第4話

文字数 7,862文字

 Black×Blast解散の真相については、山崎がぽろっと口をすべらせたいくつかの情報からある程度の筋書きができていた。
 彼らの初ライブは一昨年の四月頭に行われた。それから五月中旬、七夕前夜とブッキングライブを重ね、九月に渋谷ノースラインでスリーマンライブのトリを務めた。
 渋谷ノースラインのライブで、竜也は春斗がバンドを脱退することを発表した。
 ――みんなに話しておかなきゃいけないことがある。オフィシャルサイトでは告知したけど、このライブを最後にドラムの春斗がBlack×Blastを脱退することになった。わかる、わかるって。残念だよな。聞いてくれよ。こいつ、パパになるんだってよ。
 竜也は詳しく語らなかったが、風の噂では、付き合っていた彼女の妊娠が発覚し、それでバンドを辞めることを決意したらしい。

 そこでまずドラムの春斗がBlack×Blastを脱退した。
 その後は正式メンバーを竜也一人とし、おそらくサポートドラムを新たに加えて活動を続けるつもりだったのだろう。事実、ライブの翌日にはそういった趣旨の告知がホームページでされていた。
 春斗脱退の事実は明日奈を愕然とさせた。あの夜も朝まで泣き通した。だが、Black×Blastが解散するわけではなかった。それだけが救いだった。

 ところがその一ヵ月後、Black×Blastのホームページが更新され、明日奈を谷底に叩き落す告知がされた。
 バンドを解散する旨の知らせだ。『誠に勝手ながら』、『解散いたします』、頭が真っ白になった明日奈が拾えた単語はそれくらいだった。

 これについては、山崎が竜也の結婚式に招待されたと話していたことから、竜也も春斗と同様に結婚をしたために音楽の夢を手放したのだと推察できる。
 つまり、正式メンバーが二人ともいなくなってしまったのだ。それはバンドが消滅することと同義であり、解散に至るのは自然な流れだ。

 それきり一年以上音沙汰はなく、迎えた昨年の十一月、新宿RAIJINにて一夜限りの復活ライブが行われた。
 そしてこの五ヵ月の間、Black×Blastに動きはない。

「光涼寺で御朱印を押してくれたあのお姉さんが、春斗さんの奥さんだったってことだよね?」
 神乃食堂で食事をした数日後、明日奈は千早希と継と三人で吉祥寺にいた。吉祥寺サンロード商店街や音楽スタジオ『NEAR』がある北側とは反対の南改札を出て、何も買わないくせに古着屋を巡っている。
 明日奈が「そうだと思う」と答えると、千早希は記憶を辿るように天井を見上げた。
「あしゅ、よく気づいたね。あの男の人が春斗さんだったなんて、まったくわからなかったよ」

 Black×Blastの初めての路上ライブからすべて通い詰めている、明日奈に負けず劣らずの最古参ファンの千早希が気づけなかったとしても、それは不自然というほどのことではないだろう。
 春斗の外見は、最後に彼の姿を見た渋谷ノースラインのライブのときとはまるで違っていたからだ。竜也が髪を短く切り、髪の色を黒に戻したこととは比べ物にならない変化だ。
 Black×Blastには決まったステージ衣装はなかったが、竜也はトレードマークのように黒のジャケットを羽織っていた。
 対する春斗はレッドワインのタンクトップを着ていることが多かった。ドラマーらしく筋肉質で、すらりとした高身長、染めていない黒髪は短く、いつもワックスで立たせていた。
 それが作務衣姿で、しかも一分刈りの坊主頭だったのだ。顔と体格しか記憶の琴線に触れるヒントがない。おそらくほとんどのファンが気づかないだろう。明日奈が一目で気づけたことが、むしろ異常なのだ。

