第7話 僕にとって指切りは・・・

文字数 2,343文字

 僕の名前は石倉 昌隆(いしくら まさたか)。〇〇県警で刑事部の捜査第一課で刑事として働いている。ここまで読んでいるみなさんには、諸江刑事の後輩と言った方が分かり易いかもしれません。

 僕はいま連続殺人事件の捜査会議に参加している。本庁から捜査員が大量に〇〇県警にやってきて、僕たちはその捜査を手伝っている。捜査会議の司会は田畑部長していて、所轄の刑事が捜査の進捗状況を報告している。
 この連続殺人事件は捜査員の間では『小指フェチ連続殺人事件』と言われている。犯人は女性を殺害後、小指を切り取って死体を遺棄(いき)する。死体の発見場所は〇〇県〇〇市内。〇〇県警の管轄だから、捜査本部の指揮のもと僕たちが毎日現場周辺を捜査している。

 僕自身は『小指フェチ』と呼ばれることに苛立ちを覚えている。犯人が狙うのは手の綺麗な女性だけ。その綺麗な女性の手から小指だけを切り取って収集する。だから、僕の認識ではこの事件は芸術性の高い行為だ。決して小指フェチなどという稚拙な言葉で軽んじられる行為ではなく、この事件は正に芸術なのだ。

 諸江先輩は僕と同じ『小指フェチ連続殺人事件』の反対派だ。ただ、諸江先輩が反対する理由は僕とは違う。単純に、このネーミングだと連続して小指フェチが殺されている事件に聞こえるから。まぁ、僕と諸江先輩の間に認識の齟齬はあるものの、類似の意見を持つ諸江先輩は貴重だと思っている。

 さて、僕はさっきから熱心に捜査状況を手帳に書き込んでいる。今後の捜査に役立てるためではない。警察の捜査がどこまで進んでいるかを知るためだ。つまり、いま僕は、警察がどこまで僕に近づいているかを確認している。

 もう分るだろう。そう、犯人は僕だ。
 僕の芸術を『小指フェチ』という稚拙な言葉で揶揄する警察に怒っている。

 先に、僕がなぜこの事件を起こしたかを説明しておこう。

 僕が女性の小指に興味を持つようになったのは中学生の時だ。
 付き合っていた彼女が遠くに引っ越しすることになった。引っ越しの前日、僕と彼女は再会を誓って『指切り』をした。
 子供が「指きりげんまん嘘ついたら針千本飲ます 指切った」と歌う、あの指切りだ。

 僕は彼女が引っ越した日、指切りについて調べた。指きりげんまんは、約束を必ず守る証として互いの小指を曲げ絡み合わせて誓うこと。しかし、指切りの本来の意味は、遊女が客に愛情の不変を誓う証として小指を切断することをいう。
 つまり、小指を切る行為は、永遠の愛を誓うことを意味する。結婚におけるエンゲージリング、誓いの言葉に似た意味を持つ。

 僕はこの意味を知ってから女性の小指に異常な執着を持つようになった。

 僕が今までに集めた女性の小指は19本。この捜査会議は女性4人の殺人事件を解決するために行われている。だから、警察が発見していない死体が16体ある。

――えっ? 数が合わない?

 僕が関わった死体は20体。うち1体は小指を切断する前にどこかにいった。

――死体がどこかにいった・・・

 実に興味深い表現だ。女性の死体が、僕の手を離れてどこかにいった。

――死体はどこにいったのか?

 これは大体分かっている。
 昨日まで諸江先輩の家にあったはずだ。『あったはずだ』と言ったのは、昨日の夜、諸江先輩が留守の間に部屋に忍び込んだら死体がなくなっていたから。

――諸江先輩は死体をどこにやったのか?

 警察への通報は漏れなくチェックしているが、新しい死体が発見されたとの連絡はきていない。とすると、諸江先輩は警察に通報せずに、死体をどこかに処分したのだ。
 燃やしたのか、捨てたのか、隠したのか、それは分からない。
 僕が分かっているのは、諸江先輩が死体を自宅からどこかに移したことだけだ。

 僕は諸江先輩のことを調べた。

 まず、諸江先輩は死体の女性と面識があると考えていい。僕は以前、諸江先輩から死体の女性に似た女性と一緒に写っている写真を見せられたことがあった。その女性と数カ月前に知り合ってから、何度か会っているようで、僕が「彼女ですか?」と聞いたら、諸江先輩は「今は違うなー。付き合ってくれないかなー」と言っていた。
 僕は死体を見た時に、諸江先輩と一緒に写っていた女性かと疑った。念のために確認しようと思って僕が死体の女性の名前と顔写真を使って聞いたら、諸江先輩は驚いた顔をした。だから、死体の女性は諸江先輩が狙っていた女性だと思う。

 次に、諸江先輩のここ数日の行動を調べた。その結果、死体は昨日の夜に持ち出した可能性が高い。忍び込んだ日に諸江先輩を尾行していれば、死体の行方を追えたかもしれないのだが、今となっては後の祭り。

 僕は小指を手に入れたい。でも、警察官である諸江先輩に死体をどこにやったか聞くわけにはいかない。諸江先輩が死体を処分したのであれば、容易には発見できないはずだ。諸江先輩はいろいろ細かいから、凝った方法で死体を処分しているに違いない。
 そうすると、死体を回収するのは難しいし、諸江先輩の周辺をこそこそと嗅ぎまわると、僕が逮捕されるリスクが高まる。死体を回収することは諦めた方がいいか・・・


 ちなみに、誤解のないように言っておくと、僕は殺人鬼ではない。小指を集めるだけの芸術家だ。僕は殺害された死体を入手して、小指を切断する。切断した後の死体を処分するのも僕の役目だ。そこは、死体を提供してくれる人とのギブアンドテイクの関係がある。僕はこの死体提供者を『先生』と呼んでいる。

 先生の目的は殺人、僕の目的は小指収集。

 小指だけを入手するのは難しいから、先生が死体を提供してくれるのは僕としては助かる。刑事罰で言うと、先生は殺人罪、僕は死体損壊罪と死体遺棄罪だ。持ちつ持たれつでやっている。
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