第4話 この死体、どうしよう?

文字数 2,141文字

 俺がスーツケースを開けると、中には死体が入っていた。

「うぅ・・・」
 不覚にもちょっと声が出た。

 これくらいならセーフだ。安普請のアパートで大声を出すわけにはいかない。隣近所に聞こえてしまう。
 俺は刑事だから死体には慣れている。でも、家から死体が出てきたら、さすがに驚く。

 スーツケースの死体を確認したら嫌な予感が当たった。

 失踪した奈那だった。

 死体になった奈那は、体育座りの体勢でスーツケースに入っていた。
 俺は奈那の死体の状態を確認する。ざっと見た感じ、奈那の身体には外傷は見当たらない。俺は念のために少し着衣を捲って調べたが、外傷はなかった。
 どこかに外傷はあるかもしれない。が、奈那をスーツケースから出さずに調べているのだから細部まで確認できない。死亡解剖しないと分からないが、俺の経験上、死因は毒殺か窒息死だろう。

 俺は念のために奈那の左手の小指を確認した。

――小指は付いている・・・

 切断されていないから、俺が追っている小指フェチの犯人の事件とは関係なさそうだ。

 続いて俺は奈那の持ち物を確認することにした。奈那は服以外何も身に着けておらず、スーツケースの中にも何も入っていなかった。

 俺は奈那の死体を前にため息をつく。
 それにしても・・・

――犯人は俺なのか?

 都合の悪い記憶喪失を恨みつつも、状況を整理する。

 後輩の石倉は『鶴崎彩という名前の25歳の女性が失踪した』と言っていた。石倉が俺に見せた鶴崎彩の顔写真は、山本奈那と同じだった。
 身分証明書を確認したわけではないから、俺には鶴崎彩と山本奈那が同一人物なのかは分からない。ただ、俺は25歳という年齢に引っかかっている。

――奈那は24歳って言ってなかった?

 山本奈那は24歳と言っていたような気がする。石倉は25歳と言っていたから、奈那は1歳サバを読んだ。たった1歳のサバ読み。
 俺は32歳だ。俺にとって、奈那が24歳でも25歳でもどっちでも構わない。
 例えば、29歳と24歳は違うような気がするからサバを読む気持ちは理解できる。でも、25歳の女性が1歳サバを読んで24歳と偽る必要はあるのか?

 気になるものの、この疑問(年齢詐称)に時間を使うのは止めることにする。だって、俺が殺人犯なのか、死体をどうするかの方が重要だから。

 さて、この死体は鶴崎彩なのか? 山本奈那なのか? それとも鶴崎彩であり山本奈那なのか?

 スーツケースの中に身分証明書が入っていたら、この死体が誰か分かったのに・・・
 世の中には3人同じ顔の人がいる。二人が別人だったら、俺は3人中2人に会ったことになる。もしそうなら、俺はこの事件を『ドッペルゲンガー殺人事件』と命名しよう。

 次に、失踪する前日の夜に俺は奈那と会っている。奈那に会うまでの監視カメラはチェックしたから、スマホのアプリを消してしまえば奈那と会うまでの証拠はなくなる。でも、奈那に会った後の俺の足取りが分からない。コンビニ前を通って家に帰ったわけではなさそうだ。
 奈那に会って何の話をしたのだろうか? 奈那と食事した後、俺はどこに行ったんだ?


 そして、奈那の死体は俺の部屋にある。その死体は第三者の(俺の所有物ではない)スーツケースに入っている。
 新品ではなく使い古されたスーツケースだ。新品だったら買った場所から足が付く可能性があるから、古いスーツケースを使った。犯罪者としては正解だ。
 もし、この殺人が突発的に起こったとしたら、使い古されたスーツケースをどこで手に入れたのか? 都合よく粗大ごみとして捨ててないだろう。
 使い古されたスーツケースは事前に用意しておかないといけないから、この殺人は計画殺人と言える。俺は計画的に奈那を殺したのか? 何のために?

 まず、俺の部屋の押入れある死体は、俺か俺以外の誰かの仕業だ!

 偉そうに言ったが、俺は犯人が全く分かっていない。
 犯人を推理するために、言い方を変えてみよう。

 俺が奈那を殺してここに死体を保管していたか、誰かが殺して俺に罪を擦り付けるために俺の部屋に持ってきたか。

 俺がもし殺人犯だったとしたら、奈那を殺害する強い動機があるはず。

――俺は奈那に対して恨みを持っていたのだろうか? 

 いや・・・奈那に会った日の記憶はないが、少なくとも奈那に恨みはなかった。俺は奈那に好意を持っていた。だから、奈那を殺害する動機が思い浮かばない。
 動機が無くても衝動的に殺人を起こす場合もある。でも、この殺人は計画殺人だ。使い古した大型スーツケースは事前に準備しないといけないのだから。そうすると、

――誰かにはめられたと考える方が自然か・・・

 奈那を殺して俺に罪を擦り付けた犯人は、どのように行動するか?
 犯人は、俺の自宅に女性の死体があることを警察に通報しているかもしれない。
 俺の部屋の押入れに死体があったのだから、警察に「知りませんでした!」と言っても通用しない。俺が担当刑事だったとしても、俺のことを犯人として疑う。
 すると、俺が真っ先にすべきことは・・・

――この死体をどこかに捨てること!

 死体を捨てるだけなら死体遺棄罪。3年以下の懲役だ。
 殺人罪で捕まるくらいなら、それくらいのリスクは取ってもいい。

 俺はついに決心した。
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