第5話
文字数 1,858文字
天邪鬼たちは呆然としている。
上を下へのお祭り騒ぎも、すっかりしーんと静まりかえった。
もう引き止めない、帰ってこなくていい……タカキとヒロはそう言った。
天邪鬼としては、それでは帰ってやろうではないか! と意気ごむところだ。それが天邪鬼の心意気。
けれど。
――友達じゃない。
天邪鬼たちはうつむいてしまう。
「ねえ、あなたたち。そろそろ、道を空けてほしいんだけど」
車の座席に背をもたせかけて、すっかりあきらめて生徒たちの宿題の採点をしていた富子先生が言った。
ならんだ他の車の中でも、みんなもうくつろいで本を読んだりしている。
(おい人間)
タカキの天邪鬼は車の窓越しに、富子先生に声をかけた。
(ききたいことがある)
「え、なにを言っているの?」
みゅんみゅん言っている天邪鬼に、富子先生は身を乗り出した。
(友達じゃないとやつらは言った。なので我らは口惜しいことにやつらと友達にならねばならん。天邪鬼としてな)
「ごめんなさい。なにを言っているのかわからないの」
(仲良くなる方法を知っているか)
天邪鬼は身振り手振りで説明するのだが、富子先生にはよくわからない。
やがて天邪鬼はじれたように視線を外し……みゅん! と大きな声をあげた。
(そちらの紙束をこちらへ!)
天邪鬼の視線の先――後部座席には、家でじっくり目をとおそうと富子先生が持ってきていた、みんなの自由研究。
(皆の者、あのページを見よ! 仲良くなり方が書いてある人間の書物があるようだ!)
ほかの天邪鬼たちがざわついた。見よだと? じゃあ見ない、とちょっと揉めたが、結局みんな気になって、富子先生の車の前にあつまった。
うながされるまま富子先生は、タカキの自由研究のノートを手渡した。
天邪鬼たちは『仲良くなり方』のページを、みんなでのぞきこんだ。
『仲良くなろうとしないこと』
(これだ!)
(仲良くなろうとしなければ良いのだ!)
(徹底抗戦だ!)
ひゃっほう! と天邪鬼たちはよろこび勇んで、だだだといきおい良く走っていった。
行ってしまった天邪鬼たちの背中を見送りながら、富子先生は腕を組んで首をひねった。
「なにかまずいことをした気がするな」
*
富子先生は気になって車を走らせた。
ヒロの家に行ったが、ヒロも天邪鬼たちも帰っていなかった。仲良くなろうとしないこと――天邪鬼たちがそれを実践したなら、もうタカキたちと天邪鬼たちは、友達になれないかもしれない。
タカキの家に行ってインタフォンを鳴らすと、玄関から出てきたのはヒロだった。
「先生。どうしたの?」
先生が事情を話すあいだ、ヒロはだまって聞いていた。
聞き終えると、にやりと笑って、庭からリビングの窓を指さした。
「見てみなよ」
富子先生が庭にまわると、窓の向こうに大勢の天邪鬼の姿。
車座になってトランプを持って、みんなで遊んでいる。中にはタカキの姿もある。みんな笑っていた。
「裏の裏は表ってわけだね」
ヒロが笑った。
それで富子先生も合点がいった。
『仲良くなり方』を調べ、『仲良くなろうとしないこと』と書かれたページを読んだ天邪鬼たちは、じつに天邪鬼らしく行動したのだ。つまり、仲良くなろうとした。
へへん、とヒロが得意そうに胸を張った。「計画通りだぜ」
「あなたたち、全部作戦だったの?」
「もちろん。おれら、あまのじゃくのプロだぜ。おれはブリーダーで、タカキは研究者。二人あわせれば敵なしだ。友達じゃないって言ってやったら、きっと戻ってくるって思ってた」
富子先生はううむとうなった。ちょっぴり複雑な思いだった。天邪鬼たちの習性をしっかりとついた作戦はお見事だけれど、それでいいのかしらと思ってしまう。
だって友達じゃないと言われたら、友達になりたくなって、友達だと言われたら、友達でいたくなくなるなんて。
それじゃあ、ずっと仲良しではいられないじゃないか?
