第四十五話 瑞希、遂に『タイガー』を発動する? そのお陰でだな……。

文字数 2,121文字


【……未来(みらい)視点】

「お前は、あの時の怪力女!」

「Youは、女の敵! わたしの……」

 それ以上は言えないようだ。彼女の顔がみるみる紅潮する。あれは事故(第二十三話参照)……きっと、大した部分ではないと思うのだけど、……そう、きっと大袈裟な。

 ほらほらほら、周りの奴らが騒ぎ始めたぞ。

 俺の席はミズッチや彼女のいる黒板前、または教壇から直線距離で一番遠い席、つまり一番後ろの席。本当は前へズカズカ乗り込みたいところだけど……まあ、相手は仮にも女の子だし、それに初めての日本の学校とも言っていたし、そこまでは勘弁してやるが、


 ――それでもだな、もう俺は立ち上がっていた。

 女の子は眼鏡一つで化けるというが、その眼鏡の奥……正体見たり! その素顔が俺の記憶と一致。古式に攻めているつもりだろうけど、ほんと三つ編みの似合わない奴だ。

 あの、靡く長い髪が印象的だったから。

「怪力女だから『海里(かいり)』なのか?」

「失礼ね、こんな可愛い子に『怪力女』だなんて」

 自分のことを自分で可愛いだって……危ない危ない、思わず吹き出しそうになった。
 こいつはきっと恭平(きょうへい)以上にナルナル(ナルシスト)だな。尚且つ俺以上に自己中で、あまり関わらない方がいいな。だがな、屁理屈なら誰にも負けないぞ。

 奴のペースに呑まれるな。――と自問自答、自己暗示も含ませて。

「軽はずみに人を投げ飛ばしといてか?」

「もう、いちいち五月蠅いな! だから女なんかに投げ飛ばされるのよ!」

「おーおー認めたな、自分が怪力女だって」

「もう一回、投げ飛ばしてあげましょうか」

 俺から近づかなくても、顔を真っ赤にしながらズカズカと、
 鬼の形相で彼女の方から近づいてくる。……なら、俺に非はないようだな。

 周りは騒めくが、俺には関係ない。


 すると、――机だろうか? それらしきものを叩く音こだまして、

「お前ら、いい加減にせえよ!」

 と、それは女の人の声で……って、ミズッチ? 我が二つの目、見えるものを瞬間疑ったけれど、紛れもなく恐ろしき形相のミズッチ。……周り、この教室は静まり返る。

 これが『タイガー』なのか?
 と思う、初めて見たミズッチの裏の顔……タイガーの発動。そう思いながら茫然。
 まるで室内感染、周りの奴らも同じ反応。海里という子の足も震えながら止まる。

「おい、二人とも」

 ――って「俺?」それに便乗したかのように「わたし?」と、俺の真似をしたわけではないのは百も承知だけど、海里という子も、俺と同じようにして自らを指すと、

「お前らの他に誰がいる? 邪魔だ! 後ろに立ってろ!」
 と、いつもとは異なるミズッチが言うから、

「は、はい……」と、

 海里という子と……もういい! ここからは『海里』と呼んでやる。と呼吸もピッタリにハモりながら返事をして、そそくさと教室の後ろへ移動、二人並んで立った。

 ――で、
 ミズッチの表情が嘘のように変わり、声色も、

「さあ、授業を始めよう!」

 と奏でる、いつもと同じような、同級生と見分けがつかないような、子供のような声。
 それでもって、恐るべき変わり身の早さ……

 トントンと、海里は俺の腰の辺りを小突く。まだ怖がっているようで小声。まあ、無理もない。正直、俺も共感できる。……でもさ、転校生が転校初日で立たされている。少なくとも俺はこれまで見たことも、聞いたこともない。前代未聞で、それ故に堪える。

 ――クスクスと、笑いを。


 でも、そんな俺とは対照的に、

「もう! 君のせいで、わたしの日本で初の登校日が台無しになっちゃったじゃない」

 との台詞込みで、海里はまだ怒っている。
 だったら、

「お前が俺のこと、また投げ飛ばすって言ったからじゃないか!」

 と、こいつにだけは一歩も譲ってやるものか。

 するとまた、――キッと睨まれ、ミズッチに、

「はい未来君、
 これで君は、海里さんの面倒役に決まったよ」

 ……って、声はいつものトーン。だけど、それよりも、

「おいおい、ちょっと待て、それパワハラだぞ」

「ん? なあに? 何か文句でもある?」

 と、それ反則。目つきが『タイガー』になっているぞ。
 そのため、呆気なく撃沈……

「は、はい……わかりました」
 と、我ながら情けない声……

 そして、ミズッチはミズッチで、

「よろしい!」とニッコリ、満面な笑顔。

 またもや変わり身の早さ。もうブリッ子、或いはカマトトの域を超えている。

「よろしく、未来君」

 と、……こいつまで急に笑顔になりやがって。……って、もういいや、もう煮るなり焼くなり好きにしてくれ! と、そんな思いが胸中で広がる中、俺の学園生活に『海里』という女の子が加わった。……でも、この時は知る由もなかった。

 ――このことが、
 後に、俺の十五年の人生に大きな変化を与えることになろうとは。


早坂(はやさか)先生の視点】

 お昼休み、個々の時間を自由に過ごす。

 それは生徒も先生も関係ない。一人の人間、一個人として与えられたもの。つまり権利なのだ。娘、息子も、この時間を個々に過ごしている。干渉することもない。

 僕は僕の時間を過ごす。でも今は、一人称は『俺』でいいのかもしれない。

 俺は久々に会った友人、いや、それ以上の戦友と、昔話を語ろうと思っている。




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