第38話
文字数 1,585文字
私は鏡の中にいる私を見つめる。
服の上からでも私の美しいボディラインがよくわかる。さすがはオーダーメイドスーツだ。世の中にこれほど、このムラサキ色のスーツが似合う男がいるだろうか。
思わず笑みを浮かべてしまう。
自慢のタワーマンションを出たところでスマホが鳴った。着信元は『Bar アリガネ』。私の経営する店の固定電話からだ。
「金有さん、お疲れ様です!」
電話の向こうから部下の声。忙しいときになんだ。
「何の用だ?」
私は不機嫌さを隠さずに電話に出た。
「今日なんですけど、一人男がくる予定が入りまして」
つまり、金ヅルだ。私は思わず口角をあげる。
「ほう、やるじゃないか。ただ、残念かな」
「もしや、今日は来られないんで?」
「ああ、大切な用がある」
「そうですか。ではこっちでやっておきます」
「上手くやれよ」
「はい。お疲れ様です」
これで大量の金が入ってくるからやめられない。店に出て、馬鹿な男たちが女の前でぼったくられる表情を見るのも愉快だが、今日はタイミングが悪かった。私はいているのだ。
歓楽街へ出て、往来の端に立った。今日は人通りも多い。すぐにいいターゲットが見つかるだろう。
往来を行き交う女を品定めして、ものの数分もしないうちにいい女を見つけた。二十代後半ほどだろうか。冬だというのに赤く短いスカートを履いた女だ。私には様々な才能があるが、その才能の一つに男に飢えた女を見分ける才能がある。化粧や服装、まいから私はわかってしまうのだ。
私はニヤリと笑って、曲がり角を曲がってすぐのところに引っ込んだ。あの女が来たところで飛び出し、コーヒーをかけてやる。そこで手を引いて、優しい言葉の一つや二つをかければ一発だ。ふふふ。そう思っていた矢先。
ドン!
「うおっ!」
立ち止まっていた私に、誰かが勢いよくぶつかった。思わず声をあげ、私は地面に尻もちをついた。
な、何事だ!?
目の前に女が一人前のめりに倒れ込んでいた。デニムのパンツを履いているところを見るに、私がターゲットにしていたのとは全く別の女。余計な邪魔をしやがって。私は前髪で顔の隠れた女を睨みつける。
が、すぐに私は顔を綻ばした。
「すみません!大丈夫ですか?」
そう言ってこちらを向いた女性が、とてつもなく可愛かったからだ。
「い、いえ、こちらこそ」
私は立ち上がり、ニコニコと笑みを浮かべながら、スーツの埃を払った。
「本当にすみません!コーヒー付いちゃいましたね……」
彼女が立ち上がり、こちらに近づいて、私のスーツに触れた。確かにコーヒが付いている。彼女が持っていたコーヒーが溢れて付いたのだろう。しかし、そんなことはどうでもいい。
私のスーツを心配そうに眺める彼女の顔を、改めてじっくりと見つめる。
二重幅の広い目。長い睫毛。そして色気のあるプルプルの唇。耳についた大きなリンゴのピアスも浮世離れしていた良い。小柄な彼女を私は抱きしめたかった。
「あの……、大丈夫ですか?」
彼女の問いかけで、私はハッと我に帰る。
「ああ、全然!ぜーんぜん大丈夫ですよ!」
「高価そうなスーツなのに……。何かお詫びをさせてくれませんか?」
彼女は私のスーツをそっと握って、上目遣いでそう言った。
「お、お詫びですか?」
「ええ、何がいいかな……」
彼女は顎に手を当てて、ほおを膨らませる。そして、考えるように少し黙ってから、
「そうだ!」と手を叩いた。
「この後のご予定は?」
微笑みを添えて、彼女が聞いた。
「私のですか?」
「他に誰がいるんですかあ」
舌ったらずにそう言って、彼女がクスッと笑みを浮かべる。
「私は特に予定はありませんが……」
「では食事でも奢らせてください。行きましょう!」
彼女はそう言って私の腕に自分の腕を絡めた。
なんて大胆な、素晴らしい女性だ!
