第3話 奈那と会った日を調べることにした

文字数 3,038文字

 俺はその日の勤務が終わった後、スマートフォンに保存されているメッセージアプリ、写真、動画を確認した。

 メッセージアプリを使って俺は奈那に連絡していた。最後の履歴は7月19日。俺が奈那に会った2日前だ。『〇〇(イタリアン居酒屋)に午後7時で』と俺が奈那に送っていた。
 俺はこのやり取りを覚えていないのだが、7月21日午後7時にその場所に行ったはずだ。その後は奈那とやり取りをした履歴はない。

 次に俺はスマートフォンのGPSの行動履歴を確認する。〇〇(イタリアン居酒屋)があるのは隣の駅。俺は電車で隣の駅まで行って、駅から店まで歩いていったようだ。飲酒運転で捕まると懲罰ものだから、警察官の俺は車で居酒屋には行かない。

 〇〇(イタリアン居酒屋)があるのは繁華街とは逆方向の寂れたエリア。前にこの辺りの操作をしたことがあるから、監視カメラがどこに設置されているかは把握している。正確な道順は分からないが、駅から俺が前を通った監視カメラは・・・1カ所だけのはずだ。

 俺はその監視カメラが設置されているコンビニに向かった。警察の捜査という体で監視カメラの映像を確認するためだ。
 あの日の記憶がないから俺が失踪に関わっているかは分からない。でも、俺が容疑者になる可能性があるのなら、上手く立ち回るためにも状況を把握しておく必要がある。

***

 俺はコンビニに到着すると、捜査の一環で監視カメラの映像を見せてほしいと店長に依頼した。
 監視カメラ映像を見せてもらうためには、本当は『捜査関係事項照会書』を持っていく必要がある。捜査関係事項照会書がなければ警察としての正式な捜査協力ではないため、店長は俺の依頼を拒否できる。
 捜査関係事項照会書を申請するのは避けたい。俺が監視カメラの映像を確認する理由を〇〇県警に提出しなければいけないのだが、適当な理由が思いつかない。それに、このコンビニは俺が捜査している『小指フェチ連続殺人事件』の現場から遠く離れている。俺がこのコンビニの監視カメラの確認の申請をしたら、理由をしつこく聞かれそうだ。
 俺は店長が拒否した時にどう言いくるめるかを考えていたのだが、幸いにも、店長は拒否することなく俺に監視カメラの映像を見せてくれた。店長は「昨日も別の刑事さんが監視カメラの確認にきましたよ」と言っていたから、前に来た刑事が捜査関係事項照会書を見せたのかもしれない。
 ただ、別の刑事というのが少し気になる。

 別の事件を追っている刑事が同じコンビニの監視カメラを確認しにきたのか?
 それとも、女性の失踪事件を調べている刑事が監視カメラを確認しにきたのか?

 俺はコンビニのスタッフルームで監視カメラの映像を確認した。
 映像には、駅から店に向かう俺が約5秒間映っていた。映像の中の俺は帽子を被って歩いているから、顔がほとんど映っていない。さらに、俺の横を車が何台か通っていたから、映像に映っているのが俺かどうかは分からないはずだ。

 次に、〇〇(イタリアン居酒屋)からの帰りも同じ道(コンビニ前の道)を通った可能性がある。その日の監視カメラの映像を全て確認したのだが、俺は映っていなかった。店から駅に向かって歩いたわけではなさそうだ。どこに行ったのだろう?
 俺は都合よく消えた記憶に怒りを覚えた。

 監視カメラの映像を確認した俺は、映像を改竄(かいざん)する必要はないと考えた。映像を消すのはマズい。それに、改竄するとしてもデータをどこに保存しているかによって手間が違う。
 サーバーにデータが保存されていたら、サーバーに残っているデータをコピーして俺が映っていない映像を作って、データを上書きする。その時にサーバーにアクセスした履歴が残るだろうし、履歴ごと消せるような技術は俺にはない。

