第4話
文字数 5,733文字
SHAM
おまけ①「ある晴れた日のこと」
おまけ①【ある晴れた日のこと】
それは、雨が続いていた日。
朝目が覚めて窓の外を見てみると、そこには晴れ渡る空があった。
こんなに晴れたのは何日ぶりだろうと、男は空を見上げながらぼーっと考えていた。
「何ぼーっとしてんたよ、黄生」
それほど手入れなどしていないだろうに、艶があってそれでいてさらっとした黒の髪を風に靡かせながら、男は欠伸をする。
自分の名前が呼ばれていることにも気付きながら、面倒臭そうに顔を伏せる。
「そこ邪魔だから。どけ」
青い髪をした男が、うつ伏せをしたまま一向に起き上がろうとしない男を足で蹴飛ばす。
蹴飛ばされたことで、黄生はようやく顔をあげて自分を蹴飛ばした男を見上げるが、決して睨みつけてはいない。
ただただダルそうに、溜まった洗濯物を干そうとしている男を見ているだけだ。
「咲明」
ここでようやく、男は口を開いた。
「なんだ」
「お前、いつから家事なんてするようになったんだ」
「お前と会ってからだな。なにせ、お前が何もしないからな」
「なるほどな」
「なるほどな、じゃねぇから」
文句を言いながらも、咲明は着々と洗濯物を干していく。
賞金稼ぎで手に入れた金で部屋を借りたのは良かったが、生憎の天候が続いたため、外に出ることも面倒臭いという黄生とこうして部屋に籠っていたのだ。
部屋を借りた際、濡れてしまった着替えの代わりにと洋服を何着か手に入れたのだが、悪天候では洗う事も出来なかった。
しかし、こうして今日やっと良い天気になって、咲明は今だ、と干すに干せなかった洗濯物を2人分、干しているのだ。
「それにしても、最近ずっと雨だったよな。明日もまた雨になりそうだし。今日これ乾いたら出て行くだろ?」
「え?なんで?」
「なんでって、結構良い宿にしちまったから、どのみちそんなに長くはいられねぇぞ?」
「えー、そうなの?咲明がここで下働きすればいいじゃね?」
「お前一回ぶっ飛ばしていいか?」
「あーあー。折角晴れたのになんでお前といなくちゃいけないのかねー。俺はもっと癒しを求めてるのに」
「悪かったな俺で。なら出かけてくればいいだろうが。近くに酒飲める店あったんじゃねえか?」
「面倒臭い」
「結局それか」
どこかには行きたいようなのだが、自分の足で歩くとなると面倒のようだ。
咲明は洗濯物を干しながら、きっと黄生は1人で出かけたところで迷子になるだけだろうと分かってはいるのだが、言わない。
黄生にしても咲明にしても、それほどはっちゃけた性格ではないからか、どこかへ出かけようとか、何かをしに行こうとか、そういう話もほとんどない。
賞金首の手配書が出てきたときに、探しに行くか、とやる気を少しだけ出すくらいで、他には特にない。
特に黄生は、何をするのも基本的には無気力で、やる気がなくて、脱力していて、本人いわく、負のオーラを覆っているのだとか。
「よし、終わった」
「咲明ってよく働くよな。何がそんなに楽しいんだ?何がそんなにお前を駆り立ててるんだ?」
「何も楽しくねえから。駆り立てられてねぇし。お前がやらねえからやってるだけで、俺だって本来、やってくれる人がいるならダラダラ過ごしてぇよ。ただ自分よりも無気力な奴がいるからこうして動くしかねえだろうが」
「・・・人間って疲れるよな」
「お前どうした」
うつ伏せになって寝ていた黄生は、洗濯を干す為に窓を開けたため寒くなったのか、部屋に用意してあった炬燵に潜った。
肩まで被ると、咲明にお菓子をお茶が欲しいと言った。
仕方なく咲明は羊羹とお茶を出しながら、自分も炬燵に入る。
「羊羹久しぶりだ」
「近くのおばちゃんが、『大きくなったわねー、これあげるわ』ってくれたんだけどよ、絶対誰かと間違ってるよな。まあラッキーだと思ってもらっちまったけど」
「寒い」
「本当にお前自由だな」
人の話をまともに聞いていない黄生に対して、咲明は分かっているからか、ただ小さくため息を吐いた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
それからしばらく、2人は黙ったままだった。
沈黙が続くと気まずい仲でもないからか、2人はその沈黙の中もそれぞれ自分の時間を過ごしていた。
テレビをつけて炬燵でミカンを食べようとしていた黄生は、ミカンが入った袋に手を伸ばしてみたが、届かなかった。
いや、届かなかったというのか、頑張ればすぐ届いたのだろうが、軽く手を伸ばしただけで届かないことを悟ると、すぐに諦めて炬燵に潜ってしまった。