「ちがうよ先生」
富子先生の考えを読み取って、ヒロが言った。
不思議な確信のこもった声で。
「あまのじゃくたちはずっと、友達でいたかったんだ。なにを言われようと関係なくね。ちょっとひねってみせるのは、ただ遊びたいだけなんだ」
ヒロは窓の向こうで笑っているタカキを見やった。
まぶしいものでも見るように、じっと目を細めて。
「おれにはわかるよ」
上を下へのお祭り騒ぎも、すっかりしーんと静まりかえった。
もう引き止めない、帰ってこなくていい……タカキとヒロはそう言った。
天邪鬼としては、それでは帰ってやろうではないか! と意気ごむところだ。それが天邪鬼の心意気。
けれど。
――友達じゃない。
天邪鬼たちはうつむいてしまう。
「ねえ、あなたたち。そろそろ、道を空けてほしいんだけど」
車の座席に背をもたせかけて、すっかりあきらめて生徒たちの宿題の採点をしていた富子先生が言った。
ならんだ他の車の中でも、みんなもうくつろいで本を読んだりしている。
(おい人間)
タカキの天邪鬼は車の窓越しに、富子先生に声をかけた。
(ききたいことがある)
「え、なにを言っているの?」
みゅんみゅん言っている天邪鬼に、富子先生は身を乗り出した。
(友達じゃないとやつらは言った。なので我らは口惜しいことにやつらと友達にならねばならん。天邪鬼としてな)
「ごめんなさい。なにを言っているのかわからないの」
(仲良くなる方法を知っているか)
天邪鬼は身振り手振りで説明するのだが、富子先生にはよくわからない。
やがて天邪鬼はじれたように視線を外し……みゅん! と大きな声をあげた。
(そちらの紙束をこちらへ!)
天邪鬼の視線の先――後部座席には、家でじっくり目をとおそうと富子先生が持ってきていた、みんなの自由研究。
(皆の者、あのページを見よ! 仲良くなり方が書いてある人間の書物があるようだ!)
ほかの天邪鬼たちがざわついた。見よだと? じゃあ見ない、とちょっと揉めたが、結局みんな気になって、富子先生の車の前にあつまった。
うながされるまま富子先生は、タカキの自由研究のノートを手渡した。
天邪鬼たちは『仲良くなり方』のページを、みんなでのぞきこんだ。
『仲良くなろうとしないこと』
(これだ!)
(仲良くなろうとしなければ良いのだ!)
(徹底抗戦だ!)
ひゃっほう! と天邪鬼たちはよろこび勇んで、だだだといきおい良く走っていった。
行ってしまった天邪鬼たちの背中を見送りながら、富子先生は腕を組んで首をひねった。
「なにかまずいことをした気がするな」
*
富子先生は気になって車を走らせた。
ヒロの家に行ったが、ヒロも天邪鬼たちも帰っていなかった。仲良くなろうとしないこと――天邪鬼たちがそれを実践したなら、もうタカキたちと天邪鬼たちは、友達になれないかもしれない。
タカキの家に行ってインタフォンを鳴らすと、玄関から出てきたのはヒロだった。
「先生。どうしたの?」
先生が事情を話すあいだ、ヒロはだまって聞いていた。
聞き終えると、にやりと笑って、庭からリビングの窓を指さした。
「見てみなよ」
富子先生が庭にまわると、窓の向こうに大勢の天邪鬼の姿。
車座になってトランプを持って、みんなで遊んでいる。中にはタカキの姿もある。みんな笑っていた。
「裏の裏は表ってわけだね」
ヒロが笑った。
それで富子先生も合点がいった。
『仲良くなり方』を調べ、『仲良くなろうとしないこと』と書かれたページを読んだ天邪鬼たちは、じつに天邪鬼らしく行動したのだ。つまり、仲良くなろうとした。
へへん、とヒロが得意そうに胸を張った。「計画通りだぜ」
「あなたたち、全部作戦だったの?」
「もちろん。おれら、あまのじゃくのプロだぜ。おれはブリーダーで、タカキは研究者。二人あわせれば敵なしだ。友達じゃないって言ってやったら、きっと戻ってくるって思ってた」
富子先生はううむとうなった。ちょっぴり複雑な思いだった。天邪鬼たちの習性をしっかりとついた作戦はお見事だけれど、それでいいのかしらと思ってしまう。
だって友達じゃないと言われたら、友達になりたくなって、友達だと言われたら、友達でいたくなくなるなんて。
それじゃあ、ずっと仲良しではいられないじゃないか?
「ちがうよ先生」
富子先生の考えを読み取って、ヒロが言った。
不思議な確信のこもった声で。
「あまのじゃくたちはずっと、友達でいたかったんだ。なにを言われようと関係なくね。ちょっとひねってみせるのは、ただ遊びたいだけなんだ」
ヒロは窓の向こうで笑っているタカキを見やった。
まぶしいものでも見るように、じっと目を細めて。
「おれにはわかるよ」