3 南アフリカのアイデンティティ

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3 南アフリカのアイデンティティ
 今回の訴えにはこの植民地主義政策の過去が反映している。南アは人権や正義、弱者支援のために主導的役割を果たすことをアイデンティティとしている。

 南アのノースウェスト大学アンドレ・デュベンハーゲ教授は、『朝日新聞DIGITAL』、2023年10月26日11時00分配信「『パレスチナ問題はアパルトヘイト』 南ア、イスラエル批判の論理は」において、パレスチナ人の置かれている状態はイスラエルによるアパルトヘイトと見る南アの人々は少なくないと述べている。現在、南アの与党はアフリカ民族会議(ANC)である。これはアパルトヘイト撤廃闘争の主体となった組織で、その過程でソ連や中国、北朝鮮、キューバといった社会主義国と連携している。東西冷戦下、西側諸国は南アの白人政権を支持しており、脱植民地主義の急進的なイデオロギーを持つANCはそれに対抗するマルクス=レーニン主義の諸国に接近する。

 イスラエルは、ホロコーストの経験が建国の大きな要因の一つであったにもかかわらず、アパルトヘイトの南ア政府を支持している。人権や正義、弱者救済のために主導的な役割を果たそうという姿勢が認められない。差別体験が自分自身のことにとどまっている。これには、反アパルトヘイト闘争が他の民族解放運動と国際的な連携をしていたのに対し、シオニズムがそれを十分に持っていなかったことに理由があるだろう。ANCはそうした運動の体系に位置付け、理念を共有していたため、統治担当者になってから人権や正義、弱者の救済という普遍的原理に貢献することをアイデンティティにしている。だが、シオニズムは他の民族自決運動とつながっていないので、関心が自分だけに向いている。

 反アパルトヘイトの国際世論の盛り上がりに押され、西側諸国も南アとの関係を見直す。イスラエルも陣営の一員として南アのアパルトヘイト政策を非難し始める。1977年、安全保障理事会は、南アフリカの近隣諸国に対する侵略と潜在的核開発能力は国際の平和と安全に対する脅威を構成すると決定、63年の任意の武器金融発動を強制化する。ところが、イスラエルは裏では兵器システムを供与、さらに核兵器開発まで支援している。

 ANCは、社会主義諸国のみならず、世界中の解放闘争とつながる。その中にパレスチナ解放機構(PLO)がある。1994年以降、ANCが政権をとると、南アではアパルトヘイトとパレスチナ問題の類似性を指摘する論調が展開される。「天井のない監獄」に置かれているパレスチナ人の状態は人種隔離政策に苦しめられた自分たちと同じではないのか、しかもイスラエルは白人政権を最も支援してきた国の一つではないかというわけだ。こうしたシンパシーはANC だけでなく、南アフリカの諸勢力の間で広く共有されている。

 ANCはイスラエルに批判的で、パレスチナ問題をアパルトヘイトの一形態と位置付ける。もちろん、ANCも統治を担う立場として経済のためにはイスラエルからのITや金融を始めとする投資が必要であり、現実的な対応をとっている。

 しかし、2023年10月7日に始まった戦闘は南アフリカ政府の姿勢に変化をもたらす。シリル・ラマポーザ大統領や外務省高官はイスラエルのハマスに対する軍事行動を批判、国際刑事裁判所に戦争犯罪が起きている可能性を調査するよう要請する。

 さらに、南アフリカ議会は、2023年11月21日、首都プレトリアのイスラエル大使館を閉鎖し、イスラエルがハマスとの休戦に合意するまで外交関係を停止するとした決議案を賛成多数で可決する。野党の「経済的開放の闘士(EEF)」が決議案を提出、与党のANCが外交関係停止についてイスラエルによる休戦受け入れ、およびイスラエルが拘束力を持つ国連斡旋の交渉に応じると約束するまでという修正を加えて可決している。実行には大統領の承認が必要で、議会としての意思表示という象徴的な意味合いが強い。

 パレスチナ人も彼らのシンパシーを理解している。ヨルダン川西岸のラマラの丘に、ネルソン・マンデラの像が立っている。その右手を掲げた姿は南アフリカとパレスチナの連帯の証である。

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