力を皆持っているのか、それとも目の前の天使がおかしいのか。
そもそも妖精ってこんなサイズで良かったんだろうか(学校で見た妖精はもう少し小さい手のひらサイズだったような気がする)。
分かれている自我ってどうなっているのか。
とりあえず真っ先に尋ねたのは。
「コレ、なんか大きくない?」
だった。
コレと呼ばれたその天使製妖精もどきは羽をぴろぴろさせながら<愛はこれ以上の縮小をはかれませーん!>と意味不明なことを言っている。
「僕元々力強いからそれ以上小さく出来ないんだよね。もっと弱ければ小さくなるかもしれないけどね」
天使の言葉に(あ、天使全般こんなこと出来るっぽい)とリムは思った。
そんな事を知っても何の役にも立たないが。
そもそもリムが契約してみたかったのは『可愛い妖精』であって、こんな天使そっくりの見た目を持つ妖精ではなかったのだが、そこも恐らく本人の分身故にどうしようもない部分なのだろう。尋ねても答えが予想出来るのでリムは何も言わなかった。
「これで出られるよね」
「一応出れるかもしれないけど。けど」
大天使の分身で参加ではやっぱり反則と言うべきではなかろうか、という気がしないでも無い。
そんなリムの後ろ向きな気持ちを前に向かせたのは、まだ手に持ったままの闘技場のチラシの内容だった。
「ねぇリム、これ賞金百万だって」
「え」
今日の宿にも困るような生活をしている状況では、多少の行為をずるいだなんだと言って遠慮している場合ではなかった訳で。
<愛だけじゃお腹ははらないんだぜ★ げっちゅー明日の飯!>
似非妖精の発言ではないが。
明日ご飯を食べるため、苦渋の末の決断としてリムはトーナメントにエントリーする事にした。