服の上からでも私の美しいボディラインがよくわかる。さすがはオーダーメイドスーツだ。世の中にこれほど、このムラサキ色のスーツが似合う男がいるだろうか。
思わず笑みを浮かべてしまう。
自慢のタワーマンションを出たところでスマホが鳴った。着信元は『Bar アリガネ』。私の経営する店の固定電話からだ。
「金有さん、お疲れ様です!」
電話の向こうから部下の声。忙しいときになんだ。
「何の用だ?」
私は不機嫌さを隠さずに電話に出た。
「今日なんですけど、一人男がくる予定が入りまして」
つまり、金ヅルだ。私は思わず口角をあげる。
「ほう、やるじゃないか。ただ、残念かな」
「もしや、今日は来られないんで?」
「ああ、大切な用がある」
「そうですか。ではこっちでやっておきます」
「上手くやれよ」
「はい。お疲れ様です」
これで大量の金が入ってくるからやめられない。店に出て、馬鹿な男たちが女の前でぼったくられる表情を見るのも愉快だが、今日はタイミングが悪かった。私はいているのだ。
歓楽街へ出て、往来の端に立った。今日は人通りも多い。すぐにいいターゲットが見つかるだろう。
往来を行き交う女を品定めして、ものの数分もしないうちにいい女を見つけた。二十代後半ほどだろうか。冬だというのに赤く短いスカートを履いた女だ。私には様々な才能があるが、その才能の一つに男に飢えた女を見分ける才能がある。化粧や服装、まいから私はわかってしまうのだ。
私はニヤリと笑って、曲がり角を曲がってすぐのところに引っ込んだ。あの女が来たところで飛び出し、コーヒーをかけてやる。そこで手を引いて、優しい言葉の一つや二つをかければ一発だ。ふふふ。そう思っていた矢先。
ドン!
「うおっ!」
立ち止まっていた私に、誰かが勢いよくぶつかった。思わず声をあげ、私は地面に尻もちをついた。
な、何事だ!?
目の前に女が一人前のめりに倒れ込んでいた。デニムのパンツを履いているところを見るに、私がターゲットにしていたのとは全く別の女。余計な邪魔をしやがって。私は前髪で顔の隠れた女を睨みつける。
が、すぐに私は顔を綻ばした。
「すみません!大丈夫ですか?」
そう言ってこちらを向いた女性が、とてつもなく可愛かったからだ。
「い、いえ、こちらこそ」
私は立ち上がり、ニコニコと笑みを浮かべながら、スーツの埃を払った。
「本当にすみません!コーヒー付いちゃいましたね……」
彼女が立ち上がり、こちらに近づいて、私のスーツに触れた。確かにコーヒが付いている。彼女が持っていたコーヒーが溢れて付いたのだろう。しかし、そんなことはどうでもいい。
私のスーツを心配そうに眺める彼女の顔を、改めてじっくりと見つめる。
二重幅の広い目。長い睫毛。そして色気のあるプルプルの唇。耳についた大きなリンゴのピアスも浮世離れしていた良い。小柄な彼女を私は抱きしめたかった。
「あの……、大丈夫ですか?」
彼女の問いかけで、私はハッと我に帰る。
「ああ、全然!ぜーんぜん大丈夫ですよ!」
「高価そうなスーツなのに……。何かお詫びをさせてくれませんか?」
彼女は私のスーツをそっと握って、上目遣いでそう言った。
「お、お詫びですか?」
「ええ、何がいいかな……」
彼女は顎に手を当てて、ほおを膨らませる。そして、考えるように少し黙ってから、
「そうだ!」と手を叩いた。
「この後のご予定は?」
微笑みを添えて、彼女が聞いた。
「私のですか?」
「他に誰がいるんですかあ」
舌ったらずにそう言って、彼女がクスッと笑みを浮かべる。
「私は特に予定はありませんが……」
「では食事でも奢らせてください。行きましょう!」
彼女はそう言って私の腕に自分の腕を絡めた。
なんて大胆な、素晴らしい女性だ!