「で、どうするの?」
 ハンガーにかかっていた古着のタンクトップを手に取って、継が顔を巡らせてきた。
「春斗さんを見つけたというのにずいぶん落ち着いてるね」千早希が呆れたような目つきで継を見返した。
「びっくりしてるよ。でも、見つけたからって、その後はどうするのさ。まさか、光涼寺に押しかけて直談判しようなんて考えてないよね?」
 その質問には明日奈が答えた。
「そのまさかだけど、やっぱりダメかな」
「追い返されるに決まってるよ。うまくいきっこないって」
「……だよね」
 無鉄砲で考えなしの明日奈だが、さすがにそんな無鉄砲で考えなしの行動が功を奏するとは思っていなかった。そうするつもりだと答えたのは、そうする以外に手段を見つけられずにいたからに他ならない。

「じゃあ、どうすればいいの」
 明日奈は不貞腐れ、手段の模索を継に丸投げした。継はげんなりとした顔で息をつき、タンクトップを元あった場所に戻した。
「継、それ買わないの?」千早希が上機嫌の口調で尋ねた。
「うん。お金に余裕ないし」
「似合いそうだけどな」
「えー、嘘ばっかり。こういう服は春斗さんみたいな人じゃないと似合わないんだよ」
 継は竜也のことも好きだが、男らしさをより備えた春斗に憧れている。筋肉質な上、180センチ後半という高身長、自分にはない要素を持ち合わせているからだろう。継は細身で二の腕も太くないので、春斗のようにタンクトップ一枚で過ごすのはたしかに愚行かもしれない。
 ちなみに今日の継の服装は無地のTシャツにダメージジーンズと単調だ。
「上からシャツを羽織ったらいいじゃん。ほら、これなんか合いそうじゃない?」
「うーん、二つで四千円ちょっとか。痛い出費だな」
「買ってあげないよ?」
「誰も頼んでないだろ」

 自分も一着くらい買おうかなと思い、明日奈は店内を見て回ることにした。二人から離れようとしたときだ。

「あっ……」
 継と千早希が「どうしたの?」と寄ってきた。明日奈は店の奥を指差した。
「神乃食堂で見かけたお人形さんじゃん」
「やっぱりそうだよね。あんな可愛い子、そうそういないし」
 千早希が美少女のお手本のようだと褒め称えた女の子だった、どうやら連れはいないらしく、難しい顔で服を選んでいる。
 黒のTシャツの上から薄紅色のシャツを羽織っていた。デニムパンツを穿いた足は細く、華奢な体格をしている。おそらく、157センチの明日奈より少し身長が低い。
「え……あれを買うの?」
 彼女が手にしているTシャツはやはり黒地だった。黒が好きなのだろうか。それはいいとして、Tシャツには白抜きで文字が入っていた。
 嘘でしょ、と千早希がこぼした。
「根性って書いてあるよ? あの子が……あのTシャツを……着るの?」
「外人さんって、ああいうの好きだよね」
 彼女はしばらくTシャツと睨めっこを続けていたかと思えば、そのままレジへ向かった。どうやら購入するつもりらしい。最後まで明日奈たちの視線に気づくことはなかった。

「まあ、いいや。お腹空いたから何か食べにいこうよ」
 そう言って踵を返した千早希だったが、思い出したように継の顔を見た。
「その服、どうするの? 買うの? 買わないの?」
「買わない。お金ないもん」
「あっそ」
 明日奈はもう一度レジを振り返り、それから千早希たちに続いた。どことなく満足そうに代金の支払いをする横顔があった。

 古着屋を出た後は目的地もなく辺りを歩いた。
「どこでランチする?」
 真ん中を歩く千早希が訊いてくるが、三人でいるときにそういったことを決めるのはいつだって彼女の役回りだ。というより、何かしら明日奈が提案してもあれこれと難癖をつけて、「あっちのお店は?」などと返してくるのだ。それがわかっているので明日奈も継も形式的にうなり、悩んでいる振りだ。
「千早希が決めていいよ」
「うん。任せる」
「二人とも優柔不断なんだから。しょうがないなあ」
 カレーにしよう、と千早希は道の先にある店を指差した。淡いブルーのツーピースの裾を翻し、踊るような調子で歩き出す。この日はポニーテールにした髪が右へ左へ揺れていた。