 コンビニを後にした俺は、念のために〇〇(イタリアン居酒屋)にも行ってみた。店には監視カメラはなかった。流行っている店だからお客さんの数は多い。俺の顔を覚えている店員はいないだろう。
 カードやアプリの支払履歴はなかったから、会計は現金で支払ったようだ。そうすると、〇〇(イタリアン居酒屋)から俺に辿り着く証拠はなさそうだ。

***

 店を出た俺は自宅に戻った。勤務している〇〇県警に徒歩で通える安アパート。外階段はギシギシ音がするし壁も薄い。こんな部屋に女を連れ込んだら隣の部屋に丸聞こえだから、今までこの部屋に女が来たことはない。
 部屋に入ると、床には洗濯物、読みかけの雑誌、空き缶が転がっていた。見慣れたいつもの光景だ。
 掃除や洗濯は嫌いではないが、誰かに部屋を見せる機会がないと手を抜く。独身者男性の部屋はこれくらい散らかっていて普通だ。そうだろう?

 俺は失踪事件のことを整理する前に洗濯を済ませることにした。スマートフォンで音楽を再生させながら、洗濯物を洗濯機にぶち込んで回す。夏場は休日以外にも洗濯しないと、放置した洗濯物が臭くてかなわない。
 体臭が年々臭くなっているような気がするのだが、何歳まで臭くなるのだろうか?
 俺としては40歳くらいをピークに体臭が収まってくれることを期待している。

――そういえば、加齢臭は何歳から出てくるんだ?
 明日、田畑部長に聞いてみるか・・・

 洗濯機を回している間にシャワーを浴びることにした俺は、隣の部屋に着替えを取りにいった。
 俺が隣の部屋に入った瞬間、違和感があった。何かがいつもと違う、そんな感じがする。
 何がいつもと違うかは正確には分からない。俺は違和感の原因を確かめるために、部屋をくまなく見まわした。

 すると、押入れが開いていた。
 いつも閉めているのになぜ? 押入れを閉め忘れることなんてある?

 俺が押入れを開けるたら、見慣れない使い古された大型のスーツケースがあった。
 俺のスーツケースではない。俺の頭に当然の疑問が浮かぶ。

――俺のじゃないスーツケースがなぜ俺の部屋の押入れに?

 俺はこのスーツケースを見たことがない。思い出そうとしたが、スーツケースに関する記憶が全くない。

――スーツケースを拾ってきたのか?

 そういえば、田畑部長が酔っぱらってケロちゃん(薬局の前に置いてあった置物)を拾ってきた、と言ってた。俺も同じように酔っぱらってスーツケースを拾ってきたのか?
 田畑部長ほど酒癖は悪くないはずなんだが・・・

 あるいは、
――誰かが俺の部屋に侵入して置いていったのか?

 誰かが俺の部屋にスーツケースを置いていく理由が分からない。
 でも俺は刑事だ。犯人の動機を考えるプロだ。ちょっと考えてみよう。

――なぜスーツケースなんだ?

 俺、誰かに「海外に1カ月行くことになってさー。大型のスーツケースが欲しいんだよねー」って言ったっけ・・・。いや、そんなこと言ってない。

――貧しい俺を可哀そうに思ってスーツケースをくれたのか?

 同情するなら金をくれ。スーツケースはいらん。売っても金にならんだろう。それとも、中に札束でも入っているのか?

 俺は後者(札束)の可能性も考慮に入れて、慎重にスーツケースを床に置いた。
 このスーツケース、とんでもなく重い。インゴット(金の延べ棒)でも入っているのか?

 俺は少しインゴットに期待しながらも、事件である可能性も考慮に入れる。指紋が付かないように手袋を装着し、深呼吸してからロックを開ける。


――死体だ・・・

 スーツケースの中には死体が入っていた。

 それと同時に、俺の期待(インゴット)は無残に砕かれた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み