6 自衛権と自己保存権

文字数 2,530文字

6 自衛権と自己保存権
 自衛権行使の際に均衡もこの正戦論に基づいていなければならない。均衡性にはは原因行為説と目的説の二つがある。前者は相手の行動に対してバランスの取れた反撃を行うことが認められるとする考えである。3発殴られたら、同じ程度殴り返せる。ただし、原因行為説に従ったとしても、戦争の際に国家は自国民に対して他国民の命を軽く扱いがちで、反撃が過剰になる可能性がある。他方、後者は相手の行為の目的に対してバランスの取れた反撃を行うことが認められるとする考えである。3発殴られたとしても、相手が自分を殺そうとしていたのなら、息の根を止めてかまわない。「シャーマンの海への行進」はこの説によって正当化される。

 イスラエルが国際社会から非難されているのは、原因行為節から見れば、自衛権に基づく武力行使として過剰だからである。しかし、イスラエルは生存権を根拠に行動を正当化している。それは目的説に基づいて均衡をとらえていることを意味する。

 目的説は結果ではなく、動機を重視している。そうなると、自衛権は自己保存権となりかねない。これは国家が存続するために必要な措置をとることができる権利であるが、現代の国際法では認められていない。

 近代の最も基礎的原理である政教分離を提唱したトマス・ホッブズは、『リヴァイアサン』(1651)において、「自然状態」を「万人の万人に対する戦争(bellum omnium contra omnes: the war of all against all)」と言う。自然状態においてすべての人間は自由である。そのため、利害の対立が避けられない。自分を守るためにはやられる前にやると考えるのが合理的だ。自己保存の目的に基づいて先制攻撃をすることを誰もが認識して実行する。かくして万人の万人に対する戦争が自然状態で繰り広げられる。

 現代の国際法は、そのため、自己保存権を認めない。あくまで武力行使に対する反撃圏としての自衛権に限定している。先制攻撃も相手の目的があらかじめわかることを前提にし、万人の万人に対する戦争の状態を招く危険性があるので、国際法は必ずしも認めていない。

 イスラエルが生存権を根拠に軍事行動をとる時、それは自衛権ではなく、自己保存権を行使している。そのため、彼らは先制攻撃を仕掛けたり、過剰反撃をしたりする。今回のガザ攻撃に際しても、ハマスが利用していると病院や学校を始めとする民間施設を破壊したり、人間の盾として使っていると女性や子どもを含む民間人を巻き添えにしたりするなど21世紀の「シャーマンの海への進軍」を繰り広げている。、「人間の盾」は攻撃困難の理由として持ち出すものである。イスラエルの行為は無差別攻撃でしかない。「人間の盾」は彼らの多くの詭弁の一つである。「真っ当な民主主義社会」が避けるべきニヒリズムに陥っている。その姿はおよそ現代の国家の姿ではない。

 ハマスとイスラエル軍との戦争がはじまって4カ月弱で、ガザにおいて約2万7千人の市民が犠牲になり、人口の8割を超える190万人が家を追われている。イスラエルの攻撃はジェノサイド,のみならず、「ドミサイド(Domicide)」にもあたると欧米メディアが取り上げている。これは人間生活やコミュニティ維持のために必要な構造物を大規模かつ意図的に破壊する行為を指す。

 その状況をインターネットで確認することができる。情報デザインを専門とする渡邉英徳東大教授の研究室とNPO法人「日本国際ボランティアセンター(JVC)」の共同チームはガザに関する衛星画像の調査結果をデジタルマップ化し、ウェブ上で公開している。

 西田直晃記者は、『東京新聞』』、2024年2月4日 12時00分配信「ガザでの破壊を衛星画像で分析したら…イスラエル軍の『言行不一致』が見えた 東大教授ら『マップ』公開」において、それを次のように伝えている。

◆日本政府が援助した生活のための施設も破壊
 「建物そのものだけにとどまらず、国際的なネットワークも、人々の営為そのものも破壊されていることを知ってほしい」。1月末の報道陣向けのオンライン発表会で、渡邉氏は調査の意図を強調した。
 ガザでは昨年10月、イスラム組織ハマスの攻撃を受けてイスラエル軍の侵攻が始まった。渡邉氏らは、米プラネット・ラボ社が撮影した衛星画像を精査し、侵攻前後の状況が比較できるようデジタルマップにした。
 渡邉氏によると、日本のNGOが農園施設での技術指導を支援したアズハル大学のキャンパス、日本政府が建設を援助した南部ハンユニスの廃水処理プラントなど、少なくとも日本関連の3施設の破壊が、画像の解析で確認された。
 3施設以外にも、日本が支援した病院や学校、高齢者施設が攻撃で損壊し、周辺の住宅も甚大な被害を受けた可能性が、画像から浮かび上がった。
 このうち、ガザ北部の学校の中庭には、直径約40メートルの範囲に被害を与える500ポンド爆弾のクレーターが生じていた。学校の近くには、より殺傷力が高い2000ポンド爆弾が使われた形跡があった。日本が支援した他の施設周辺でも、巨大なクレーターが散見された。
 建物の破壊だけでなく、がれきの散乱や農地の減少もうかがわれた。
 デジタルマップでは、倒壊した建物やクレーター、イスラエル軍が築いたとみられる土塁などを衛星画像上に印を付けるなどして示し、説明文を添えている。

◆「破壊を止める流れをつくることが必要だ」
 渡邉氏は「『殲滅(せんめつ)』という表現が妥当かもしれない。所構わずに破壊している」と指摘する。また、建物が無事でも、軍に包囲されていると推測される事例もあるという。「例えば、病院の周辺に掘り返された痕跡や空爆によるクレーターがみられる。市民の医療機関として機能しているのか疑問で、イスラエル軍が利活用するために病院自体は残したのではないか」
 渡邉氏はガザの現在地について「(日本で言えば)1945年4月ごろの沖縄に似ている。制圧する目的で踏みにじられている」と表現し、「イスラエル軍が掲げてきた大義名分と実際の軍事行動には大きな乖離(かいり)がある」と主張した。

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