 三人共、店で一番安いメニューを注文した。
「とりあえず、一度春斗さんに会いに行ってみない?」明日奈はご飯にたっぷりルーをかけて、スプーンで口に運んだ。最後にはいつもルーが足りなくなる。
「だからね、それが無計画なんだって」
「千早希だって、あのお姉さんに会いたがってたじゃん」
「それとこれとは関係ないでしょ」
「あるもん」
 まあまあ、とお決まりのように二人をなだめた継だったが、不意にスプーンを手放し、あーっ、と声を上げた。店内に響く声に千早希の肩が跳ねた。
「千早希!」
「え、何……? 私?」
「舞子にライブのことを話しただろ」
「あー……話しては……ないよ? ちょっとテレパシーで念じただけ。スマホのテレパシーで」
「白状したな!」
「だってえ、チケットノルマきついんだもん」
 継は椅子の背に深くもたれ、恨めしげな目を隣に座る千早希に向けた。
「舞子ちゃん、大喜びだったでしょ?」千早希に悪びれた様子はなく、むしろてへっと効果音が付きそうな顔だ。
「来月のライブ……三十人は連れていくって言ってた」
「そんなに? やったね」
「大した演奏もできないのに客入りだけよかったら逆に恥ずかしいよ」
「別にいいじゃん」
「どんなに多くても十人までだからねって念を押しておいた」
「また余計なことを」

 二人の会話に黙って耳を傾けていた明日奈はそこで大きく目を見開いた。明日奈の表情の変化に気づいたらしい千早希が「あしゅが変な顔してる」と茶化してきた。

「それだよ!」
「あしゅ、主語がない」
「ライブ!」
「主語以外もちゃんと口にして」
「来月のライブに春斗さんを招待しよう」
 千早希と継は揃ってあんぐりと口を開け、「はあー?」と声を出した。
「Black×Blastのコピーバンドをしてるから竜也さんと二人でぜひ遊びに来てくださいって伝えればいいんだよ」
「あのね、それで春斗さんが来てくれるとは――継?」
 気づけば考える顔つきで押し黙っていた継に向かって、千早希は首を傾げた。
「悪くないアイデアかもしれない」
「え……、継まで何を言ってるの」
「山崎さんが前に話してたんだ」
「Black×Blastのことを?」
「違う。山崎さんがスタジオの店長になる前、バンドをやってた頃の話だよ」
「そういえば、店長さんもバンドマンだったんだっけ」
「ほら、山崎さんは一度メジャーデビューしてるだろ?」
「……は?」
 ぽかんとした千早希だったが、間もなくひっくり返らんばかりに体を仰け反らせ、えーっ、と叫んだ。明日奈はただ目を剥いていた。
「あれ、言ってなかったっけ。ごめん。でもすぐに解散しちゃって、それで山崎さんは裏方に回ることを決めたんだって」
「神乃食堂で春斗さんを見つけたことより驚いた」
「お酒が入ると、寂しそうな目をすることがあるんだ。はっきりとは口にしないけど、やっぱり未練があるんだと思う。当たり前だよ。プロ志向でバンドをやっていれば、誰だって音楽で食べていきたいって夢を見る」
 継は明日奈と千早希に目をやった後で、
「それは竜也さんや春斗さんだって同じなんじゃないかな」
「どういうこと?」
「あんなに凄いバンドだったんだよ? 噂ではメジャーレーベルとの契約寸前だったって話じゃないか。僕だったら一生引きずるよ。未練がまったくないなんてこと、あるはずがない」
「私たちがBlack×Blastの曲をライブで演奏しているのを見れば、またバンドを始めてくれるかもしれないって、そう言ってるの?」
「たぶん、そんな単純な話じゃない。もう一度言うけど、あんなに凄いバンドだったんだ。メジャーデビューにだって手がかかっていた。実現が間近に迫っていた夢を手放したんだ。その決断は、僕たちのライブを観たくらいで覆るほど安いものじゃないよ」

