第3話 変わる世界
文字数 1,751文字
翌日の放課後。合唱祭の練習が始まる前にそそくさと教室から逃げ出し、教えてもらった子ネコの居場所を目指して出発した。幸運にも、その場所は僕らの通学路の途中にあった。
「いつも通ってる桜並木の交差点あるじゃない?」
「ああ」
「あそこを3丁目の方向に進むと小さい公園があるんだって。そこのブランコの裏に段ボール箱があって、そこに入ってるって言ってたよ」
「そうか。調べてくれてありがとな」
「いいよ。ヒロトのためだもの」
気づけばお互いに早足になり、あっという間に目的の公園にたどり着いた。走り回る子ども達を避けながらブランコへと向かい、付近を探すが段ボール箱は見つからなかった。
「君たち、ネコちゃんを探してるの?」
後ろから話しかけられ、2人同時に振り向く。声をかけてくれたのは見知らぬママさんだった。ヒロトがすかさず質問を返す。
「はい。何かご存知なんですか?」
「ええ。白ネコちゃんでしょう?先週も、君たちと同じ制服を着た子が探していたわ」
ママさんが見たのはサクライ君のことだと思われた。だけど聞きたいのは、その情報ではなかった。僕と同じ気持ちでいたヒロトが、質問を重ねる。
「あの、子ネコの居場所を知りませんか?ここにまだ数匹いるって聞いて来たんですけど」
「あそこの教会に行けば会えると思うわよ。昨日、ここにあった段ボールを抱えた人が教会に入っていくのを見たの」
「そうですか。ありがとうございます」
早口に礼を述べて、ママさんの指差す教会へと走り出す。白壁のシンプルな作りの教会で、とんがり屋根の頂点に十字架が飾られている。しかし門扉が施錠されており、中に入ることはできなかった。ヒロトは閉ざされた門扉を見つめてため息をつく。
「また明日だな」
「うん。そうしよう」
そのまま2人は教会に背を向けた。しばらくして、彼らの足音もすっかり遠のいたころ。門扉の輪郭がぼやけ始め、やがて姿を消した。
**********
翌日、ヒロトは学校を休んだ。そして長らく欠席が続き、2週間ほどして復帰してきた。久しぶりにその姿を見たときにはあまりに嬉しくて、強烈な引力で彼のもとへと引き寄せられた。
「ヒロト!これまでどうしてたの?!大丈夫?」
「落ち着けよユウ。ほら、席座れ」
促されるまま、彼の後ろの自席に座り前のめりになって聞いた。
「ねえ大丈夫?何があったの?」
「心配かけてごめん。ちょっと事故ってさ」
「事故?!」
思った以上に大きな声が出てしまい、クラス中の視線を集めてしまった。苦笑いで適当にやり過ごし、落ち着いてきたところで身を屈めて、今度は小声でヒロトに聞く。
「事故って?」
「交通事故。自転車でコンビニ行く途中に車にぶつかってな。骨折して動けなかったんだ」
指さされるその右足はギプスで覆われ、上履きではなくスリッパを履いていた。よく見れば、机の傍に松葉杖も寝かせて置いてある。骨折の他にはすり傷やアザができた程度で、後遺症の心配はないという。
「大変だったね。でも、運動神経バツグンのヒロトが事故なんて。イラついて危ない運転でもしたの?」
「まさか。横から飛び出して来たネコを避けようとしたら、フラついて車道に出ちゃったんだよ」
「ネコを?」
「ああ。でも勘違いだったみたいだ。風で飛んできたビニール袋をそう見間違えたのかもしれない」
「かもって、わからないの?」
「うん。車道に逃げたはずのネコを誰も見てないって言うし、ビニール袋も落ちてなかったから」
「そうなんだ。でも命が助かって本当に良かった」
「ありがと。なあユウ、悪いけど後でノート見せて」
「もちろん」
その後しばらく、ヒロトは両親の車で送り迎えしてもらっていた。そうするうちに、僕らのコットンキャンディーに対する熱は自然に冷めていき、教会を訪ねた日から1ヶ月後には話題にも上がらなくなっていた。
だけど、僕は心のどこかで、何かを忘れている感覚がずっと残っていた。何を忘れたのかは、忘れた。だけどたしかに、それがない。あるはずのものが、あるべき場所にない違和感をずっと抱えたままだった。
