第19話
文字数 2,062文字
一体どうしてこんなことになってしまったのだ。
私は、横で同じように料金の説明を受ける男を一瞥する。
相変わらずはんぺんみたいに薄い顔。オレンジの派手なTシャツに高校時代のジャージと思しきズボン。そして足元にはレンタルのボルダリングシューズ(それは私もだが)。相変わらず、華のない男である。
「いやあ、それにしても偶然ご友人と出会うなんて、ラッキーですねえ」
料金の話が終わるタイミングで、店主が嬉しそうに言った。
「友達じゃありません!」
私とはんぺん男の声が重なる。私がキッとはんぺん男を睨みつけると、奴も同じようにこちらを睨みつけてきた。いっちょ前に何見てんだ。
「まーた声を揃えて、本当に仲がいいですねえ」
店主が面白がるように笑みを浮かべる。いいからさっさと説明しろ。
「さあさあ、さっきまでが料金の説明になります。不明点なんかはありませんか?」
「大丈夫です」
「私も」
私たちがムスッとそう言うと、店主は頷いて、
「次はボルダリングというスポーツについてお話ししますね」と話し始めた。
「壁に沢山の突起物がついていますよね。あれをホールドと言います。あれを手で掴んだり、あそこに足を置いたりして壁を登っていくわけです」
店主はレーザーポイントで、壁につけられたカラフルな突起物を指し示す。
「さて、ただしこのスポーツはただ登ればいいというものではありません。コースによって使っていいホールドが決まっているのです。例えば、茶色のコースは一番から十番まであるのですが、一番のコースを使って説明しましょう。あちらの壁を見てください」
茶色?一番?私の頭にいくつかの『?』が浮かんだが、これから説明してくれるだろうと言葉を飲み込んだ。店主はそう言った後、一番入り口に近い壁を指し示した。
「ホールドの横にテープが貼ってあるのがわかりますか?」
そう言われてみると、確かに一つ一つのホールドの側に茶色やら赤色やらのテープが貼られていて、そのテープには数字が記入されている。
「要するに茶色の一番のコースなら、その色の、その数字が書かれたテープが貼られたホールドしか、掴んじゃダメなわけです」
なるほど。壁に無数にあるホールドの中で、限られたホールドだけを使って登るわけだ。となると、登る前にきちんとそのコースを確認しなければならないのか。
「足はどうなんです?」
はんぺん男が聞いた。確かに、それはもっともな質問だ。
「テープの色分けは、茶色、赤色、青色、黒、白、灰色の順番で難しくなるようにしています。茶色と赤色は、足をどこのホールドにかけても構いません。それ以上の難易度のコースになると足をかけるのも、そのコースのホールドにしかかけてはいけません」
足までとなると、ホールドの場所を覚えていないと難しそうだ。
「まあ、今日は最初なので、茶色と赤色で手一杯だと思いますよ。じゃあ練習がてら茶色の一番を登って見ましょうか。じゃあえっと、まずは天芸寺さん?でしたっけ?からお願いします。スタートのホールドには数字の右上に『S』と書かれています」
この男、天芸寺って名前なのか。顔の割に派手な名前ね。
「僕ですね。いきまーす」
天芸寺はそう言って、壁に近づいていく。
「言い忘れてましたが、最初のホールドは両手で掴んでください。その状態で両足を地面から離してどこかのホールドにかけるとスタートです。ゴールのテープには、数字の上に小さく『G』の文字が書いてありますので。そこを目指して頑張ってください」
「なるほどなるほど」
天芸寺はそう言って、壁の前で立ち止まり、壁を見上げた。コースを再確認しているのだろう。
天芸寺は息を整えてから、両手で最初のホールドを持ち、両足をそれぞれ別のホールドにかけた。そして、茶色の一番のシールが貼られた次のホールドに片手を伸ばす。
なんだ、なかなか様になってるじゃないか。面白くない。
天芸寺はどんどんホールドを移り、するすると壁を登る。そして、あっという間にゴールのホールドにたどり着いた。
ゴールのホールド掴んだ天芸寺は、どうだ?と言わんばかりの顔で私たちを見た。
「一番上に着いたら、ゴールです。もうどのホールドを使ってもらっても構いませんので、飛び降りても平気な高さまで降りてから、飛び降りてください」
「あーい」
天芸寺はこれまたスルスルっと降りてきて、マットに飛び降りた。それから、私の前で自慢げにニッと笑みを浮かべた。
「僕はクリアしちゃったけど、キミはどうだろうねえ」
この野郎。私は天芸寺を睨みつける。
「おおっ、言いますねえ。じゃあ、次、深町さん行きましょうか」
このバカな店主は、私とこの男がじゃれあってるとでも思っているのか、能天気な様子。
「はーい」
今日は軽い気持ちできたけど予定変更。この天芸寺とかいう男だけには、絶対に負けたくない。こいつがクリアしたコースより、絶対に、絶対に、難しいコースをクリアして帰ってやる。こいつだけには絶対負けないわよ。