 明日奈は「そ……」と口を開いた後で、乾いていた唇を舐め、言葉を続けた。

「それなら、ライブに招待することで何が起こるの?」
「わからないよ。そんなこと、僕にわかるわけがないじゃないか」
 苦しそうに首を揺らした後で、でも、と継は再び口を開いた。
「もしかしたら……ううん、期待どおりになんてならないだろうけど……」
 最後にまた「もしかしたら」と継の口から落ちた。
 その程度のことで願うとおりの結果が生まれるとは、継も楽観視できないのだろう。それでも淡い期待を抱かずにはいられないのだ。継だって明日奈たちと同様にBlack×Blastの復活を心から待ち望んでいる。

「メンバーを集めよう!」
 そう言ったのは千早希だった。
「Black×Blastのメンバーに見てもらうんだから、きちんと形にしなきゃ。ツーピースバンドじゃなくて、できれば四人、最低でもあと一人。継はインターネットの掲示板でメンバー募集をかけて。あしゅと私は都内のスタジオを片っ端から回って、メンバー募集の張り紙をさせてもらおう」
「やる。今日やろう!」
「それと、スタジオ『NEAR』のロビーにいる人たちに、誰かバンドに入りたがってる人はいませんかって訊いてみよう」
「ちょっと待ってくれ」
 継がすっと手を上げた。無理だよ、と言った。
「無理って?」
「メンバー募集の張り紙を作ってから三ヵ月以上が経っているんだよ? そんなにうまくいくとは思えないよ。ライブまで一ヵ月もない。一週間で応募があったとして、残るのはたった二週間ちょっとだ。そんな短期間に曲を覚えてもらって、バンド練習もする。さすがに厳しいって」

「やる前からあきらめないでよ!」
 明日奈が声を尖らせると、継は違うと言いたげに首を振った。

「千早希の言うとおり、竜也さんと春斗さんを招待するなら生半可なライブはできない。でも、メンバーを探している時間はない。だったら方法は一つだ。サポートを頼めばいいんだ」
「え? サポートメンバーってこと?」
「お金はかかるけど、それが一番現実的だと思う」
「えっと、ギターかドラムだよね。どっち?」
「この際だからどっちでもいいよ。頼むのは来月のライブだけだし」
「よーし、今から山崎さんにサポートしてくれそうな人材に心当たりはないか訊きにいこう」
 善は急げと明日奈たちは止まっていた食事の手を再開させた。黙って完食し、五分後にはカレー屋を出ていた。

 音楽スタジオ『NEAR』へは駅構内を抜け、北上する。駅を目指して四つ角を右に折れた。あとは駅まで真っ直ぐだ。
 通りを歩いていると、楽器屋の前に差しかかった。何気なく店内に目をやった明日奈は思わず立ち止まっていた。

「あしゅ、急ぐよ」
「待って。またあの子がいる」
 千早希は後ろ歩きで戻ってくると、ガラス越しに楽器屋の中を覗いた。そこには根性Tシャツを着たお人形さんの姿があった。手に紙袋を提げているので、買ったそばからどこかで着替えたのだろう。
「同じ街にいるんだから二度見かけることだってあるでしょ。ほら、行くよ」
「うん」
 歩き出そうとした明日奈だったが、彼女のことが気になり、楽器屋を通り過ぎるまで店内に目を向けていた。
 彼女は店員に何やら話しかけ、それから店員について店の奥へと歩き出した。
 あと数歩も進めば彼女の姿が視界から消えるというとき、予想もしない光景に明日奈の足は再び止められた。

「あしゅ!」
 母親が子を叱るような口調で千早希が呼びかけてくるが、明日奈の目は店内の様子に釘づけになっていた。
「見て……」
 千早希と継が駆け足で戻ってくる。げんなりとした顔をする千早希だったが、明日奈が指差す方向に顔を巡らせると、はっとしたように目を開いた。