そんなに潜ったら熱いのではと思った咲明だが、黄生は猫みたいなところもあるから大丈夫だろうと、よくわからない理屈で納得していた。
そんなとき、咲明は眺めていた雑誌に手配書が挟まっていることに気付いた。
「あ、おい、黄生」
「んー?」
「ほらこれ。新しい手配書入ってたぞ。見たことねえな」
「・・・ん」
もぞもぞと炬燵から顔と片腕だけを出すと、咲明の方に伸ばす。
その腕に手配書を渡すと、黄生は手配書を顔の近くに置き、出していた腕をまたすぐに炬燵に入れてしまった。
「・・・これ、男?女?」
「多分男だろ。髪長いし色も白いけど、骨格とか顔つきからして男だろ」
「・・・女って書いてある」
「まじか。さっきの訂正な」
手配書に載っている写真だけを見ると、確かに男と間違っても仕方ない風貌をしている。
まあ、男か女かはあまり関係ないのだが、気になるのは賞金額の方だろう。
「結構良い額だよな?次はそいつ狙うか?」
「んー、近くにいたら」
「なんだそれ。あ、やべ」
「なにが?」
「俺達の手配書も入ってやがる」
ほら、と言って、咲明が黄生に見えるように手配書を見せてみると、黄生はそれを見ても平然と欠伸をしていた。
というより、余程眠いのだろうか。
「なんでこんなに額が上がってんだ?俺達なんかしたか?」
そもそも悪いことはしていないはずなのに、こうして賞金首になってしまったのはなぜだろうか。
それを知っているのはその手配書を作成した連中なのだろうが、会って話す心算はない。
その手配書を見て、黄生は眉間にシワを寄せる。
さすがに黄生もやばいと思ったのか、と咲明は思っていたようだが、どうやら違うようだ。
「俺、写り悪い」
「そこか」
「悪意があるぞ、これは」
そう言うと、珍しく黄生は身体を起こして炬燵から上半身を出すと、自分の顔が載っている手配書を見せた。
咲明の顔スレスレのところに持って行ったため、咲明はもう少し遠ざけてくれと頼むと、黄生はムスッとした顔で離れた。
そしてもう一度よく黄生の手配書を見てみると、そこには空を見上げてぼけーっとしている黄生が載っていた。
「・・・どこが写り悪いんだ?」
「全部だ」
「本来のお前の姿が写ってるだけだぞ」
「これは本来の俺じゃない。絶対に何かの罠だ。誰かが俺を頼りなく見せようとしてるんだ」
「・・・お前は自己分析が出来てないのか」
はあ、と咲明がため息をついてお茶に手を伸ばすが、それを制止して黄生は続ける。
「前から思ってたけど、お前はちょくちょく失礼な奴だな。俺が自己分析出来てないわけないだろ。俺は俺のことをちゃんとわかってるぞ」
「なら言ってみろ。黄生という男はどういう人間か、説明してみろ」
咲明がそう言うと、黄生は得意気にこう言った。
「世の中の誰よりも面倒臭がりだと自負してる」
「・・・偉そうに言う事か」
ふふん、と効果音がつきそうなほどの態度でそう言い切った黄生だが、自分でそういった途端に力が抜けたのか、またすぐに寝転がってしまった。
頬杖をつきながら、咲明は寝転がってまた炬燵に潜ろうとする黄生を眺めていた。
まあ、自分が面倒臭がりで何もしないことを知っているなら良いかと思った咲明だが、黄生の性格はさらに言うとこうだ。
面倒臭がりで何もしない、それは当たっているが、それだけではない。
方向音痴でぼーっとしているのが好きで、周りが右を向いていると左を向こうとするひねくれているところがある。
自分の気持ちの赴くまま、風の吹くまま、気の向くまま、自由というともしかしたら語弊があるのかもしれないが、無理に世間に合わせることもなく、今日をのんびり過ごせれば良いと思っている。
とはいっても、やはり生きて行くためにはお金が必需品であって、黄生はそこが適当な部分がある。
腹が減ったら喰う、眠かったら寝る。
だからなのか、お金のことに関しては、出来るだけ咲明がやりくりしている。
黄生は野宿でも良いから飯代に金をかけてほしいと言うのだが、今は冬の季節だ。
こんな時期に暖房器具一つない野宿なんかしたら、2人して凍え死んでしまう。
それに、布団やベッドで寝るとやはり身体が休まるもので、土のベッド、なんて洒落たことを言ってもやはり土なのだ。
しかも雨の日やその翌日などは土が濡れているため、寝るに寝られない。
黄生の性格の話から大分逸れてしまったが、とにかく、黄生という男は難しいのだ。
「俺達が賞金首になったのって、絶対に黄生のせいだよな」
「俺?なんで?」
「黄生が前に政府の連中間違って殴ったからじゃねえの?そんときの恨みだよ、きっと」
「・・・そんなことあったっけ?俺が殴った?お前じゃなくて?」