『……これできっと大丈夫』
「いつも通ってる桜並木の交差点あるじゃない?」
「ああ」
「あそこを3丁目の方向に進むと小さい公園があるんだって。そこのブランコの裏に段ボール箱があって、そこに入ってるって言ってたよ」
「そうか。調べてくれてありがとな」
「いいよ。ヒロトのためだもの」
気づけばお互いに早足になり、あっという間に目的の公園にたどり着いた。走り回る子ども達を避けながらブランコへと向かい、付近を探すが段ボール箱は見つからなかった。
「君たち、ネコちゃんを探してるの?」
後ろから話しかけられ、2人同時に振り向く。声をかけてくれたのは見知らぬママさんだった。ヒロトがすかさず質問を返す。
「はい。何かご存知なんですか?」
「ええ。白ネコちゃんでしょう?先週も、君たちと同じ制服を着た子が探していたわ」
ママさんが見たのはサクライ君のことだと思われた。だけど聞きたいのは、その情報ではなかった。僕と同じ気持ちでいたヒロトが、質問を重ねる。
「あの、子ネコの居場所を知りませんか?ここにまだ数匹いるって聞いて来たんですけど」
「あそこの教会に行けば会えると思うわよ。昨日、ここにあった段ボールを抱えた人が教会に入っていくのを見たの」
「そうですか。ありがとうございます」
早口に礼を述べて、ママさんの指差す教会へと走り出す。白壁のシンプルな作りの教会で、とんがり屋根の頂点に十字架が飾られている。しかし門扉が施錠されており、中に入ることはできなかった。ヒロトは閉ざされた門扉を見つめてため息をつく。
「また明日だな」
「うん。そうしよう」
そのまま2人は教会に背を向けた。しばらくして、彼らの足音もすっかり遠のいたころ。門扉の輪郭がぼやけ始め、やがて姿を消した。
**********
翌日、ヒロトは学校を休んだ。そして長らく欠席が続き、2週間ほどして復帰してきた。久しぶりにその姿を見たときにはあまりに嬉しくて、強烈な引力で彼のもとへと引き寄せられた。
「ヒロト!これまでどうしてたの?!大丈夫?」
「落ち着けよユウ。ほら、席座れ」
促されるまま、彼の後ろの自席に座り前のめりになって聞いた。
「ねえ大丈夫?何があったの?」
「心配かけてごめん。ちょっと事故ってさ」
「事故?!」
思った以上に大きな声が出てしまい、クラス中の視線を集めてしまった。苦笑いで適当にやり過ごし、落ち着いてきたところで身を屈めて、今度は小声でヒロトに聞く。
「事故って?」
「交通事故。自転車でコンビニ行く途中に車にぶつかってな。骨折して動けなかったんだ」
指さされるその右足はギプスで覆われ、上履きではなくスリッパを履いていた。よく見れば、机の傍に松葉杖も寝かせて置いてある。骨折の他にはすり傷やアザができた程度で、後遺症の心配はないという。
「大変だったね。でも、運動神経バツグンのヒロトが事故なんて。イラついて危ない運転でもしたの?」
「まさか。横から飛び出して来たネコを避けようとしたら、フラついて車道に出ちゃったんだよ」
「ネコを?」
「ああ。でも勘違いだったみたいだ。風で飛んできたビニール袋をそう見間違えたのかもしれない」
「かもって、わからないの?」
「うん。車道に逃げたはずのネコを誰も見てないって言うし、ビニール袋も落ちてなかったから」
「そうなんだ。でも命が助かって本当に良かった」
「ありがと。なあユウ、悪いけど後でノート見せて」
「もちろん」
その後しばらく、ヒロトは両親の車で送り迎えしてもらっていた。そうするうちに、僕らのコットンキャンディーに対する熱は自然に冷めていき、教会を訪ねた日から1ヶ月後には話題にも上がらなくなっていた。
だけど、僕は心のどこかで、何かを忘れている感覚がずっと残っていた。何を忘れたのかは、忘れた。だけどたしかに、それがない。あるはずのものが、あるべき場所にない違和感をずっと抱えたままだった。
『……これできっと大丈夫』