 明日奈は黙って自動ドアの前に立った。

 ドアが開くと、それまで不鮮明だった音が浮き彫りになった。すぐに千早希と継もついてきた。
 根性Tシャツを着た女の子が座っていたのは、ドラムセットの前だった。
 試奏をしているのだ。普通のドラムではなく電子ドラムなので、音こそ派手ではないものの、その一打一打が明日奈の心を震わせる。明日奈にはドラムの上手下手がわからないが、それでもたしかな迫力を感じていた。
 すごい、と感嘆の言葉が洩れた。
「すごくない?」
 いつの間にか両隣に立っていた千早希と継にそう声をかける。二人は完全に言葉を失っていた。
 しばらくすると女の子は手を止めた。器用にスティックを手の中で回転させながら、んー、とうなってドラムセットを見つめている。やがて彼女の視線が値札に移ると、不服そうに唇を尖らせた。

「バンドに勧誘しよう」
 明日奈は言った。すると二人から思わぬ反応が返ってきた。
「はあ?」
「あしゅ、馬鹿なの?」
 痛ましいものを見るような二人の目つきに明日奈はたじろいだ。「な、なんでよ。別にいいじゃん。声をかけるくらい」
「無駄だって」継は聞こえよがしにため息をついた。「あしゅにはわからないのか」
「耳が肥えてないからね」千早希もまた呆れ返ったような調子だ。
「だから、何が」
「あの子のドラム、普通じゃない」
「プロレベル」
「え……」
 明日奈はぎょっとし、首を縮めた。亀のように首を引っこめたまま、ゆっくりと視線をドラムセットのほうに戻す。女の子が椅子から立ち上がるところだった。

「電子ドラムでもわかるよ。あれは相当な腕だ。ほら、店員さんもぽかんとしてる」
「うん。コピーバンドになんて入ってくれるわけないよ」
「でも、すごいね。僕たちより若そうなのに」
「美少女で、ドラムの実力も一級品って、神様を恨んじゃいそう」
 何だか一人だけ除け者にされているような気がしてきて、明日奈は顔をしかめた。ぶすっとして、
「訊いてみなきゃわからないじゃん」
 そう言って、前へ足を送り出した。
「あっ、ちょっとあしゅ!」
「無理だってば」
 二人の制止する声を振り切って、明日奈はドラムセットに近づいた。女の子は中腰になって値札と睨めっこをしていた。

 明日奈は普段こそ極度の人見知りだが、事がBlack×Blastに関係するとなれば話は別だ。そんな欠点は胸の奥深くに隠れてしまい、入れ替わるようにして向こう見ずな性格が顔を出す。

「バンド、一緒にやらない?」
 単刀直入に切り出した。ぱちぱち瞬きをしながら明日奈に顔を向けた根性Tシャツの彼女は、無言のまま首を傾けた。
「えっ、もしかして英語じゃなきゃ通じない?」
 英検四級に二度も落ちた明日奈だ。これには不意に不安がせり上がってきて、そのせいで人見知りも返り咲いた。
 目線を左右に揺らしていると、
「わかるよ」
 と、彼女は端的に答えた。澄んだ声だが、やや素っ気ない。
「いきなり何を言い出すのかと、驚いただけ」
「ごめんなさい」
「なんで謝るの」
「いきなりだったから」
「そっか」
 明日奈はうつむき、「もうバンド、組んでる?」とぼそぼそ尋ねた。
「バンドは、組んでないかな」
「一緒に……やってくれない?」
「プロを目指してるの?」
「ううん。ただのコピーバンド……」
 やっぱり二人が言ったことは正しかったんだと明日奈は思った。明日奈では彼女の実力の程を正確に推し量れないが、きっとプロ並みの腕前なのだろう。そんな人間がコピーバンドに加入してくれるなんて――。

「いいよ」
「……え?」
「だからドラム、叩いてあげてもいいよって言ったの」
「いいの?」
 彼女は「ん」と右手を差し出して、スマホ、と言った。明日奈は慌ててスマホを手渡した。
「練習日が決まったら教えて。だいたい暇だけど、毎回行けるかはわからない」
 それだけ言って、ばいばいと手を振った。彼女が楽器屋を出ていくのを呆然と見送った後でスマホの画面を見ると、電話帳に新しい電話番号が登録されていた。
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