「お前だよ。てかあったろ。覚えてねえの?あんときも追いかけられて、逃げるときにお前があっちこっち変な道通るから大変だったんだぞ。しまいにはぐるっと回って戻ってきちまうし。あれにはあいつらもキョトンとしてたがな」
「あれは作戦だったんだ。ああやって奴らを散り散りにして、逃げ道を探すってな。俺のことを称えてもいいんだぞ」
「はいはい、分かったよ。それよりお前、太陽がどっちから昇るんだっけか?」
「太陽?ふん、俺を馬鹿にしてるのか。太陽は地球を回ってるんだぞ。地域によって違うに決まってるだろ」
「・・・やっぱり黄生だな」
はは、と笑いながらお茶を飲んでいると、顔だけ炬燵から出した黄生は首を傾げた。
「・・・・・・」
それからしばらく、また2人の間に沈黙が続いた。
何度目かのお茶を飲んだ後、咲明は湯気がたっているお茶を見つめながら、こう呟いた。
「黄生、お前は、変わるなよ」
「ん?何がだ?」
黄生と咲明、2人が出会ったのは随分と前のことになる。
いや、そう感じているだけかもしれない。
しかし、こうしてここまで信頼関係が出来ているのは、黄生の自由で周りに流されない性格のお陰でもあるのだろう。
嘘を平気で吐くことも出来る人間がいるなか、黄生にはそういった概念がない。
何を想って咲明がそう言ったのか、その真意は分からないが、黄生は身体を起こすと台のところに顎を乗せて咲明を見た。
「お前さぁ」
気だるげに聞こえてきた声は、いつもの口調でこう言った。
「何を背負いこんでんだか知らねえけど、俺は変わらねえよ?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
真面目な顔つきなわけでもなく、顎を乗せて欠伸をしながらそう言うものだから、咲明は思わず肩で笑ってしまった。
「なんだよ」
「いや、お前はそういう奴だよな」
「寒い。暖房つけてくれや」
「なら温泉でも入ってくればいいだろ。すぐに身体温まるぞ」
「えー。お前分かってんのか?温泉に行くまでに俺は炬燵から出て準備をして、寒い廊下を歩いて行って、温泉にようやく着いたら着いたで服を脱がなくちゃいけなくて、それでいて寒い中温泉に入るんだぞ?それこそ凍え死ぬわ」
「温泉の醍醐味だからな。頭寒足熱っていうだろ。入ればそれまでの寒さなんて可愛いもんだぞ。すぐに熱いって言って出てくる羽目になるからな」
「知ってるか?温泉から出ると寒いんだぞ。すぐにタオルで身体拭かないと風邪ひきそうなんだからな。それに、出てすぐのところにコーヒー牛乳なんて魅力的なものが置いてあるからついつい買って飲んじまうと、それこそ折角温泉に入ったってのに、お腹ピーピーになるんだからな。俺の腹の弱さを見くびるなよ」
「普通の風呂んときはそうだろうけど、温泉ならんなすぐに冷えるかよ。それにコーヒー牛乳に罪はねぇぞ。ついでに言うなら、お前の腹ほど頑丈なものはねえから安心しな」
「あーあー。寒い。温泉がこっちに来てくれればなー」
「温泉がすぐそこにあるのにな」
「・・・・・・」
ばさっと、また炬燵に潜りこんでしまった黄生を見て、こりゃまたしばらく出て来ないなと思っていると、すぐに出てきた。
そして炬燵をまるでカタツムリの殻のように背負いながら移動すると、自分の着替えとタオルを準備する。
自然と咲明も一緒に動くことになるのだが。
そして準備を終えると、黄生は「せーの」と言って、一気に飛び出して行った。
一瞬の出来事であっけに取られていると、咲明はお茶を飲み干してから炬燵の電源を切り、温泉の入る準備をした。
温泉に向かって行って入ってみると、そこには脱力している黄生がいた。
下手したら溺れるのではないかというほど温泉に浸かっているが、気持ち良さそうにしているから良いとしよう。
「ふー。あったけぇ」
「俺一生ここで生きて行く」
「多分無理だろうな。ふやけるのが早いか、お前が熱くてギブアップするのが早いかだろうな。それに、ここに一生いるってことは、夏場もいるってことだからな」
「え?夏はプールになるじゃないのか」
「なるわけないだろ。お前温泉を何だと思ってるんだ」
「湯上りにはコーヒー牛乳飲んで―、それから卓球してー、酒飲んで―、飯食ってー、寝て―。ああ、なんて幸せなんだ」
「卓球したら汗かいてまた身体冷えるぞ。それに後は通常のお前だからな」
「唐揚げいいなー。タラも喰いてぇなあ。鍋の季節だから鍋もありだな」
「・・・聞いちゃいねえ」
何にせよ、黄生と咲明は互いを信頼し合っているということである。
それから数日後、黄生はまた炬燵に潜っていた。
「もう咲明のことなんて信じねえぞ」
「温泉出てから熱いって言って、服を着ないで寝た自分を恨むんだな」