私は、横で同じように料金の説明を受ける男を一瞥する。
相変わらずはんぺんみたいに薄い顔。オレンジの派手なTシャツに高校時代のジャージと思しきズボン。そして足元にはレンタルのボルダリングシューズ(それは私もだが)。相変わらず、華のない男である。
「いやあ、それにしても偶然ご友人と出会うなんて、ラッキーですねえ」
料金の話が終わるタイミングで、店主が嬉しそうに言った。
「友達じゃありません!」
私とはんぺん男の声が重なる。私がキッとはんぺん男を睨みつけると、奴も同じようにこちらを睨みつけてきた。いっちょ前に何見てんだ。
「まーた声を揃えて、本当に仲がいいですねえ」
店主が面白がるように笑みを浮かべる。いいからさっさと説明しろ。
「さあさあ、さっきまでが料金の説明になります。不明点なんかはありませんか?」
「大丈夫です」
「私も」
私たちがムスッとそう言うと、店主は頷いて、
「次はボルダリングというスポーツについてお話ししますね」と話し始めた。
「壁に沢山の突起物がついていますよね。あれをホールドと言います。あれを手で掴んだり、あそこに足を置いたりして壁を登っていくわけです」
店主はレーザーポイントで、壁につけられたカラフルな突起物を指し示す。
「さて、ただしこのスポーツはただ登ればいいというものではありません。コースによって使っていいホールドが決まっているのです。例えば、茶色のコースは一番から十番まであるのですが、一番のコースを使って説明しましょう。あちらの壁を見てください」
茶色?一番?私の頭にいくつかの『?』が浮かんだが、これから説明してくれるだろうと言葉を飲み込んだ。店主はそう言った後、一番入り口に近い壁を指し示した。
「ホールドの横にテープが貼ってあるのがわかりますか?」
そう言われてみると、確かに一つ一つのホールドの側に茶色やら赤色やらのテープが貼られていて、そのテープには数字が記入されている。
「要するに茶色の一番のコースなら、その色の、その数字が書かれたテープが貼られたホールドしか、掴んじゃダメなわけです」
なるほど。壁に無数にあるホールドの中で、限られたホールドだけを使って登るわけだ。となると、登る前にきちんとそのコースを確認しなければならないのか。
「足はどうなんです?」
はんぺん男が聞いた。確かに、それはもっともな質問だ。
「テープの色分けは、茶色、赤色、青色、黒、白、灰色の順番で難しくなるようにしています。茶色と赤色は、足をどこのホールドにかけても構いません。それ以上の難易度のコースになると足をかけるのも、そのコースのホールドにしかかけてはいけません」
足までとなると、ホールドの場所を覚えていないと難しそうだ。
「まあ、今日は最初なので、茶色と赤色で手一杯だと思いますよ。じゃあ練習がてら茶色の一番を登って見ましょうか。じゃあえっと、まずは天芸寺さん?でしたっけ?からお願いします。スタートのホールドには数字の右上に『S』と書かれています」
この男、天芸寺って名前なのか。顔の割に派手な名前ね。
「僕ですね。いきまーす」
天芸寺はそう言って、壁に近づいていく。
「言い忘れてましたが、最初のホールドは両手で掴んでください。その状態で両足を地面から離してどこかのホールドにかけるとスタートです。ゴールのテープには、数字の上に小さく『G』の文字が書いてありますので。そこを目指して頑張ってください」
「なるほどなるほど」
天芸寺はそう言って、壁の前で立ち止まり、壁を見上げた。コースを再確認しているのだろう。
天芸寺は息を整えてから、両手で最初のホールドを持ち、両足をそれぞれ別のホールドにかけた。そして、茶色の一番のシールが貼られた次のホールドに片手を伸ばす。
なんだ、なかなか様になってるじゃないか。面白くない。
天芸寺はどんどんホールドを移り、するすると壁を登る。そして、あっという間にゴールのホールドにたどり着いた。
ゴールのホールド掴んだ天芸寺は、どうだ?と言わんばかりの顔で私たちを見た。
「一番上に着いたら、ゴールです。もうどのホールドを使ってもらっても構いませんので、飛び降りても平気な高さまで降りてから、飛び降りてください」
「あーい」
天芸寺はこれまたスルスルっと降りてきて、マットに飛び降りた。それから、私の前で自慢げにニッと笑みを浮かべた。
「僕はクリアしちゃったけど、キミはどうだろうねえ」
この野郎。私は天芸寺を睨みつける。
「おおっ、言いますねえ。じゃあ、次、深町さん行きましょうか」
このバカな店主は、私とこの男がじゃれあってるとでも思っているのか、能天気な様子。
「はーい」
今日は軽い気持ちできたけど予定変更。この天芸寺とかいう男だけには、絶対に負けたくない。こいつがクリアしたコースより、絶対に、絶対に、難しいコースをクリアして帰ってやる。こいつだけには絶対負けないわよ。