第五十六話 続くお話は目まぐるしくも、男同士の勝負を制する者は女の子。
文字数 2,044文字
……だから、起きるの。
わたしはベッドの上で上半身を起こして、まずは周囲を見渡した。
……すると、落ちている。
手紙らしきものが、落ちているの。
透明感のある白き床の上に。そっと手を伸ばし拾い上げた。
――
「こうしちゃいられない!」
と、わたしはベッドから起き上がって保健室を出た。
――そして知新館へ! 【
俺は辿り着いた。中に入るとそこに、一人の……柔道着を
しかも仁王立ち。俺よりも、凡そ十センチ背が低くようで……小柄。それにしても甘いマスクというのか線も。男としては頼りないほど細身。そんなことを思っていると、
「川合未来さんですね。お待ちしていました。僕は中等部二年生の早坂
心当たりを脳内の精密な場所で探るも、やはり会うのも初めてで……でも早坂? という名字だけが引っかかる? しかしながら思考を凝らしても、俺はやはり単細胞で、
「どこで勝負するんだ? 言っとくけど、手紙に書かれてあったことについては、心当たりもないし、お前が勝手に俺に逆恨みしてるだけだと思うから、素直に制裁を受けてやるつもりはないので、遠慮なく反撃させてもらう。俺は俺のやり方でな」
と言い切ったら、早坂海斗は俺の足元を見るなり、
「あなたの反撃は、どうやらそのサッカーボールのようですね。……ふむふむ、サッカーの心得があるようですね。わかりました。ついて来て下さい」
と言いながらも、なぜか爽やかな笑みを浮かべる。……どうも読めない奴だと思いながらも俺は、奴の後についてゆく。それしか先に、進む方法がないのだから。リフティングしながら階段を上がる。一階から二階にかけて。どうもそこが勝負の場となりそうだ。
そこは畳の部屋。……合点承知。奴の服装から何となく予想はしていた。そして俺は予め、サッカー部の部室からサッカーボールを一つ失敬してきた。このボールも、今日からは俺のものとなる。『よろしくな!』と、胸中よりも少し深い場所で御挨拶だ。
「お前は柔道で勝負するのか?」
……って、見たらわかる光景だけど、場を盛り上げるため敢えて問うた。
「そうです。三分以内に僕に投げられたら、あなたの負けです。でも三分間、僕の攻めから逃れることができたのなら、今度は僕が、あなたのサッカーボールを求めに……いや奪いに参ります。それで三分以内に僕がボールを奪えなかったら、あなたの勝ちです」
ルールはわかったが……
「この勝負は、お前にとって何の意味があるんだ?」
「それは、あなたの胸に訊いて下さい。僕には答える権利はないので」
俺は相当嫌われているらしい。
目の前のこいつに……
同じ畳の上で俺と対峙する早坂海斗に。
もはや勝負することでしか、わかり合えないようだ。
……だったら、
「三分の時間制限か……なるほど、面白そうだな」
「では、始めますか?」
これから勝負。まさにその時。間の悪いことに俺は、気になることが表面化した。引っかかっていただけのことが、もう訊かずにいられないまでに、脳内で肥大していた。
――それは、
「ちょっと待て」
と、声を上げるまでに。
「どうされました?」
「お前、早坂って言ったよな?」
「はい、そうですが」
「早坂海里はもしかして、お前の……」
「姉です」
「じゃあ序に訊くが、早坂先生は知ってるよな?」
「僕の父です」
「……やっぱりな。じゃあ、始めようか」
早坂……海斗は小柄なだけあって俊敏な動き、俺は躱すだけで精一杯だった。さすがにこれは、捕まったら一瞬で決まるな。――柔よく剛を制すだから。
「どうしました? 息が上がってますよ」
と、挑発される始末。
海斗の呼吸は乱れずポーカーフェイスのまま……
(なめてたわけじゃないが、さすが三分の時間制限をしただけのことはあるな)
正直なところ、このままじゃやられる。そう思った時だ。
「こら、海斗!」
と、聞き覚えのある声が、この室内に響いた。
「お、お姉ちゃん」
と、海斗が言っている……いや慄いている瞬間に、海里は俺たちの間に入り、海斗の胸倉を掴んで一本背負いの体勢へ。俺は決まったと思ったが、まさかの――海斗は素早く仕掛けられた技を解き、そのまま海里の腕を掴んだ瞬間、飛んだ。宙に。
そして、叩きつけられた。彼女は背中から地面に。畳の上に。
「えっ?」
それは瞬間のこと。驚いた表情をもって彼女は、海斗の顔を見る。今起きたことを整理する意味合いも込めて、今一度もう一度、様々な方向に視線を向ける彼女……
「海斗、今お姉ちゃんのこと投げ飛ばしたね?」
と、海里の言うその一言に、俺は恐怖を感じながらも、
「お、お姉ちゃん……」
と、海斗もまた、どうやら俺と同じらしい。
すると、するとだな……
「やったじゃない。海斗、お姉ちゃんに勝てたんだよ」
「へっ?」
海里の意外な反応に、俺と海斗は華麗なまでに、呼吸もピッタリにハモった。