13 4本弦の誘惑とワナ

文字数 2,144文字


 アイリッシュバンドのハブでのライブも二回目。
 最初はわけがわからず、ひたすら祭りのようにリズムに合わせて音を出していただけだったが、だんだんわかってきたし、仲間の顔と名前も一致(いっち)してきた。
 フィドルの兄さんはフレディ。本業は大工(だいく)。といっても、わりとオシャレな内装をやっているらしく、あまり土臭(つちくさ)いタイプではない。
 フィドルで、フレディ、おぼえやすい、感謝。

「日本って、アイリッシュ、どう?」

 フレディらしい、スマートな大人の問い。
 しかし、私にろくな回答は用意できないのだ。

「ごめん、私、アイリッシュはここに来て初めて知ったくらいだから」
「ないわけはないんだけどな。日本人の上手(うま)い演奏とか動画で見るし」
「もちろん、日本にもいろんな人がいる。でも、私は、あまり他の人と演奏したことなかった」
「どうして?」
「なんでだろう。とにかく、居場所(いばしょ)が、なかったな。真面目にクラシックやっている人はいたけど、なんかそういうの、私には好きになれなくて」
「なぜ好きになれないの?」
「たぶん、楽譜どおり弾くっていうのがね、そもそもむりなのだと思う。だって、気持ちが高揚(こうよう)したら、自分の音、出したくなる」
「それは、強弱(きょうじゃく)だけではなく、ハーモニーも変えちゃう?」
「イエス。メロディだって」
即興(そっきょう)は、ベートーベンも得意だったらしいよ」
「私、ピアノは弾けないし」
 私の落胆(らくたん)に、フレディは、さわやかな笑みを見せた。
「君って、真面目そうに見えて、じつはわがままなんだね」
「ごめんなさい」

 こういうとき、どうしてもうつむいてしまう私。
 彼は、私の背中をたたいた。背筋(せすじ)をのばせ、と言わんばかりに。

「どうしてあやまるのさ、それって、才能(さいのう)じゃないか。僕なんか、即興って言っても、きめられた音をランダムに拾うくらい、あとはリズムで生きてるだけだからね。内面(ないめん)から生まれれてくる気持ちを、自分のメロディとして主張(しゅちょう)できるのは、すばらしいことだと思うよ」
「ありがとう、でも、それは、少しほめすぎ」
「よかったら、このあと、飲みに行かない?」

 私は、視線(しせん)を横に向けて、苦笑する。

「私、まだ15なんですけど」
「演奏家に(とし)は関係ない、ちがう?」
「あなたは本当にそう思う?」
 
 彼は、しばし考え込んだ。

「”本当にそう思うか”と()われると、(むずか)しい。人は、打算(ださん)で生きている。表面的な関係、表面的なルール、表面的な楽しみや会話。でも、君の黒い(ひとみ)に、本当はどうなのか、と問われると、僕は、自分が、()ずかしくなった」
「なぜ?」
「君は、クールだ。黒髪(くろかみ)に、黒い瞳。そこには、ウソがない。君は、小柄(こがら)で、強くは見えないけど、でも、たぶん、僕よりもずっとなにかが強い」
 
 私は、しばし考え込んだ。

「私、アルコールは無理だけど、何か食べたい。お昼、作ったのに、食べそこなっちゃって。さすがに空腹(くうふく)
「じゃあ、このあとレストランに行こう」

 とはいえ、演奏&軽い打ち上げの後、街に出ても、開いているレストランはもうなかった。
 しかたなくハンバーガーシッョプでセットを買って、川縁(かわべり)で食べた。
 静かな細い公園で、道から近いから、危険ということもなさそう。
 汚れたベンチに、楽器ケースを(わき)に置いて、バーガーの袋をしいて、二人で(すわ)る。

「なんか、同じ楽器の人といると、安心できるね」
 と彼。
「そう? ライバル心みたいな熱い気持ちは、ないとは言えない」
「ははは。まあ、僕は本業は大工だから」
「聞いた。オシャレなリビングとか作ってるって本当?」
「うん、わりとそんな仕事は多い。今度、和風(わふう)も調べてみるよ。あのすきっとしたデザイン、かっこいいよ。(じか)に座るのは苦手だけど」
正座(せいざ)ね」
「それ。ゼッタイ無理」
「私も」
 二人で笑う。
 (いきお)いで、先に確認しておく。
「ねえ、フレディ、あなた、カノジョとかいないの?」
「まあ、正直、いる」
「そっか」
「こんど、会ってみる?」
 私は苦笑して、首を振った。
「ごめん、なんか、こういうの、()れてなくて。へんな質問した。わすれて」
「そんなことないよ。うちのカノジョは、猫だから」
「はあ? それ猫っぽい女性、という意味?」
「いや、本当に猫。ルールーって名前」
「なんだ」
「でも、愛しているのは本当」
 私は、くすくすくと笑いがこみ上げてきた。
「じつは、私にもペットがいるんだけど、その猫は、わからないの」
「なにが?」
「あれ、ないの」
「ティスティカル?」
 彼は医師のように手振(てぶ)りで男性の股間(こかん)の形を示した。
 私は大学教授のようにうなずいた。
「そう。それがないんだけど、最初からないのか、あとから取ったのか、不明。なぜなら、ここに着いて早々、空港でもらった猫だから」
「わお」
「もっと観察すればかわるのかもしれないけど、それもなんか失礼だし」
「だよね」
「でも、いろいろ話すし、私を(ささ)えてくれてる」
「名前は?」
「フェリー」
「たしかに、性別不明っぽい名前だ」
「やっぱりそうよね」

 なんか、バツイチ同士が、自分の子供を紹介している、みたいな気分。
 ハンバーガーも、空腹だから食べるけど、別に美味しくはない。
 ただ、夜風が気持ちよくて、聞くこと聞いたら、不思議とリラックスできた。
 
 バイオリンと猫。
 いまのところ、私の全て。

 だから、まあ、いいか、と。
 リリーなんか8歳なのに、私まだだし。
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